▼17・勇躍のニーナ
▼17・勇躍のニーナ
検問所近く。伝令の言葉を受け取った、少数の傭兵団は、時は今とばかりに喚声を上げた。
「ぶっ潰してやる、行くぞ!」
検問所に一斉に暴徒が押しかける。
南の検問の指揮にあたっていたのは、ニーナたち。
「ニーナ、行きましょう」
「承知しました、母上!」
彼女は呼びかける。
「連中は反逆者、国を守りたい者は私に続け!」
検問所の戦力は、近くに伏していた増援を呼び、真正面からマティーニ商会の戦力と激突する。
「北涼のニーナ、ここにあり、尋常に勝負!」
喚声の中、それすらも吹き飛ばす大声で、威勢よくタンカを切ると、相手からも名乗り出る者が出た。
「その名を聞いたぞ、我が名は『最後の傭兵』マッケンジー、手合わせ願おう!」
言うなり、猪突猛進、渾身の一撃がニーナに迫る。
しかし彼女はあっさりと受け流す。
「甘い!」
返す一打ちを、しかし勇ましき傭兵は紙一重で避ける。
彼がもう少し油断していたら、首が胴を離れていただろう。しかし彼とて歴戦の強者、致命的な計算誤りはしない。
「小娘が……!」
「さあ、これで終わりか」
「ぬかせ、勝負はこれからだ、うおぉ!」
撃ち合いは続く。
南の通りでニーナが戦っていたころ、北ではクラークが防衛の任に当たっていた。
「ニーナのやつ、一騎討ちなんて始めたのか」
「我々は柔軟に集団戦を心がけようぞ」
そばにいたマクスウェルが声をかける。
「もちろんですマクスウェル殿。我々は一騎討ちなどするようなガラではありません」
暴動現場にもかかわらず、いたって冷静、苦笑すら漏れる。
「予備の備は左手に回れ、右手は槍ぶすまを崩すなよ!」
てきぱきと指示を出す。
その指揮はまるで流れる水のごとし。ニーナとはまた違う形で、戦いを先導し、その形勢をなしていた。
もう何度打ち合っただろうか。
「はあ、はあ」
ニーナと一騎討ちしていた傭兵は、疲労の色が濃い。
対して麗しの女戦士ニーナは。
「どうした、この程度で息が上がっているのか」
ゆっくりと近づく。
「……ふん、まだまだ!」
傭兵は起き上がり、剣を握ろうとした。
しかしその大剣は持ち上がらない。
「……くっ」
「ふふ、得物すら構えられぬようになったのか」
傭兵に対し、彼女は憐れみの目を向ける。
「可哀想に。あなたの弱さが、手首すら満足に動かないようにしたのか」
「ぬ、ぬかせ」
彼女の一閃が、傭兵マッケンジーの兜を跳ね飛ばした。
「くうぅ!」
頭部を潰すつもりで放った一撃ではないようだが、頭に響き渡る衝撃は相当なものだろう。
ふらつきながら、それでも傭兵は立ち上がる。
「もはや大勢は決した、降伏しなさい」
「まだ勝負は終わって――」
「一騎討ちではなく、戦闘の大勢が決したという意味です」
みれば、検問所の北涼軍は一騎討ちの前より増えている。おそらく別方面の暴動が片付いたので救援に来たのだろう。
そして、傭兵が属していた暴動勢は壊滅寸前の状況を呈していた。
「ぬう」
「さあ、降伏を。さすれば吟味聴聞の機会だけは与えられましょう」
傭兵マッケンジーは――無様にも逃げようとした。
「やられてたまるか、じゃあな!」
しかしあっという間に追いついたニーナにより……。
「敗者は潔くしなさい!」
彼は首をはねられた。
暴動は鎮められた。
驚くべきは、暴動の間も戦勝記念広場は商いが続けられていたことだ。
暴動勢の人数が今一つ足りなかったのもあるが、それ以上にアルウィンなどによる事前の準備、検問の指揮が上手かったことが大きな理由となるだろう。
縄をかけられたゼル。
かつては市場を支配する絶対の商人筆頭だった彼は、しかしいま、罪人として責を果たそうとしている。
「委細承知しているね、ゼル」
「ぬぬ」
自分より何回りも若い領主に対して、無様をさらすゼル。
アルウィンは内心、この悪逆の商売人が恥をさらしていることに喜んで――はいなかった。
結局、相手から仕掛けてきたとはいえ、荒い手段に出ざるをえなかったことを悔やんでいたのだった。
大多数の中小商人にとって望ましい状態を達成したとはいえ、ゼルの身内から恨まれることは必定。
たとえその生活が、不公正な市場、不正な甘い汁によって成り立っていたとしても。
「申し開きの時だ」
「何もない。こうなった以上、これ以上見苦しく言い訳はしない」
「いい心がけだ。……判決として死刑を言い渡す。身勝手な理由で暴動を起こし、もって北涼への反逆を企てた罪は重い」
彼はそれだけ言うと、「絞首台に引き連れていけ」と冷厳に命じた。
かくしてゼルのたくらみは阻止され、市場は公正な、自由競争の原理が保たれた状態となった。
官吏たちが能くアルウィンの意を汲み、公正な競争を理解し、適切な法律、政令を組み立てたおかげでもある。というより、むしろ官吏たちも暴動鎮圧の戦力たちと同等に頑張ったといえよう。
北涼政府がマティーニ商会から接収した露店通りは、細心の注意を払いつつ開けた市場として再配置し、一時的に戦勝記念広場で商売していた者の多くは戻っていった。
アルウィン、斯波の構想した楽市楽座は、多少の犠牲を払いつつも、それなりの水準で現実化しつつあった。
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