健全で健康的な〝せいかつ〟のすゝめ

尾岡れき@猫部

ストイックにも限度があるよって話


 正直、言って心配されるとは思っていた。

 男の一人暮らしになる。


 でも已む得ない状況でもあった。両親の海外出張。一大プロジェクトのため、半年はかかる見込み。小学生の妹は兎も角、高校生の僕がついていくという選択肢は無いわけで。


 こんな僕にも悪友がいるし、クラスメートとの関係も良好。となると、生活面が課題。


 こまめな掃除、健全な食生活。そして、安全確認。これに適応する、家政婦を求めて――先日、採用を決めたと母さんが言っていた。

 いったい、どんな人なんだろうと頬杖をつきながら思考を巡らせば――。



「心配しても仕方なくない?」


 悪友である園田が、人の気も知らないで言う。


「可愛いお姉さんに、モーニングサービスしてもらえよ」

「エロゲの知識で言ってるよね?」


 園田隆行、イケメンだがエロゲにかける情熱が迸り過ぎて、多くの女子からドン引きされている。残念だが、僕の悪友だ。残念な悪友だ。


「だって、家政婦さんのご奉仕とか最高じゃねぇっ?」

「とりあえず、お前は世界中の家政婦さんに謝れ」


 人の気も知らないで――と、思いつつ。これが園田流の気の使い方かと、小さく息をつく。だから女子の皆さん、同じ穴の狢のように見るの止めて欲しい。


「ちょっと良いかしら?」

「……へ?」


 声をかけてきたのは、風紀委員の法命ほうみょうさんだった。真面目、校則に則った指導が厳格。一説には生徒指導の先生よりも厳しいから、法命裁判官というあだ名がつくくらいで。当然、判決はオール死刑。園田が没収されたエロゲは二桁に及ぶ。


「……園田君?」


 裁判官にロックオンされたのか。園田、お前は何をやらかした?


「貴方、確か家政婦に詳しかったわね?」

「「へ?」」


 僕と園田が間抜けな声を出したのは、勘弁して欲しい。確かに園田は世界一、家政婦(プレイ)を愛してる男、と豪語していた(アホである)

 でも、まさか直球で、その言葉について尋ねられるとは思いもしなかった。


「……法命さん」


 ぐっと、彼女の手を握る。一方の裁判官は、まるで表情を変えない。


「ようやく、理解者があらわれたかっ!」


 雄叫びよろしく声を上げるが、やっぱり裁判官は表情を変えなかった。


「ちなみに、どうして家政婦さん?」


 と僕が聞く。法命さんは、僕を見てパチパチと瞬きをした。


「おい、遙人はると。法命さんは俺に気があるんだから、変な横入りは――」

「……あとで、生田君にはご挨拶しようと思っていたんてすが、ちょっと待ってもらえますか? 園田師匠に家政婦のレクチャーを受けますから」

「「へ?」」


 ごめん、色々と理解が追いつかないんだけれど。園田が師匠? なんで?


「家政婦について極意を学びたいのです。師匠、よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げた法命さんの眼差しはこれまでにないくらい真剣だった。


「そうは言うけどさ、歩華あゆか。家政婦道は一日にしてならずだぜ」


 こいつ名前呼びしやがった。それになんだ、家政婦道って。お前にあるのエロゲの知識だけじゃん。


「心得ております、師匠。しかしながら私には時間がないのです。学びは続けていく所存です。何卒、未熟な弟子ではございますが、ご教示のほどよろしくお願いします」


 なんの小芝居?


「その覚悟、しかと受け取った。よかろう」


 誰だよ、お前。園田だけど。知ってるけどさ。


「付け焼き刃だが、歩華。貴様にはこれをやろう」 


 と取り出したのは1冊のラノベ――じゃない。それ、エロノベじゃん! レイティング、R18だよ! 風紀委員に渡したら校則違反で園田、お前は指導案件だって。カクヨムなら垢バン必至案件だからな!


「これは……健全で健康的な〝性活〟のすゝめですか」

「そうだ、お前にはハードルが高いかもしれないが、概要を理解し、見事に家政婦道をおさめてみせよ!」

「かしこまりました」


 深々と一礼する様まで、楚々で様になっていた。と、法命さんが、僕を見やる。

「生田く……いえ、雇い主ですから、遙人様とお呼びさせてくださいね」


「へ?」

「え? ちょ、ちょい! 生田! お前、秒でNTRとか、あんまりだ!」


 お前の発言があんまりだ。


「それでは遙人様、また明日」


 何か何やら分からないまま、終業式を終え――その後、空港で父さん達を見送り、明日からの夏休みを迎えることになったのだった。








「おはようございます、遙人様」


 肩を優しく揺すられた。あれ……母さんじゃない?


