▼18・魅惑の主人公と正念場
▼18・魅惑の主人公と正念場
一方、クラウディアは。
「周りで戦いが続発していますわね……」
「すまないクラウディア。迷惑をかける」
凶賊蜂起、民衆の一揆、家臣の反逆。
アルウィンが北涼伯を継いだあたりから、少しずつ合戦の機会が増えてきていたが、しかし最近の戦はかなり多くなってきている。
「いえお父様。私は出陣を嫌がっているわけではありませんわ」
彼女は常陽伯ブルックに、若干慌てて答える。
むしろ独学で研究している兵法を使う絶好の機会であった。
……もっとも、軍学を実際に用いるということは、戦が生じるのを止められなかったということであり、あまり歓迎できないということまで含めて、彼女は知っているつもりだ。
「やはり上級貴族への付け届けが足りぬのかな」
ブルックは何気なく言ったが、しかしクラウディアは思わず反発する。
「付け届けなど……!」
「ん、どうした」
彼女の不満を察することができず、父はのん気に娘に尋ねる。
「……いえ、なんでもありませんわ」
彼女はかぶりを振った。
まだ口に出すべきときではない。
――ではいつ口に出せばよいのか?
彼女は自分の思いに、思わず驚いた。
口に出すべきときとは何か。……自分は現状に強い不満を持っているのか。
その不満は、通常の手段で解消できるのか。それとも、何か大それたことをしなければならないのか。
例えば国王の放伐。この腐った貴族社会を変えるには、根本から国を転回させる必要があるのではないか。
クラウディアはそこまで考えて、自分の考えの途方もない逸脱ぶりに天を仰いだ。
「どうした?」
ブルックは思わず尋ねる。
「いえ、なんでもありませんわ」
思わず挙動に出たことに自分でも驚きつつ、彼女は努めて平静であろうとした。
「ともかく、また出陣だ。お前には苦労をかけるな」
「それはおっしゃってはなりませんわ。私はこれでも貴族の娘、領地を守るために努力を惜しまないつもりでおります」
クラウディアはお決まりの言葉を述べた。
だが、彼女の心中では。
この国は、根元から変えなければならないのではないか。
出陣が嫌であるとか、そういった次元ではなく、もっと根本から、この国の在り方を変える方法をもって。
……そうだ、今度アルウィン様のもとを訪ねてご相談申し上げればよいのですわ。
相談を持ち掛けられる北涼伯もたまったものではないと思われるが、それでも彼女はあの賢明な伯爵の意見をぜひ聞きたかった。
実際はアルウィンは、この機会をこそ待っていたのだが、それはクラウディアには知る由もない。
ともかく、まずは目先の合戦。
せいぜい死なないように戦うしかない。
彼女は「準備をしてまいりますわ」とだけ言って、自分の部屋に一度戻った。
それからしばらく。
アルウィンは戦勝記念広場と露店通りを、お忍びで巡察していた。
見た限り、一部の商人による不公正などはない。
先んじて調査させた目付の報告でも、特に露店通りは、マティーニ商会から解放されて、アルウィンの思い描いたような公正かつ自由な取引がなされているという。
正直、北涼伯自身による巡察など、おまけのようなものだ。
市場の実態などというものは、領主がざっと見た程度ではなかなか把握できないものだろう。
領主の能力の問題ではなく、公正な競争の有無など、一個人が浅く巡察した程度ではつかめないという意味である。
もっとも、本件は目付による詳細な調査を経ているため、おそらく見た目通り、本当に楽市楽座の理想、または特権排除の理念が達成されているのだろう。
これから徐々に、城下町の商業はにぎわうはずだ。
アルウィンは斯波としての見識をもって、希望を描いていた。
彼が執務室に戻ると、使いが待っていた。
「どうしました?」
「はっ。それがしは常陽のクラウディアの使いでございます」
クラウディア。
彼は努めて冷静に受け答えをする。
「お役目お疲れ様です。こたびはどのような」
「ありがたき仕合わせ。実は主クラウディアは、近日中に北涼伯アルウィン様のもとをお訪ねしたいと考えております」
使いの言葉を聞いて、彼は思い出した。
ゲーム「アクアエンブレム」の通りに進んでいれば、そろそろ彼女は度重なる貴族腐敗の現場と、内紛の多さに、放伐の方向に傾きかけている時期である。
そうだとすれば、放伐を断念させるよい機会である。
とはいえ、彼女を全否定することはできない。放伐の芽は摘まなければならないが、単に何もさせないという誘導はおそらく不可能。
つまり「地道に王国の改革をすることを勧める」という向きに軟着陸をさせる。
彼は使者に応じた。
「クラウディア殿のご訪問はまことにありがたく思います。詳細をお聞きしたく」
「はっ。しかれば……」
抜き放たれかけているクラウディアの剣を納めさせる。
ここからが本番だ。
彼は緊張を押し隠し、使者と詳細を打ち合わせる。
しばらくして、クラウディアはやってきた。
「ごきげんよう、アルウィン様」
うやうやしく一礼する。
「クラウディア殿、ご来訪歓迎します。……とはいっても、出迎えの者は仕事の都合でそんなに多くありませんが」
アルウィンは頭をかいた。
クラウディアは爵位を持っておらず、その訪問も公式なものではないため、彼女を、仕事中の配下たちを動員して出迎えることはなかなか難しかったのだ。
しかし彼女は全く気にしない様子で。
「いえ、こちらこそ突然のご無理を申し上げて、大変恐縮しておりますわ」
優雅に一礼した。
美しい少女が謙虚に礼をするのは、非常に絵になる。
やはり「主人公」だからか。
アルウィンはそんなことを考えつつ。
「ところで、私に相談されたいことがあるとか。突然ご訪問されるということは、かなり大きなことであるように思われますが、いかに」
彼はしらばっくれて問う。
答えは分かっている。
放伐。彼女が王家を裏切って国王討伐の軍を起こすか否か、その相談だろう。
彼女は唇をきゅっと噛み、言葉を絞り出すように。
「まあ、ここでお話しすることでもありません。まずは秘密の保たれるお部屋に行きとうございますわ」
「秘密ですか。果たして私の手に負えるお話しなのでしょうかね」
あくまで知らないふりをしつつ、彼は腕を組んだ。
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