▼19・主人公の決意


▼19・主人公の決意


 私は貴族のやることに嫌気がさしましたわ。

 彼女の第一声はそれであった。

「嫌気、ですか」

「大きな声では言えませんが、上級貴族への付け届けとか。貴族のやることが腐っていることを実感する最大の例ではなくって」

「上級貴族への付け届けですか」

 言葉が思いつかない彼は、ただ彼女の言を繰り返す。

「ええ。政争というものでしょう。必要性は分かっておりますわ。しかしそれが不要となる社会こそ健全ではありませんこと?」

「健全な社会ですか」

 またも繰り返し。

「民草もいまのまつりごとには呆れているようで、最近は合戦や鎮圧も決して少なくありません」

「合戦、ですか。貴殿も合戦に出られるのですか?」

 答えは、「アクアエンブレム」をやっているアルウィン、もとい斯波には分かりきっていることである。

「はい。私も微力ながら出陣することがしばしばですわ」

「ほう」

 彼は言葉少なにうなずく。

「お話を戻すと……大きな声では言えませんが、そろそろ政治が一新するときではなくって」

「政治が一新? それはいかなる」

「……国王陛下および王家が討たれ、統治のなされ方そのものが一新するべきときでは、と」

 彼女は決然たる表情で、言葉を発した。

「……それはそれは、なかなか」

「少なくとも私は、それをいとわないほど必要性を感じております」

 彼女の悩みはなかなかに深いようだ。

「クラウディア殿」

 アルウィンは言葉を吟味しながら答える。

「お気持ちは分かります。ですがまつりごとの全てをひっくり返すようなことをたくらむより、可能な限り内部から少しずつ変えていくのが、まずは筋というものではありませんか」

 丁寧かつ慎重に。

「それは、そうですけれども」

「私も一部の者からは改革者とも呼ばれておりますが、私でさえ一気に何もかもを変えるようなやり方はしておりません。地道に刷新を積み重ねております。物事を変えるとは、おおむねそのようなものではないかと」

「そうですね……しかし……」

 彼女は言葉に詰まっているようだ。

「アルウィン様、あなた様は私の思いに賛同してくださらないのですか」

「いえいえ、問題意識は分かっているつもりです。貴殿には貴族のやり取りが無駄に思えて、民たちの不満はもっともなものだとお感じなのでしょう。その感覚は忘れてはならないものと心得ます」

 彼は弁明する。

「しかし、全てはやり方の問題です」

「やり方……」

「全てをひっくり返し、全く一から全てを構築し直すやり方は、犠牲者も多いでしょうし急激な変化でもあります。人は大きく目まぐるしい変化についていけるようにはなっていないのです」

 彼はいさめるように言葉を紡ぐ。

「大それたことをお考えなら、どうか、考え直していただけませんか。私は貴殿の思いを汲み取れますが、しかし安易に全てをまるまる破壊するようなやり方は、なかなか採ってよいものではありません」

 アルウィンは自分のために彼女を止める。

 彼女も考え込むように、しばし口を閉じた。


 交流という名前の説得は長時間にわたった。

 クラウディアとの話が始まったのは十の時、朝と昼の中間ほどであったが、昼食をとった後、夕方の十七の時まで、彼女と彼のやり取りは終わらなかった。

 しかしさすがにクラウディアは、いつまでも言い合いをできるほど粘り強くはなかった。

「……アルウィン様のお考えはよく分かりましたわ。……いや、その頭の中のことは、友人として私が一番理解しているつもりでしてよ」

 彼女は多少疲れのにじんだ顔で、若干口の動き鈍めに、そう言った。

 アルウィンの側も、ゲームそのままのクラウディアの気持ちは、よく理解しているつもりだった。

 そして、彼女は全く放伐をあきらめていないことまで理解できた。

 まずい。

 アルウィンは、斯波としての知識を使ってもなお、説得が失敗したであろうことを感じ取っていた。

「参考にさせていただきたく思いますわ」

「私も、クラウディア殿の問題意識は素晴らしく思います。しかし大それたことは、友人として重くいさめておかなければならないと考えております」

 それでも巻き返そうと、彼は果敢に説得を続けようとする。

 しかしどうやら無駄だったようだ。

「そのご忠告は分かりました。もう私の頭の中でずっと巡っていましてよ」

 彼女から制止してきた。

 これは一見柔和な態度ではあるものの、実質は「もういい!」などといった対話拒否の姿勢なのであろう。

「そうですか……」

「もうこんな時間ですし、帰ります。アルウィン殿、あなたは……」

「なんでしょう」

「……いえ、ご相談に付き合っていただき、感謝に堪えませんわ。友人として、その異なったご意見も真摯に受け止めたいと思っております」

 彼女はうつむきながらそう言った。

 本当に分かりやすい。内心は言葉通りではないということが。

 彼は「そうですか」とだけ答えた。

「ともかく、お帰りなのですね。どうかお気をつけて。北涼郡の境界までは護衛をつけますゆえ、ご無事で」

「ありがとうございます」

 言って、彼女は馬車に乗り込み「ごきげんよう!」と彼に一礼した。


 説得は失敗である。

 説得とは論破の遊びではない。その理屈がいかに整っていようと、どれほど相手に反論の余地がなかろうと、相手を翻意させない限り「説得」は失敗である。

 そしてアルウィンは、説得中の手応えとしては、クラウディアの「説得」には失敗している。

 放伐への流れは止められないのか。それとも「説得」には失敗したものの、「アクアエンブレム」の流れはわずかでも変わっているのか。

 それは北涼伯アルウィンには分からない。いまの彼は、世界の外からプレイヤーとして眺める斯波ではないし、放伐の当事者本人であるクラウディアでもない。

 世界の「中」にいるところの彼は、認識にも予測にも限界がある。特に、ほぼ全てを知っているプレイヤーとは、知覚の範囲について大きな違いがある。

 難しい。

 彼は遠ざかる馬車を眺め、暮れる空を目に入れつつ、ただ益の少ない考えを巡らせた。


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