「本日より遙人様の身の回りのことを務めさせていただきます」

 ……あぁ、そうか。家政婦さんが今日から来るんだっけ。俺が寝ていたらお仕事にならないのか。初回だし、ちゃんと起きないと――。


「お構いなく。しっかりと業務は確認しています。朝早くから、しっかりお勃ちになって、ご立派です」


 いや、まだ起きてないけど?


「そのままで大丈夫です。体の力を抜いて、楽にしてください」


 ん。こう、かな?


「そう、お上手です。あら――」


 家政婦さんが、パジャマのズボンに手をかけるのが感触として分かったが、半寝の僕はいまいち、よく分かっていない。


「遙人様、少し腰を上げていただいてよろしいでしょうか?」

「こう……?」


 こう? じゃない! と数時間後、僕はこの時の自分を何度、叩き起こしたいと思ったことか。


「お上手です。それではご挨拶申し上げます」

「んっ?」


 家政婦さんの声、昨日聞いた気がして――。


「失礼します。教本によれば、まずは半身に口でお慰めを……」

「ちょっと待って?!」


 ようやく、がばっと起き上がる。見知った顔を前にして、僕は唖然とするしかない。


「法命さ、ん……?」

「はい」


 クスリと我が校の裁判官ジャッジメント、法命さんは微笑む。


「遙人様、どうぞ私のことは、歩華もしくは雌犬とお呼びください」

「呼ばないよ?!」


 僕のせめてもの抵抗とばかりに、僕の絶叫が部屋中に響き渡ったのだった。





■■■






「……これはいったいどういうことなの?」


 僕は法命さんが淹れてくれた紅茶に口をつけながら、なんとか声を絞り出す。


「家政婦として本日より雇用されました法命歩華です。不束者ではございますが、とうぞ末永く、遙人様の――」


「えっと……? とりあえず、その遙人様は止めようかな? 色々、法命さんには聞きたいことがことがたくさんあるけれど――」


「失礼しました! 遙人様なんて、軽々しい。これからはご主人様とお呼びします!」

「いや、本当にやめて?」


 昨日の園田とのコミュニケーションを見る限り、学校でご主人様呼びが確定されそうで、本当に怖い。


「えっと……これは、どういうこと?」

「はい。この度は、父の事業のせいで、ご主人様には多大なるご迷惑をおかけしました。せめてお詫びと日頃の感謝をと思い、こうして――」

「……父の事業?」


 ふと、イヤな予感がしてスマートフォンを見る。メッセージアプリに3分前、父さんから着信があった。


 ――今日から来る家政婦さん、うちの社長の一人娘さんなんだ。いつもお世話になっているから、手伝わせて欲しいって言われてね。なんでも、先では婚約も考えたいって社長、乗り気なんだけど……何したの? 俺の出世もかかってるからさ。頼むよ、粗相がないようにね。


 ある意味、朝一番の羞恥体験、これが人生最大の粗相な気がしてならない。


「ごめん、色々思考が追いつかないんだけど……僕、法命さんに……何かしたっけ?」

「はいっ、ご主人様」


 はい、アウト。間違いなく、学校でご主人様呼び決定。これは夏休みの間に、何が何でも矯正しなうと、って思う。


「園田……師匠ですが、ご存知のように校則を乱すような行為が確認していました。みんな言いにくいことを、ご主人様だけはしっかりと嗜めてくださいました」

「……それだけ?」


 僕は目をパチクリさせる。法命さんは、嬉しそうに、破顔させた。


「みんな、面倒くさいじゃないですか。例え間違っていたとしても、誰かを諌めるなんて。ご主人様は、それができるお方だって確信したんです」

「あ、いや……」


 悪友が迷惑になるから軌道修正しただけで。反論する材料を探そうと懸命なのに、法命さんのキラキラした眼差しが、僕には眩しすぎる。触れたら、それこそ地雷だと思うから、婚約については触れない。それこそ、そんな話はラノベのなかだけにして欲しい。


「でも、それこそ男女が一つ屋根の下は、風紀を乱すんじゃ――」

「ご心配なく」


 やっぱり法命さんは、満面の笑顔。


「校則はあくまで、学校内です。そして家政婦は、生田家でのみ適用するよう契約書、重要事項説明書に記載され、お義父様から同意をいただいています」


 聞こえない……僕は何も聞こえな――。


「それに、私にはこの参考書がありますからね」


 おもむろに手に取ったのは、園田が提供した【健全で健康的な〝性活〟のすゝめ】だった。


「最初は恥ずかしさかがありましたが、もう大丈夫です! ご主人様を悦ばせるため、教本に書かれた全てをご披露する覚悟です」


 喜ばせる、だよね?


「……とりあえず、朝ご飯を食べよう、かな――」


「はい、お任せください! こちらも教本通り、オムライス、おいしくなぁれ❤(ハート)魔法オプション付き、ラブラブちゅっちゅっエデイションをご準備しています。もちろん、終わったら――」


「朝から重いよっ!」


 僕の絶叫が再度、響き渡ったのだった。





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尾岡が企画主です。


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