▼26・炯眼公とやんちゃ娘
▼26・炯眼公とやんちゃ娘
末娘リディアがやんちゃで困る。
「やんちゃ、とは」
「自分の武術……格闘の腕前を磨くため、しょっちゅう街に出ては『力試し』と称して無頼や悪童たちを打ちのめしてくるのだよ」
思っていた意味と少し違った。やんちゃと言って思いつくのは、いわゆる非行、現代でいえば補導の対象となるような不法だが、リディアの場合はいささか異なるようだ。
「あやつももう十六にもなる。もし自分より強い人間と遭ってしまったら、と繰り返し説いても、『自分は一番強いから』と全く聞く耳も持たぬ」
「なるほど……リディア嬢の流派は?」
「ない。ケンカの中で磨いた我流だな。誰に師事したわけでもない。武術の才覚自体はそこそこあるのだろうが……」
基本的に避けられる戦いは避け、やむをえないときでも必ず勝算を立ててから挑むような性分のアルウィンからすれば、無謀極まる性格といえる。
「あやつがこれまでひどい目に遭わずに済んだのは、親のわしからいわせれば、ひとえに幸運以外の何物でもない。あやつも武術は結構強いようだが、それでもあちこちにケンカを売ってまわっていれば、いつかは負ける。戦いとはそういうものだ」
「全くもってその通りにございます」
彼はうなずいた。
「そうですね……私とリディア嬢の仕合をしましょう」
「なにっ?」
思わず聞き返す炯眼公。
「リディア嬢は、お話によると、いままで自分より強い人間に当たったことがないご様子。とすれば、私が勝ったら腕試しを控えるという約束のもとに、仕合をし、私が勝利すれば問題は解決します」
「貴殿にリディアを上回る武芸の心得が?」
いぶかる炯眼公に、アルウィンは。
「おそらくあります。貴族のたしなみですので。私は若輩ゆえ、戦に出陣した経験は初陣含め三度ほどしかありませんが、乱戦の中、武将七、八人相手に単身で挑み、何度か余裕をもって勝利しております……ときにリディア嬢のお手並みは?」
「単独では、無頼三人が限度のようだ。やっとのことで辛勝したという話を聞いておる。あやつは仲間を引き連れて戦う部類だ」
「なるほど」
しょせんは中途半端な未熟者。
一応、アルウィンも流派に属しているわけではないが、領内のニーナやマクスウェル、ダリウスなど複数の人物から手ほどきを受けているし、実際に戦場でそれを発揮する機会もあった。
彼は正直なところ、仕合の場に工作を仕掛けることも考えていたが、どうもそれは全くもって不要のようだ。
とはいえ油断はしない。
「私ならリディア嬢を止められます。ぜひお任せください」
彼は力強く答えた。
訓練場にアルウィンとリディア、そして証人ともなる見物人の姿。
アルウィンの位置取りは太陽を背負う形。つまりリディアはまぶしさに惑わされる可能性がある。明らかな格下相手でも手を抜かないのが彼の流儀だった。
アルウィンは木剣、リディアは素手。しかし決して北涼伯が小娘に「駒落ち」をしてもらっているわけではない。令嬢が自分で、己が最も力を発揮する戦い方を選んだのだ。
「あんた、北涼とかいう領地の領主なんだって?」
切れ長の瞳。短く縛った髪。はつらつとした声。
しかしアルウィンは意にも介さない。
「その通りです」
「ハッ、領主なんて執務室に引っ込んでいればいい。あたしの敵じゃないよ!」
彼女は拳をヒュンヒュンいわせる。
「まあ、結果を見てからですね」
粋がっているおてんば娘が敗北の屈辱にまみれるのは、正直爽快に違いない。
彼は彼女のいい加減な構えを見て、勝利を確信した。
「それでは、仕合の準備を」
両者、呼吸を整えて構える。
「では……三、二、一、始め!」
互いの影が瞬きのうちに動いた。
結果はアルウィンの圧勝だった。一瞬で勝負は決まった。
「そんな……あたしが、こんなぽっと出に負けるなんて……」
そのリディアの首元には、アルウィンの木剣。
「さて、約束は約束ですよ」
アルウィンが言うと、炯眼公が近づいてきた。
「リディア、この世界には強い人間などいくらでもいる。お前が今まで負け知らずだったのは、幸運にもそういった手合いに遭遇していなかったから、というだけだ」
黙って説教を聞くリディア。
「わしはお前の身を案じている。今後はケンカ相手を求めてほっつき歩くのは控えてほしい」
「むむ……」
「分かってくれるか、リディア」
語りかけると、彼女は「……わかったよ、オヤジ」と返答した。
帰りの見送りは、炯眼公のみだった。
「ちょうど豪商の陳情が来ていてな。わししか空いているものがいなかったのだ」
「いえ、むしろ炯眼公御自ら見送りに来ていただき、感謝します」
炯眼公は頭をかく。
「リディアは、あれでもわしの大切な娘だ。その悪癖を抑え、危ない真似から遠ざけていただき、まことに感謝する。衷心よりお礼を申し上げる」
「いえいえ、お安い御用です。それで炯眼公のお気持ちが晴れたなら幸いです。……いつか、私の方からご助力を乞うことがあれば、聞き入れていただければありがたく」
「そうですな。わしも恩人のために協力することを約しますぞ」
アルウィンと炯眼公は固い握手をして、友好を誓った。
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