▼22・めんどくさそうな伯爵


▼22・めんどくさそうな伯爵


 後日、案件に深く関わった豪族たちに仕置きをして、戦力の取り込みは軍政担当のジェーンに任せた。

 アルウィンは豪族の不満を領主の権威によって弱め、同時に戦力の吸収にも成功した。

 これ以上ない結果である。

 が、そもそもクラウディアの例の意思をぴたりと止めていれば、半ば不要な行程であったといえる。

 しかしそれを言っても始まらない。

「次は何をするか」

 言うと、そばにいたクラークが提案する。

「なあアルウィン、内政はだいたい上手くいっているようだし、他の領主と外交を重ねるのはどうだ」

 それはいままで考えていなかったことだった。というより、内政にかかりきりですっかり忘れていた。

「外交か」

「他国と意を通じる……のは、何か事情がない限り、さすがに地方領主の分を超えているだろうな。でも国内の他の領主と通じておくのはいいと思うぞ。特にクラウディアが『あれ』を目論んでいるならなおさら」

「そうだね。ちょっと案を考えてみよう」

 彼は、まずは一人で考えをまとめるべく、領主の部屋へ戻った。


 考えた結果、ひとまずは何代も前から世話になっている、なじみの領地を訪ねることにした。

 そのことを評定の間で話すと。

「海景伯のところか。そういえばあそこも最近代替わりしたな」

 ダリウスがうんうんとうなずく。

「海景伯……確かいまはジェームズ様が治めておられますな」

 マクスウェルが記憶をたどるように言う。

「その通り。ウィリアムのところの小せがれが治めているはずだ。もうジェームズもそんな年頃になったのだな」

 と、しみじみ言うのはダリウス。

「アルウィン様は、ジェームズ様とお会いするのはお久しぶりになりますね」

 急に話を振られたアルウィン。

「そうですね。最後に会ったのは私とジェームズ殿が十歳そこそこのときだったと思います」

 およそ七年ぶりとなる。

「その頃はまだ、アルウィン様が辣腕を発揮されるとは思いもよりませんでしたな」

 それも当たり前で、その頃はまだアルウィンは斯波の記憶を思い出していなかった。

 ひなたぼっこをするようなぼんやりした少年であった。

「そういえば、ジェームズ殿は領主としてはどのような感じなのでしょうか。特に良いとも悪いとも、噂では聞きませんが」

 アルウィンは首をひねる。

 ジェームズの領主としての力量に関しては、特に情報が入ってこないのだ。アルウィンですら、彼が海景の領主なのを忘れていたぐらいである。

「そうですな……私もその辺りはよく分かりませぬ。もっとも、アルウィン様は領主就任直後から力量を発揮されておいでですが、並の領主はそうもいきませぬゆえ、ジェームス殿がどのような領主なのかまだつかめなくても仕方がないものかと」

 マクスウェルはあごに手を当てて話す。

「ジェームズ……ウィリアムのところの小せがれは領主になってまだ一年も経っておらん。まあマクスウェルの言うとおりだな」

 ダリウスもその言にうなずく。

「もしかしたらジェームズは、お前に思うところがあるやもしれんな」

「思うところ、ですか」

「そうだな。わしが見る限り、お前はよく頑張っている。その頑張りに対抗したいと思っても不思議ではない」

「うん? しかしジェームズ殿はこれといった成果をまだ挙げていないのですよね。対抗してはいないのではないでしょうか」

「そうではないんだ、息子よ。まあ分からないならそれでいい。どうせ、会ってみれば意味が理解できることだろう。ジェームズにそのような思いがあればな」

「父上はときどき分からないことをおっしゃいますね。私の力が及ばないということでしょうね」

「そういうところなのだが……まあいい。行ってこい」

 ダリウスは盛んにうなずくが、アルウィンはひたすら疑問符を飛ばした。


 その疑問符は、実際にジェームズに会うことによって解消された。

「ようアルウィン。久しぶりだな。どうせ内政でちょっと成功したからといって、いい気になっていたのだろう?」

「ジェームズ海景伯、ご無沙汰しておりました」

「そちらから訪ねてくるのはよい心がけだ。多少の功績は慢心によってすぐに消し飛ぶものだからな!」

 さすがにこの態度の意味が分からないほど、アルウィンは鈍感ではなかった。

「いや、俺も功績は挙げているけどな、豪族イルムと和平を成立させたり、税収を増税なしで三割上げたりな。頑張っているのはお前だけじゃないし、なんなら俺のほうが活躍しているともいえるな」

 さすがにあからさますぎる無礼な態度。アルウィンには彼が何を思っているのか、手に取るように分かる。

 だから彼は適当に調子を合わせることにした。

「なるほど、ジェームズ殿は頑張っておいでなのですね」

「むむ……?」

 ジェームズは一瞬だが困惑を見せた。きっとアルウィンがもっと対抗するような態度で来ると思っていたのだろう。

 しかしこの場に、他人と功を競いたい人間は、ジェームズ一人しかいない。アルウィンは放伐を回避したり、動員されるであろう放伐軍、ひいては運命を迎え撃つのに必死で、他人と何かを競う余裕は正直なところ、ないのだ。

 だがジェームスはすぐに立ち直る。

「そうだぞ、俺は活躍している、この海景に必要不可欠な人間なのだ!」

「そのようですね。ご活躍をもっとゆっくりお聞きしたいものです」

 アルウィンはあくまで下手に出る。

 何度も言うが、彼はジェームズと功績を競いたいとは全く思っていないのだ。

 それに、わざわざ敵を作るのはあまりに下策。待ち受けている運命のためにも、アルウィンは可能な限り協力してくれる人間を増やさなければならない。

 ともあれ。

「そうだろう、まずは上がっていけ。客間で茶を振る舞う。茶葉はあのバンデス商会から仕入れた一級品だぞ、喜べ!」

 ジェームズは多少気をよくしたのか、得意顔で「ついてこい!」と案内した。


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