▼24・異民族と苦労の侯爵
▼24・異民族と苦労の侯爵
次に彼が向かったのは、承平という郡だった。
下調べしたところによれば、承平侯バロウズはたびたび西方の異民族と戦っており、その中で兵站、特に兵糧関係の弱さにしばしば苦しめられているらしい。
その異民族「アスマーク」は最近そこに気づき始め、兵站を寸断したり、兵糧攻めを行ったりといった、弱点をひたすら突いてくる戦いをしているようである。
なかなか困った問題ではあるが、しかし、アルウィンはそういった方面への対策には自信があるほうである。
特に兵糧問題は、自分の領土でいくつも解決している。
まさに相談相手となるにうってつけ。
あとはバロウズがその相談を持ち掛けてくるのを待つだけである。
彼は手土産の芋がら縄と兵糧丸を見て、ニヤリと笑った。
承平侯バロウズもその辺りは分かっていたようで、かなり手厚く歓迎された。
「ようこそ北涼伯アルウィン殿。お待ちしておりましたぞ」
しかし予想外の歓迎である。なにせバロウズ以外にも武官、文官のお偉方が列をなして出迎えをしているのだ。
「ありがとうございます。歓迎いただき至極恐悦です、承平侯バロウズ様」
これは確実に、相談を持ち掛けられる流れである。これほどの歓迎、何も意図がないはずがない。
とはいえ、アルウィンは「その分野」にかけては実績を有しているし、準備もそれなりにしてきている。
あとは誠実に相談に答えるだけである。
「ささ、アルウィン殿、中へお入りください。わしは貴殿と、かねてよりお話ししたいことがありましてな」
意図は明らか。
しかしアルウィンにはそれをあげつらう気はなかった。
バロウズは何度も異民族と戦い、そのたびに翻弄され続けている苦労人。一見そうは見えないが、心労をたくさん抱えているとみてよいだろう。
「そのお話が、互いの友好につながると信じております」
彼は過不足なく返事をした。
やはり本題は思ったとおりだった。
「アスマーク族の戦い方には苦しめられておりましてな」
いわく。
異民族アスマークとは長い間、交戦が続いている。
その中で敵は承平軍の弱点――兵站の弱さに気づいたらしく、承平側の拠点に対して兵糧攻めをしたり、奇襲によって兵站線を寸断したりしているらしい。
このことはバロウズも把握していて、配下たちに兵站の見直しを命じようとしているようだが……。
「最近の配下たちは、どうも兵站を軽視しているようでな」
例えば彼は、北涼を見習い、炊事部隊の設立を盛んに訴えているようだが、主に武官たちの反対に遭っているようだ。
「そんなことに兵を割くより、戦いに投入したほうがよい、とな」
その上、兵站線を奇襲で切られていることに言及すると……。
「それでも自分たちは結局、アスマーク族を撃退してはいる、領主として部下を信用しないのか、と言って、改善策を聞こうとしないのだ」
どうやらこの領地では、武将たちの発言力が大きく、領主の憂いだけでは物事が進まないようだ。
何人か有力な武将を策略で叩いて、領主の発言力を増すか?
