第4話

 スキルの存在を知ってから数ヶ月が経ったある日の夕方。隣町で商談を終えた俺は一人で木こり森と呼ばれている森を歩いていた。別に遠回りをして、馬車で移動できるだけの金はあったけど、スキルが効かない魔物が居ないことを確認しておきたくて、わざと危険な道を選んでいた。


「キャァァァァ」


 女性の悲鳴ッ!? 近いな。俺は直ぐに悲鳴が聞こえた方へと駆けだす──到着した先には身なりの良い若い女性と、使用人と思われる男が一人、そして護衛だと思われる重装備の剣士が一人いて、剣士は大樹の姿をした口のある魔物と戦っている最中だった。


 あれは冒険者ギルドから貰った魔物図鑑で見た事がある。人喰いの大樹だ! なんで上級の冒険者でさえ手を焼くこいつがこんな所に!?


 いや今はそんな事はどうだって良い。あの剣士がどれだけ強いかは知らないが一人では荷が重いぞ。


 俺はスキルの存在を隠すため、剣士たちの方へと駆け寄りながら、口に出さず心の中で人喰いの大樹よ、木こりの森から追放すると思う。


 それと同時に、まるで魔法を唱えるかのように、人喰い大樹に向かって右手を突き出し「我が体内に流れる魔力よ。悪しきものをここから退却させる力となれ リペル!」


 ──クソっ、遅かったのか!? 人喰い大樹は枝を振りかぶり、剣士に向かって攻撃する。その攻撃は剣士の顔面に当たり、剣士は勢いよく吹き飛んだ。首が変な方向に曲がった様に見えたから、あれは即死だろう……。


 人喰い大樹の方は……誰かに呼ばれたかのように俺達から背を向け、去っていく。


「ふぅ……効かなかったのかとヒヤヒヤしたぜ……」

「助かりました。あなた、お名前は?」


 後ろから男の声がして俺は後ろを振り向く。


「ノアです」

「ノア様。ありがとうございます」

「いえ……」

「あの助けて貰って厚かましいのですが、もう一つお願いを聞いて貰っても宜しいでしょうか?」

「何でしょうか?」

「助けを呼んで参りますので、ここで王女様の護衛をしていて頂けないでしょうか?」

「王女様だって!? 王女様が何でこんな森に……」

「縁談の話があって他国から帰る途中に魔物に襲われ、馬車が破壊されたのですが、護衛が数名いたので、魔物が活発に動く夜になる前に近くの村へと移動しようとしていた所、さっきの魔物に出くわしてしまったという訳であります」

「そんな事情が……」

「依頼の方、引き受けて頂けますか?」

「えぇ、もちろん」


 たんまりと御礼が貰えそうっていうのもあるが、引き受けなくて後で何か起きて、あれこれ言われても嫌だしな。


「宜しくお願いします」

「はい。お気をつけて」

「はい。ノア様も」


 使用人の男は深々とお辞儀をすると、村の方へと歩いて行った。見送っていると、王女様が俺の正面に立つ。


 さっきはマジマジと見ていなかったから分からなかったけど、漫画のヒロインのように整った顔に綺麗な銀髪にアメジストのような綺麗な瞳をしていて、ずっと見ていられるぐらい、美しい女性だ。


「ノア様。わたくしはクレイン王国の長女、アリシアと申します。以後、お見知りおきください」

「あ、はい。私はこの近くにある村で武器屋をしています」

「まぁ、商人さんでしたのね。それでは──」


 アリシア王女はそれから世間話を始める──度胸が据わっているのか、天然なのか……初対面の俺に笑顔で話してくれていて、良い意味でとても王族の様には思えなかった。だけど時折、自分の父親に対する愚痴が混ざっていて、不満を持っている様だった。きっと王族とは全く関係なく年が近い俺みたいな人に聞いて貰いたかったのだろう。


「あ……あのぅ……」


 急にアリシア女王はしおらしくなり、何か気まずい事があるのか俺から視線を逸らす。


「どうかされましたか?」

「さっきの魔法……詠唱に悪しきものをここから退却させるとありましたけど、あれって──」


 アリシア王女がそう言い掛けた所で、遠くから声が聞こえてくる。


「トーマスだわ……」


 そう呟いたアリシア女王の声は小さく表情も嬉しそうではない。何で? そう思っていると、アリシア女王は座っていた丸太から立ち上がる。


「アリシア女王様、さっき何を言い掛けたのですか?」


 アリシア女王は首を横に振ると「いえ、大したことない話なので忘れて下さい」


「はぁ……そうですか」


 ──こうしてトーマスとアリシア女王は無事に合流して、御礼にとしばらく遊んで暮らせるほどの硬貨を俺に渡し、帰っていった。

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