▼25・炯眼公再び


▼25・炯眼公再び


 常陽伯ブルックは、最近、忙しそうにしている。

「王都へ使いをよこすか。外務主筆を呼べ!」

「こちらに」

「おう。ライザ公とミネバ侯に口止めを頼め。見返りはエルリグ公から預かったこの財宝だ。山分けでいい」

「承知しました」

 その多忙ぶりに、偶然そばにいたクラウディアは尋ねる。

「いったいなにをなさっておいでですの、父上」

「それがな、大人の事情ってやつだな」

 彼は説明する。

 要約すると……日頃世話になっている公爵の息子が、不祥事を起こしたようで、王都中央からの処罰を避けるため、人脈と「付け届け」を全力で活用し、これを防ごうとしているのだという。

「そのご令息は、どんなことをなさったので?」

「色々だな。徒党を組んで市民に恐喝をしたり、女遊びを楽しんだり、気に入らない人を集団で殴る蹴るしたり」

 クラウディアは一瞬、言葉を失った。

「そのような下衆を、どうしてそこまで守るのです?」

 どう考えても、彼自身のためには処罰によって反省してもらうことが必要であろう。

 彼女はそう考えた。

 しかしブルックはそうは思わないらしい。

「やはり日頃世話になっている公爵の令息だからな。多少の裏工作はやむをえまい」

「しかし!」

 一本気な彼女は、追及をする。

「これはどう考えても人道に反する行いですわ、恐喝された市民とか、捨てられた女性たちの怒りはどうしますの!」

「クラウディア、お前はまっすぐ育ったな。それはいいことだが、同時によくないことでもある」

 彼は諭すように語りかける。

「世の中、正論だけでは回っていないのだよ。ときに正しくないものにも巻かれなければならない。それは領主として政治をする上では、むしろ必要な資質ですらある」

「しかし令息の罪を隠したら、その方は反省の機会を無くします、公平な世界が害されるとは思いませんか!」

「公平な世界は存在しないのだよ」

「それは百も承知ですわ。人間は、だからこそ、公平であろうとし続けなけえればならないのではありませんこと?」

「正論、まさに正論だ。しかし世界は理屈だけで回っているのではないのだよ。わしらが生き残るためには、ときに不正義も寛容に受け入れなければならない。それは領主として断言できる」

 水かけ論。

「どうやら耳を貸してくださる気はないようですね」

「何度も言うが、お前は正しい、しかし正しさだけでは生きていけぬのだよ」

「……分かりました。これ以上の話し合いは無駄であるなら、私は退出させていただきます」

 クラウディアはそう言うと「ごきげんよう」とその場を離れた。


 彼女は決意した。

 この腐った国を変えるため、自分は放伐を実行し、腐敗した王家を国ごと打倒する、と。


 一方、アルウィンの姿は炯眼公の領地にあった。

 金銭的援助のためではない。

 炯眼公も北涼伯アルウィンが改革のための資金繰りに汲々としていることは分かっているだろうから、おそらくだが金品を求めることはあるまい。

 あったとしても、アルウィンは金策に窮していることを告げ、別の困りごとを聞けばよい。

 困りごとを解決することだけが外交ではないが、見事に解決して恩を売るのは有効な方法であろう。

 ……なぜそこまで金品にこだわる炯眼公を訪ねるのか?

 一言でいうと、炯眼公が戦上手だからである。

 かの公爵は、これまで述べた通り、他の貴族と組んで金品をすする、どちらかといえば腐敗側の貴族ではある。

 しかし、そのような炯眼公がいままで存在を許されているのは、ひとえに有事の際の見事な武略にある。

 時には戦術を練って奇策を打つ。それだけではなく、戦いが始まってからの軍勢の指揮も柔軟かつ機敏。どの隊をいつ、どう動かせばいいか、敵のどこを衝けばいいか、など、武略と指揮において彼に勝る人間はなかなかいない。

 やっかいな人間ではあるが、クラウディアの放伐軍との戦いを選ぶのであれば、必要な戦力だといえよう。

 彼は炯眼公の居城に着くと、番兵に取り次ぎを頼んだ。


 アルウィンが会見の間に入ると、炯眼公は彼の到着を歓迎した。

「よくぞいらした、北涼伯アルウィン殿、新進気鋭の領主殿よ」

「ありがたき仕合わせ。過分のお言葉、感謝に堪えません」

 二人はニコニコと握手を交わす。

「貴殿とよしみを通じるのは、わしとしても大きな喜びであるぞ」

 これはきっと社交辞令ではない。

 アルウィンといえば、貴族の中ではちょっとした有名人であるらしい。頭角を現しつつある有名人と意を通ずるのは、きっと彼にとっても本意に沿うに違いない。

「で、今回はどうなさったのだ」

「最初に申し上げますと、我が領地は改革のための資金繰りに汲々としておりまして、付け届けなどの『土産』には事欠く有様です」

 言うと、炯眼公も「そのようだな」と返答する。どうやらアルウィンの事情については分かってもらえているようだ。

 彼は続ける。

「しかし、だからといって何もせずに帰るのは、せっかく時間を割いてくださった炯眼公のご厚意を踏みにじるものといえましょう」

「そうかな」

「そうでしょう。そこで私としては、何らかの『知恵』をお貸ししたいと思いまして」

 彼が提案すると、炯眼公は「なるほど、知恵か」とうなずいた。

「何かお困りのことがあれば、私にも解決のお手伝いをさせていただきたく。……もちろん機密に関わることは、無理にとは申しませんし、もしその領域に入ることになっても、他言は厳に慎むことをお約束いたします」

「ほう」

「私は炯眼公のお役に立ちたいと、本心から思っております。互いに友好を築き、軍事など困った際は一致団結して向かいたいと、そう思っております」

 同盟の誘いをさりげなく入れた。

「ほう、ほう。なるほど、アルウィン殿のお心遣いはよく分かった。……そうですな、困ったことといえば」

 彼はあごの無精ヒゲに手を当てた。


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