▼15・商業の戦い
▼15・商業の戦い
数日後。
マティーニ商会の市場目付がいつもの露店通りに行ったところ。
「どういうことだ……!」
明らかに商人の数が少ない。というより二、三人しか出店者がいない。
「おいジーン」
「はい、なんです?」
市場目付は手近な傘下の商人に問うた。
「いったい何があった、人が少なすぎないか」
「あっしもよく分かりやせん。あっしも今日来たら突然こうなっていましたんで。客足も急に遠のいて商売あがったりですわ」
「のんきなことを。ちょっと残った出店者で集合だ。ジョイ、カニンガム、来てくれ」
目付の召集に応じて、わずかな商人たちが集合する。
「いったいどうしたんだ、他の商人は?」
「わしにも分かりませぬ。今朝急にこうなっておりまして。――ああ、そういえば」
「どうした」
「数人の商人が、なにやら北涼の武将たちと会っていたらしいとは聞いております」
「北涼の……官吏とかか?」
「官吏もそうですし、もっと上級の士と、というか領主様と直に会っていた者もいるようですな。あくまで噂ですが」
目付は腕組みする。
「領主の主導か? あの領主、改革と称して色々やっているからありえなくもないな。いったい何を……」
「ちなみに、他の商人たちの何人かは戦勝記念広場に行っていましたな。ちらりとではありますがわしも見ました」
戦勝記念広場とは、北涼が大昔の領土防衛戦に勝利した際に設けられた広場であり、いまは全面的に北涼政府が管理している場所のはずだった。
「あの広場で商売をしているというのか?」
「はあ、まあ自信をもって言うことではありませんが、少なくとも一部の商人はそっちに行ったみたいですぞ」
「ぬぬ……」
とはいえ、市場目付にはいったい何が起きているのかすら見当がつかない。
とりあえず向かうしかない。
「報告に感謝する。弊職はいまから戦勝記念広場に向かう」
「わしらもそっちの広場に行けばよかったかのう」
「ふざけるな、寝言も大概にせよ」
彼は憤慨しながら現地へと向かった。
報告通り、そこには多数の商人たちがいた。
特に、マティーニ商会に所属していたはずの商人が繁盛している。
「これは……おいコーク」
「おや、これは市場目付殿」
コークと呼ばれた商人が何事もなかったかのように返す。
「おやじゃない。割り当てられた場所はどうした」
「放棄します」
「な、なにを!」
「領主様からお達しがありました。この広場なら、場所代や負担金、価格協定や生産調整、流通調整などなしに商いをしてよいらしいので。近日中にマティーニ商会様に脱退の届出を出しますので、まずはここで」
目付はここで、ようやく領主アルウィンの関与を確信した。
領主はどうやらマティーニ商会を潰す気のようだ。
「この恩知らずが、いままで平穏無事に商売をしてこれたのは誰のおかげと心得る!」
目付が怒鳴ると、複数の商人たちが集まってくる。
「確かに貴殿らが、外部の脅威から守ってくれていたことは感謝します」
「しかし価格協定やら新商品の排除やら、やることがあまりにも独裁じみていたんですよ」
「そもそも価格の設定とか新商品の入荷とか、その辺の色々は自由であるべきなんですよ」
「領主様はその辺りの自由を最大限尊重するとおっしゃっていました」
目付は、しかし説得というか圧力をやめない。
「市場に覇を唱えた者が市場を制御するのは当然ではないか、強者の理というものだ」
「それを受け入れるのはマティーニ商会しかなかった。その結果がこれなのではありませんか?」
反論に、目付は言葉を失う。
「どいつもこいつも恩知らずめが、必ずこの報いは与えてやるからな!」
目付は捨て台詞を残して、「やってられんわ!」とその場を去った。
目付は商会本部に戻ると、会長に報告した。
「というわけで、背後には北涼伯アルウィンの謀略があるようです。領主の地位をかさに着て横暴な!」
しかし、意外にも会長は冷静だった。
「落ち着けビーン。怒りを北涼政府にぶつけるだけでは、この危機は全く解決せんぞ」
「しかしゼル会長!」
「だから落ち着け。確かに手前どもは行き過ぎた市場支配をしていた。これまでアルウィン、というか先代のダリウスを含めて、目をつけられなかったのが幸運すぎたのだ」
ゼル会長はほほをかく。
「手前どもにも少なくとも一定の譲歩が必要だろうな。しかし相手は改革派のアルウィン。流れによっては、手前どもの全面的な降伏もありうる」
「そんな……!」
目付は顔面を蒼白にする。
「ひとまず重役会議だ、手配をせよ」
ゼル会長は使いの者を呼び、準備を命じた。
重役たちが会議の間に勢ぞろいする。
会長は現在の状況を説明した。
「以上のように、おそらくは北涼伯アルウィンの手によって、マティーニ商会の連盟が解体されつつある。由々しき事態だ。意見を募りたい」
重役たちはさすがに無分別に憤ることもなく、沈黙する。
「道は二つですな」
ある重役は発言した。
「市場の制御をやめて、元の地道な商売に戻るか、アルウィンと交渉して、一定の権益を保証してもらうか」
「しかしミック殿、アルウィンと交渉するには交渉材料が何もありませんよ」
「然り。報告が本当なら、現在、市場はほとんど北涼政府が掌握していますし、北涼政府に対抗する材料は何もありません」
「それが悩みどころよの」
重役たちは真剣な面持ちでこれからを話し合う。
「対抗する材料はないこともない。我々にはいままでいざというときのために貯めてきた内部留保がある。金の力で再び市場の制御を買い戻すことは可能では?」
「そう甘くもないだろうな」
白ひげの重役が答える。
「引き抜かれた商人たちは、目先の金より長期的な展望、つまり市場制御からの脱出を大きく見ています。金額を提示したところで、きっと効き目は薄い」
再び沈黙。
その沈黙を破ったのは、会長ゼルだった。
「とりあえず手前どもはアルウィンと交渉したいと思う。相手の心を知らずにどうこう言っても仕方があるまい。交渉材料がないのは懸念ではあるが、まずは対話するしかない。これは最善策ではなく、それしかないというものだ」
重役たちは「難儀ですな」などと、しぶしぶ了承した。
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この話で、この物語は半分を超え、折り返し地点に到達しました。
ここまでのお話はどうでしたか?
もし、少しでも「この作品は良さそうだ」とお感じになってくださいましたら、ぜひ星評価やブックマークを付けていただければと思います。
作者というものは、ほんの少しの肯定的な評価でも、体が軽くなり、心の霧は晴れ、世界が鮮やかに見えてしまう生き物なのです。
どうか本当に、よろしくお願い申し上げます。
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