▼16・商会の実力行使
▼16・商会の実力行使
マティーニ商会からの話し合いの申し出。もちろんアルウィンは了承した。
とはいえ、答えはただ一つ。
「私は不当な制限のない、自由な市場こそが商いを育てると思うのです」
彼は商会の人間に全く物怖じせず返した。
「不当な制限?」
すかさず会長ゼルが反応する。
「手前どもがいつ不当な制限を、構成員に課したというのです?」
「そうです。我々は市場を常に公正なものにするために努力してきた」
いわく。価格協定や生産調整、流通調整は、傘下の商人を守るために行ってきた。価格の指標を示して模範とさせたり、供給過剰による飯の食い上げを防ぐため、全ては商人たちを市場の秩序に服させるために実行してきた。
いわく。新規参入者に条件を課して、その条件に満たないものを排除してきたが、それもまた傘下の商人たちを守るためである。新しさは、現場の商人たちにとって脅威でしかない。
「公正な市場を守ってきたのは、常に手前どもです」
「会長のおっしゃる通り、我々はその秩序を不断の努力で守ってまいりました」
ゼルと配下の商人は断言した。
「これのどこに、公の政府によってつぶされるべき要素があるのです?」
「どうやら、私とあなた方では『公正』の示すものが違うようです」
アルウィンは静かに答える。
「市場を、その資本力をもって支配し、思うがままに制御するのは、私のみる限り不公正な競争です。たとえその目的が傘下商人の保護にあったとしても、そのしわ寄せは新規参入者や新しい商品、その他革新をしようとする者に来ます」
「旧来の秩序は考慮されないのですか」
「市場は常に新しいものを取り入れなければなりません。……おっしゃりたいことは分かります。商人の世界でも、常に新しい波に対応するのは多かれ少なかれ厳しいのでしょう。それらから仲間を守るため、市場の制御をするという流れは、ある意味自然ではあるのでしょうね」
「ならば」
「しかし私たちはそれを是としません」
アルウィンは断言した。
「市場は常に新しい風を吹き込ませなければなりません。価格協定や調整に守られ、常に『旧来の秩序』に寄りかかって安穏としているのでは、市場などの革新は成り立ちません。顧客たちはいつまでも旧型の商品を、価格競争によらない不当な価格で買わざるをえない。それは少なくとも私たちの感覚では、公正とはいえません」
彼は毅然として、ゼルたちの論理を退ける。
「ならば、手前どもにどうしろとおっしゃるのです」
「お帰りいただくしかないようです。あなた方は甘い汁を吸い過ぎたのです。その歪みを、一手に引き受け、自分たちの努力でどうにかしていただくしかない時が来たのです」
北涼伯アルウィンは容赦なく回答した。
ゼル会長は、会議の間に重役たちを集める。
「アルウィンの奴め、どうやら我がマティーニ商会を潰しにかかっているようだ」
「むう」
一同はただ短くうなるのみ。
「そこで手前から提案がある」
「会長、それはいかなる」
「結論からいえば、暴動を起こして戦勝記念広場を荒らし回る。我らの威力を見せてアルウィンに再考を促す」
「なんと……!」
決然たるゼルと、緊張が走る重役一同。
「しかし会長、暴動に回せる人間も、充分には残っていない状況かと……」
「手前どもは傭兵団とも深く長く取引してきた」
「つまり傭兵団を雇う、と?」
「然り」
ゼルはしかとその重役を見すえた。
「この際、暴動に回る勢力が純粋な商人であろうと、傭兵であろうと、関係ない。群衆に紛れ、合図とともにアルウィンの理想……戦勝記念広場をぶち壊しにする」
「しかし会長……」
重役の一人が、おずおずと述べる。
「我々は商人、荒事には詳しくないですし、第一、傭兵団も馬鹿ではありませぬ、明らかに自分の立場を危うくする暴動に参加してくれるかどうか」
「ビリーよ」
ゼルはあくまでも淡々と話す。
「手前どもが培ってきたものは、なにも市場の制御をする力だけではない。人脈や販路、ほかにも無形の『繋がり』ともいえるものをまだ失ってはいない。その力と、商人としての交渉力で、傭兵団をその気にさせることは可能と考えるが、いかがか」
「しかし……、それに、暴動を起こしたところで警察軍に検挙されるだけと思いますが」
「それは傭兵団の腕の見せ所だ。アルウィンめに、手前どもの本気を思い知らせて、その邪悪な意思を撃ち砕いてやるのだ」
「そううまくいきましょうか?」
「少なくとも、黙ってなすがままにするよりはましだ。ビリー、貴殿は市場の支配力を失うことの重さが分かっていない。これは何をしてでも奪い返さなければならない」
「そうでしょうか……」
「そうなのだ」
ゼルはまるで自分に言い聞かせるような口調。
「道は定まった。取引のあった全ての傭兵団に声をかける。手前が割り振るゆえ、重役の皆はさっそく傭兵団の説得に回ってほしい、まず……」
商人は、商売以外で北涼伯に思い知らせるべく、危機に際して立ち上がった。
しかし。
「傭兵団を遮断しているだと?」
アルウィンとの「最前線」で指揮に回っているゼルは、表情を険しくした。
「左様。広場への道路に検問を敷いて、傭兵団の者は中へ通さないようにしております」
どうやら予防策を打ったようだ。
「傭兵団に絞って、か?」
「はい。それとマティーニ商会傘下であることが明らかな者たちも、通さないようです」
誰かが密通して、情報を流している。
そうでなければ、傭兵団や暴動要員に絞って交通を禁じるなどという、的を絞った真似はできまい。
「やむをえん。検問所の周辺……そうだな、北の一〇四通りと、南の二一一通りに『戦力』を結集させよ」
「つまり、検問を力で突破すると?」
「そうだ。それ以外に、アルウィンに目にもの見せる方法はない」
伝令役は表情を曇らせた。
「あの、会長……」
「なんだね」
「これ以上は内乱と受け止められかねません」
「必要ならやむを得ない」
「勝手ながら、私は抜けさせていただきます。仲間たちにも事の次第を話して、国への反逆を止めるよう説得してまいります」
実はこの伝令役すら、アルウィン側に少なからず説得されている。しかしゼルは知る由もない。
「勝手にせよ、軟弱者が。代わりはおるか!」
他の伝令役が「ここに」と名乗り出た。
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