▼20・難儀な陳情
▼20・難儀な陳情
それから数日後。
「領主様と会ってお話をする約束をしたいという使いが来ております」
取次役が報告する。
「約束……この前の件の商人ですか?」
「いえ、複数の豪族の方々のようです」
取次役が返す。
「どうも最近の我々の行政について、ご意見があり、そのことを分かっていただきたいということのようです」
つまり陳情。
「なるほど。……またそういうのを相手にしなければならないんですか。骨ですね」
彼は執務室の自席で、軽く伸びをした。
「いかがなさいますか」
「約束を受けるしかないですね。あなたもそう思いませんか?」
戯れに取次役に聞いてみると。
「えっ、いえ、その、領主様の御心のままに」
彼は慌てて無難な返事をする。
「ふふ、困らせてすみません。日程の相談に入りたいので、客間に案内してください」
正直、いきなり押しかけてこなくて安心はした。
しかしやっかいなことには違いない。
特に近時のアルウィンは、種々の改革を推し進める革新者の印象を、おそらくだが他人からは持たれているので、敵が少なからずいる。
なるべくなら不満や反意を買いたくはないが、かといって何もしなければ放伐のクラウディアに狩られるのは確かである。
運命と不満との板挟みはつらい。
彼はため息をついた。
案の定、一部の豪族たちは不満が高まっているようだった。
否、不満というより「危惧」を抱いているように、アルウィンには感じられた。
何についての?
……と聞かれれば、それは「アルウィンの改革により、自分たちが排除される危険性について、と答えられるだろう。
領内西部の豪族の筆頭格、ハイゼンが、盛んにまくし立てる。
「領主様、改革もよろしいですが、それがしのみるところ、納得できない声もたくさん増えております」
「何に納得できないのですか、検地ですか?」
「検地も、まあ、そうですが、古くからの伝統というか、旧来の利益というものを、領主様にはぜひ慮っていただきたいと、そう思うのですよ」
「旧来の利益とはなんでしょう?」
すっとぼける領主。
「伝統を守ってきたことの利益というか、秩序というものですな。領主様、改革の陰では、現状を変えることによって、泣きを見る者も多いのです。刷新することで失われる飯の種に、領主様は少しばかり無頓着かもしれないとそれがしなどは思うのです」
具体的な答えを提供しないハイゼン。
これは間違いない、と彼は思った。
ハイゼンを突き動かしているのは漠然とした、しかし大きな利害に関する危惧感であり、検地その他の個々の政策に対する不満では……まあ、個々の政策にも思うところはないではないのだろうが、そういった不満とは種類が違うように、アルウィンは感じた。
「伝統ですか、なるほど。古くから保たれてきた秩序は、確かに尊重する必要がありそうですね」
「そうでございましょうぞ」
「しかし公共の利益のために、どうしても変えなければならないところは変えていく所存です。世界は流動を続けている以上、私たちもその流転に合わせて形を変えていく必要はあります。……もちろん古い秩序は考慮しますが」
「むう」
言いながら、しかしアルウィンは頭の片隅で別のことを考える。
反抗的な豪族は、平らげる必要があるな。
――それも単純な武力制圧ではなく、ときに計略、機略を用いて、力以外の面で納得せざるをえないような経路を組み立てる。
どうせ最後には武力を用いざるをえないはず。とすれば、その手荒な方法による不満を避けるためには、なんらかの柔軟な奇策の類を併用して、当事者となる豪族たちに納得をさせるしかない。
強引ではある。だが選択肢はそれ以外にない。
単純な武力による鎮圧ではわだかまりが残り、誠実な道理を唱えることによる納得は、相手が利害に着目している以上、期待できない。
とすれば、主には智をもって機略を用いるしかない。
「領主様、今日はここで退かせていただきますが、なにとぞご自身のまつりごとを顧みていただきたく」
そのつもりはない、自分は必要な改革しかしていないつもりだ。
彼は心の中で反論した。この場では口には出さないが、いずれ必ず、無理を無理と感じさせないようなやり方で、自分の流儀を押し通すという決意が彼にはあった。
退出し宿へと向かうハイゼンらを見送りながら、アルウィンは最近凝っている首筋を叩いた。
今回において最も有効なのは、離間の計だろう。
豪族たちをなんらかの手段で仲違いさせ、彼ら同士の紛争を起こさせる。
そこへアルウィン率いる北涼の正規軍が現れ、事を収めさせ、「しかるべき処置」によって豪族たちの権益を厳しく制限する。
この経路でなら、豪族たちを、納得せざるをえない状況に追い込めると踏んだ。
問題は何を取っ掛かりにして離間の計を試みるかである。
「ハイゼンとその賛同者たちの状況を調べてきてください。何か不和の種があるようなら報告してください」
アルウィンは一通り説明したあと、間者頭とクラークに命じた。
「承知いたしました」
「分かった。そういうつもりなら全力でハイゼンの周りを洗ってくる」
二人はうなずいた。
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