▼23・めんどくさいが努力家


▼23・めんどくさいが努力家


 彼の自慢話は、よくよく聞いてみると、どれもジェームズが結構頑張っていることが伝わってきた。

 例えば豪族との和平。

「俺はイルムのところに何が不足しているのか調べた。答えは塩だ」

「ほう」

「そしてそれは、俺の傘下にあるグランデ商会が主に取り扱っている品で、価格も格安で仕入れることができる」

「なるほど」

「だが、ここでグランデ商会を直接会わせては、俺が貢献したとはいえなくなる。それにイルムとグランデ商会は、昔からあまり仲が良くない。そこで俺は考えた」

 しかし多弁だな。

 アルウィンはちらりと思った。

「俺たちが主にグランデから塩を仕入れ、それを海景政府として公にイルムに売る。もちろんグランデからは事前に承認を得る。グランデが直接売るのではなく、海景政府が売り渡すものだから、本来承認を得る必要はないんだが、まあ筋を通すってやつだな」

「なるほど……」

「それでイルムの一件は解決した。塩の取引を条件に、和平を成立させ、彼らは俺たちに協力することを約した」

 どうだ、と言わんばかりにジェームズは胸を張った。

 実際、なかなかの知恵であると、アルウィンは誇張なく思った。

 敵を増やさないという基本的なことを弁えた上で、自分たちの関与によって問題が解決するよう、うまく立ち回る。

 少なくともこの件に関しては、彼はだいぶ首尾よく事を収めたといえる。

「さすがは海景伯、よいお知恵をお持ちのようですね。お見それしました」

「そうだろう、お前も俺の活躍からよく学ぶことだな!」

 この海景伯がいま一つ世間に名を馳せていないのは、ひとえに単なる巡り会わせの悪さによるものだろう。

 頭は悪いどころか、もし彼が身分を有していなければ、アルウィンが直々に勧誘に出ようと思えるほどである。

「左様、貴殿から私もたくさん学ばせていただきます」

「おう。次は何の話をするかな」

 彼は自慢話をひたすら開陳するのだった。


 ひとしきり話を終えて。

「あとは……そうだな……」

 ジェームズは自慢話も尽きてきたのか、若干言葉少なくなる。

 そこでアルウィンは尋ねた。

「ところで海景伯殿、ひとつうかがいたいことが」

「どうした」

 彼は慎重に話を切り出す。

「もし、この国内に造反を企てる者がいるとして」

「造反? 穏やかではない話だな」

「左様。ちなみに私ではありません。私はむしろそのたくらみを阻止する側です」

「ほう」

 ジェームズは興味深そうに話を聞いている。

「話を続けます……私はそれを迎え撃つ側にいようと思いますが、貴殿は、造反者の汚名を抜きにすれば、どちらに与しようと思いますか」

 彼が問うと、ジェームズは間髪入れずに答えた。

「お前は阻止する側なのだろう、なら俺の答えも決まっている、造反を鎮圧する側だな。……確かにいまの中央政府は、決して健全なものではないと聞いている。しかし一国の貴族として、王家を裏切るわけにはいかない」

「なるほど」

「それに、俺はお前と一戦交えたいのではなく、お前より大きな功績を挙げたいだけだ。そのためには反対の陣営に与するのではなく、同じ陣営で競い合いたい」

「なるほど……」

 アルウィンにはどうにも分かりづらい話ではあったが、この様子だと、アルウィン憎しで放伐軍側につく心配はなさそうである。

「まあ、あくまで『仮の話』だけどな、そうなんだろう、アルウィン」

「そうですね」

「もしもの話ばかりしていても仕方がない。俺たちは現実に向かって生きなければならないからな。そうだろうアルウィン」

「そうですね」

 アルウィンは短くうなずいた。

「そう、現実こそが大事だ。だからこそ俺は現実をあきらめない」

 それはまるで、アルウィンとの競い合いをあきらめない、とでも言いたげだった。

「まあ、結局は仮の話ですからね。私も同意します」

 言うと、ジェームズも「違いない!」として豪快に笑った。


 その様子を彼は、クラークとニーナに報告した。

「なるほど。確かに海景伯が放伐軍側に与する心配はなさそうだな」

 クラークはしきりにうなずく。

「好敵手であって敵ではないという姿勢を、お前の話を聞く限り、俺は強く感じた」

 ニーナも首肯する。

「私もそう思う。細かい心遣いは必要かもしれないけれど、そう簡単に敵の側になったりはしないんじゃないかな」

「皆、そう思うか」

 アルウィンは、親友二人が言うのならと納得した。

 自分の判断だけなら不安でも、彼らが同意見であるなら安心できる。

「くれぐれも海景伯の神経を逆なですることは慎まなければならないが、それだけだな。あとはいつも通りにしていれば、いざというときに彼は味方になってくれる気がする」

「そうだね。私もそう思うよ」

 アルウィンは親友の意見に、ひとまずは同意した。


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