▼21・謀略と拗ねる幼馴染
▼21・謀略と拗ねる幼馴染
数日後。ハイゼンは夢を見た。
その夢の中では、彼は妻ヴァネッサと一緒に過ごしていた……のではなく、妻の従姉キャサリンと、どこかの広場にいた。
「キャサリン……愛しているぞ」
ハイゼンはキャサリンの手を取る。
「ハイゼン……私、とてもうれしい。こうしてあなたと一緒にいられるなんて」
見つめ合う。
だが、ハイゼンはこれが夢の中であると分かっていた。
なぜなら、キャサリンが別の豪族カインの妻であることを、彼はよく知っていたからだ。
ハイゼンの妻はヴァネッサであり、キャサリンはカインの妻である。
文章にすれば単純な事実。
しかしその単純な事実は、単純にはハイゼンの中で消化できなかった。
「ああ、ハイゼン……」
二人の影は、眠りの世界で交差した。
夢から覚めたハイゼン。
しかし罪悪感などはない。
彼は、外で小鳥がさえずっているのを聞いた。
……キャサリンが欲しい。
かなわぬ願い。彼はさすがに、キャサリンの夫カインをどうにかしてまで手に入れようという気はなかった。
今日も彼は思いを抑え込み、自分のすべき仕事をする。
だが、家臣たちの中にはその思いに気づいていた者もあったようだ。
「ハイゼン様、お答えいただきたいことがあります」
人払いを要求した家臣ディエゴは、人がいなくなったことを念入りに確認したあと、ハイゼンに向き直った。
「どうした」
「ハイゼン様が、カイン殿の奥方キャサリン殿に懸想されているという噂があります。本当でしょうか」
ハイゼンは思わず息を呑んだ。
「……そのご様子、やはり」
「……うむ、その通りだ。それがしはキャサリンに、その、懸想しておる」
ディエゴはしばらく考える様子ののち。
「まずいことですね」
「言っておくが、それがしが何か行動に出る気はないぞ。カイン殿と対立して何かをしようとは思わん」
「それは存じております。しかしそうであったとしても、これはまずいことです。カイン殿に知られるだけでもかなりまずいことです」
「分かっている。分かっているが」
だが、どうしようもないことではないか。
ハイゼンはその言葉を、ぐっと腹の中に抑え込んだ。
「確かにやむをえません。せめて極力、表情や態度には出さないようお願いいたします」
「うむ……」
ハイゼンはその一言で、自分がどれほどまずい状態であるかを知った。
それから約十日後。
ハイゼンが年甲斐もなくキャサリンへの気持ちを高めていると、一報が来た。
恋のではない。
「申し上げます、カイン殿が手勢を率いてこちらへ戦いに向かっています、ハイゼン様の身柄を拘束する目的とのこと!」
「……なんだと?」
ハイゼンは一見冷静な表情を保ちつつ、しかし、知らず、持っていた帳簿をはたりと落とした。
「カイン殿が? いかなる理由で」
と返してはみたものの、答えは己の中にあり、分かりきっていた問いだった。
「ハイゼン様がカイン殿の妻キャサリン殿に不義の恋慕をしているとして、その制裁で兵を起こしたとのことです!」
「……ぬぬ……」
大変な事態になってしまった。
彼は頭を押さえた。
「……いかな理由であれ、手をこまねいているわけにはいかない。急ぎ出陣するぞ!」
彼はそう言うと、小間使いを呼び、武具の準備を始めた。
戦場にはやはりカインの軍勢がいた。
直視しがたい現実。自分の不用意な懸想でこの事態を招いてしまった。
「それがしはキャサリン殿には直接には何もしていないというのに……」
顔面蒼白になりながらも、ハイゼンはぼそぼそとつぶやいた。
「ハイゼン様、これはさすがに不始末が過ぎますぞ」
武将の一人がハイゼンに詰め寄る。
「一勢力を預かるものとして、あまりにも不用意でしたな」
どうやらハイゼンの恋慕に関する噂は、予想以上に広がっているようだ。ディエゴ以外の武将たちも、そのことを聞き及んでいると思われた。
「それは……むう……」
ハイゼンが目を伏せると、より深刻な事態とも、救いの手ともいえる報せが来た。
「申し上げます。領主、北涼伯アルウィン様の軍勢が到着しました」
「む?」
「ハイゼン様とカイン殿を呼んでおられます。この一連の件について、申し開きを聴き、吟味をしたいと」
この瞬間、歳を考えない懸想は、話が大きくなり、領主の預かる案件となった。
話が大きくなった、とは言った。
しかしそれは当初からアルウィンの計算通りだった。
「クラーク、ニーナ、上手くいったようだね。ハイゼン殿もカイン殿も召集に応じた」
「そうだな。あとは……」
彼らの勢力を解体し、兵力を吸収して、戦力の編制替えをするだけだ。
アルウィンとクラークの間では言わずとも伝わる事項であった。
「思えばハイゼンの不道徳な懸想をつかんだ時点で、勝機が見えたね」
「ああ。それを間者によって噂として広く拡散して、皆の知るところとする。そこへカインに匿名の注進を差し向け、天誅を提案する」
「すると短気な性格のカインはすぐに軍を起こすってわけ。上手く運んだねクラーク」
「いやあ、俺はお前の指示通りに動いただけさ。組み立てたのはアルウィンだ」
ちなみにニーナは終始蚊帳の外だった。
それが承服しがたかったのか、彼女はアルウィンの視界の端でおもむろに、自分の乳を揺らしたが、アルウィンは気づかなかった。
彼女はふくれ面で話を聞かずに持ち場へ戻ったが、それもアルウィンは気づかなかった。
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