しかしアルウィンは、頭の中でその案を捨てた。
それがこの領地の文化であるならば、下手に手を出すのは不和につながる。
とすれば。
「主たる武将たちを少しずつ、地道に説得するしかないようですね」
彼は最も堅実な方法を勧める。
「そうか……」
「私のみる限り、そうですね。……もしご心配でしたら、私も説得をお手伝いします。外部の人間が同調する姿勢を見せるほうが、家臣の皆様に対しても説得力があるでしょうし」
「そうですな。特にアルウィン殿はいくつも改革をして、その才を世に広く示しておられる。ぜひともそのようなお方にご協力していただきたいですな」
「バロウズ侯爵もお困りのようですし、そんなことで済むなら、喜んでご協力いたします」
アルウィンは大きくうなずいた。
まずバロウズは、一番の宿将ワットを呼び出した。
最も発言力の大きい彼を説得できれば、他の武将も説得しやすいだろうという目論見だった。
「兵站について、ですか」
「うむ。アスマーク族にたびたびその弱点を突かれているのは、ワットも承知しておるはずだな」
しかし、予想通り。
「ですが結局は撃退に成功しているのですから、強いて改める必要も感じませぬ」
領主に真っ向から抵抗する配下というのも、北涼ではなかなか見られない光景である。
「そう、結局は相手を撤退させている。しかしより効率的な方法を用いれば、味方の損耗も少なくて済む。そうは思わぬか」
事前にアルウィンと打ち合わせた反論をした。
「むむ……とはいえ、何度も最終的には敵を撤退させております。効率ばかり追い求めるのも違うのではありませぬか」
これは論理ではなく意地だな。アルウィンはそう感じた。
「ちょっとよろしいでしょうか」
彼は口をはさむ。
「外のお方にはあまり口を出していただきたくは――」
「私は領主たるバロウズ侯爵から直々に、同席のお願いと相談をされております。つまり、この場で私を退けるのは、領主様を退けるのと同じこと。そうではありませんか」
「……むむ……承知いたしました。お話をどうぞ」
彼は懸命に弁舌を振るう。
「侯爵様は、そもそも、あなたがた家臣を信じていないわけではありません」
ワットはわずかに眉を動かした。
「侯爵様は、あなたがたの活躍によってこの領地が保たれていることを、誰よりも知り、誰よりも感謝しているようです。そうですねバロウズ様」
「うむ、その通りだ」
「しかし、だからこそ、侯爵様はあなたがたが必要以上に苦戦し、消耗し、ときには命を散らしているのを非常に憂慮しておられるのです」
「……むむ……」
一種の方便だったが、ワットには効いたようだ。
「より戦が楽になるすべを、侯爵様はご存知のようですし、私も助言を申し上げることができます。ならば、たまには侯爵様のお気持ちを素直に受け取られても良いのではと思いますが、いかがでしょう」
ワットはうつむき、しかし顔をすぐに上げる。
「拙者は……いや、拙者に限らず、侯爵様にお仕えしている全ての者は、誰も彼も真面目に、真摯にお勤めを果たしております。みな侯爵様に、その頑張りを否定されたくはないのです」
「それは侯爵様もご存知でおられます。だからこそ、これ以上あなたがたを窮地に立たせたくないのです。だからこそ、新しい方法を模索しておいでなのです」
アルウィンの熱弁。
「侯爵様は、ご自分があなたがたを軽んじていると思われるのは、ひどく心外なのです。そうですね」
「その通りだ。わしはいつだって真面目に、皆のことを考えておる。少しでも皆の役に立ちたいと思っておる。そこに邪な心はない」
バロウズ侯爵もつられて熱を帯びたようだ。
「むむ……」
「分かってはもらえぬか、ワットよ」
しばしの沈黙。
そして。
「承知いたしました。もとより拙者は侯爵様の家来ですゆえ、そのご意思に従いたく存じます」
「おお……分かってもらえたか」
「とはいえ、おそらく実務面ではアルウィン様のほうが詳しいでしょうぞ。腹案の詳しいご説明をお願いしてよろしいでしょうか?」
「分かりました。……ンン、まず全体の計画ですが――」
アルウィンはなんでもない表情を取り繕って、詳細の説明を始めた。
宿将ワットが加わってからは、他の家臣の説得は早かった。
「ワット殿がそうおっしゃるなら……」
アルウィンは他の武将からも強い抵抗が来ると予想していたが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
領主より家臣の影響力が大きいというのは、いささか問題であるようにも彼は感じたが、それは土地柄のせいでもあるのだろう。
それをいまから急に変えるというのは難しいだろうし、そもそもその判断はこの地域の領主が下すべきものだ。
アルウィンがそこまで介入してはいけない。
ともあれ、ワットの後はすんなりと有力な家臣らの合意を取り付け、バロウズの改革は進み始めた。
とすれば、客人でしかないアルウィンの関与は、この辺りで打ち切った方が得策と考えた。
「侯爵様、こたびは私の訪問を歓迎してくださり、ありがとうございました」
「なんのなんの、アルウィン殿こそ、いろいろご協力くださりありがたく思いますぞ」
バロウズの表情は晴れ晴れとしていた。
「アルウィン殿、この恩はいつか報いるつもりです。機会が来ましたら、ぜひ声掛けしてくだされ。大抵のことなら協力しますぞ」
「ありがとうございます」
アルウィンはただ、にこやかに返した。
「そろそろ時間も時間ですので、名残惜しくはありますが、私はこの辺で」
「おお、そうですな。どうかご無事で」
ひとしきり別れを惜しんだのち、馬車は動き始めた。
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