▼28・激流は奔り出す
▼28・激流は奔り出す
ここまでが、アルウィンの知るところではなかったが、前兆だった。
ある日、彼のもとに一報。
「申し上げます、常陽伯ブルック様と、そのご子息らが、何者かに捕縛されました」
ついに来たか、と北涼伯はにわかに緊張した。
「誰の手ですか?」
「分かりません。ただ、捕縛されたものの中に、末娘クラウディア様のお姿は見えませんでした」
ほぼ確定したようなものである。
ゲーム「アクアエンブレム」は、多少の路線変更があったのだろうが、間違いなく終盤に入った。
「なるほど。その反逆はクラウディアによるものと想定して動くことにします」
「えっ、いやしかし、クラウディア様はブルック様の……」
「疑問は分かります。だけどじきに続報が来る。来てからでは後手に回るだろうね」
それだけ言うと、使いは「御意」と了承した。
日頃の行いが良かったからこそ、信じてもらえたのだろう。
「さて、まずは領地の境に陣を築こう。砦でもいいけど、籠城戦は時間稼ぎにしかならない。私たちは積極的に迎え撃たなければならない。……想定される進路は黒檀村方面かな。火急普請の組と護衛勢を、先行して出陣させる」
「御意」
「海景伯、承平侯、炯眼公、そして王都に連絡を。団結して国難に備えよう」
大詰めは、ここに始まろうとしていた。
しばらくして、海景伯ジェームズ、承平侯バロウズ、炯眼公の軍が連絡通り集結し、北涼の陣構えで合流した。
ほぼ同時に、クラウディアによる宣戦布告の書状がアルウィンらのもとに届いた。
要約すると、この国から中央政府含む汚物を洗い流し、清廉で正義に忠実な、道義に沿った国に作り替えるとある。
同じ書状は中央政府にも届いたようだった。
「クラウディア殿……本当に馬鹿な真似を……」
アルウィンはつぶやいた。それは、放伐への意思を変じられなかった自分の無力さに向けてかもしれない。
「アルウィン、そんなこと言っている場合じゃないと思うが」
ジェームズが促す。
「伯爵様、しっかりしてください。いつもの冷静さはどうしたのです」
いつもとは違う、「外向き」の腹心クラークも正気に戻ることを促す。
「……そうだね。私は冷静でなければならない。敵の首領クラウディアを討ち果たさないことには、この一件は終わらない。そうだね」
「仰せのとおりです。伯爵様はお分かりのことでしょう?」
自分でこの未来を予知したのだろうに。
クラークの声なき声が伝わってくるようだった。
と、そこへ。
「王都からの御使いがいらっしゃいました」
「失礼いたします。軍政棟の事務長ランドと申します」
「おお、遠路はるばるお疲れ様でございます」
アルウィンが一礼すると、事務長は意外にも首を振った。
「失礼ですが、あいさつしている時間もありません。貴殿を臨時元帥に任命し、こたびのクラウディアによる謀反勢の鎮圧に関する、広範な権限を認めることとします。つきましては、主要な武将と領主を集め、きわめて略式ながら式典をいたしましょう」
「……うん? 国王陛下のご出陣は……?」
「陛下は王都で守りを固められるとのことです。……ご安心を、王都から近衛兵団のうち半数が援軍に向かっております。彼らは、こたびは一時的にアルウィン様の指揮下に入ります。また、近隣の領主にも援軍を呼び掛けております」
「おお、それは心強い」
「さて式典の準備をいたしましょう、時間はそんなにかかりませぬ。なにせ火急のことですからな」
言うだけ言って、事務長はバタバタ準備を始めた。
臨時元帥。
ゲームの世界では、各個撃破によりクラウディアに蹴散らされた北涼伯アルウィン。
現実では実質的な王家軍総大将として、王国の総力に近い軍勢を指揮してクラウディアに立ち向かう。
流れは確実に変わっている。もはやゲームの用意した道の上には、彼らはいない。
とはいえ敵はあのクラウディア。ゲームでは軍師や突撃将など優秀な家臣の助けがあったとはいえ、放伐を完遂した英雄である。
その点はこの世界もゲームと違いはないはずである。
強敵。「アクアエンブレム」の予定していた流れからは半ば脱却したとはいえ、ゲームシナリオの逆風なしに正面切って戦っても、決して楽な相手ではない。
ここが正念場である。
アルウィンは儀式により預託された元帥の杖を見ながら、気を引き締めた。
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