▼14・商会への挑戦


▼14・商会への挑戦


 北涼伯アルウィンは評定にて、懸案事項を話した。

「威力によらずにマティーニ商会を説得する方法、何かありませんか」

 しかし家臣団も渋い顔。

「全く威力を用いない、全面的に穏便な方法はないでしょうな」

「同じく。威力という形ではないにせよ、力の作用のない方法はないでしょう」

「ふうむ」

 アルウィンはあごに手を当てる。

「形のある力……マティーニ商会に反対する勢力が主になりますね」

「然り」

「マティーニ商会傘下にも、不満を持っている商人はいるはず。やつらのやることは強権的ですからね。とすると、彼らを引き抜いてこちら側につかせるとか」

「そうなるでしょうな」

 武将の一人がうなずく。

「内紛を誘発しつつ、数の力でマティーニ商会を追い詰める、か」

 アルウィンはつぶやく。

「それがよろしいかと」

「賛成です」

 武将たちがしきりに同意の意を表す。

「生産調整や価格協定をなしえているのは、ひとえにマティーニ商会が多数の商人、工匠その他の利害関係人を傘下に入れているからですね。それを解体すれば、おのずと商会の企みもついえるわけですね」

 アルウィンは成功への道のりを思い描いた。

「よし、皆で商人たちの説得にあたりましょう。この任に当たるのは、私自身と、クラーク、ジェーン、マクスウェル、それに父上……それでよいですか」

 ニーナは除外した。彼女は根っからの武人であり、こういうことにはあまり向いていないと考えたからだ。

「御意にございます」

「よろしい。では他の事項について評議を続けます」

 彼は地道な工作が成果を挙げると信じた。


 評定の終わった後、彼はニーナから。

「領主様、二人でお話ししたいことがあります」

 だいたい予想はつく。

「分かった。人がはけたらここで話そう」

 そして、家臣たちが評定の間を退席し終わったころ。

「そろそろいいだろう。どうしたの?」

 聞いてみたが、用件はだいたい見当がついていた。

「私に商会への工作の任務を割り当てなかったのは、いかなるお考えですか」

 的中した。

「ニーナ、きみには工作が向いていないと判断したからだよ」

 当然の回答。この言葉に嘘偽りは全くない。

 建前だけの言葉でもなく、その場をごまかす目的でもない。

「領主様……」

「言いたいことは分かる。でも実際、そういうことは得意ではないだろう。拝命したらしたで、きっときみは困っていたと思うよ」

「しかし」

「私はニーナを軽んじているつもりはない。……ここだけの話、別にマティーニ商会が相手というわけではないけど、大きな戦いがありうる」

「クラウディアによる放伐ですか」

「その通り。そのときに、というかそれまでの軍事面での準備も含めて、主にきみに仕事をしてもらうことになる」

「むむ」

「人には向き不向きがある。軍事も合戦も同じことだよ。クラークはどちらかというと槍働きより頭脳労働だし、ジェーンは戦というより軍政向き、マクスウェルはなんでもできるけど、彼一人ではさすがに厳しいところもある。父上はあくまで隠居の身だしね」

 ニーナは黙って聞いている。

「きみの出番も必ずやってくる。やる気があるのはうれしいよ。だけどそれはマティーニ商会への工作ではなかったってだけさ」

「なるほど」

 ニーナはうなずいた。

「領主様に嫌われたわけではないのですね」

「当たり前さ。きみを疎んじる理由はどこにもない。きみには今後も、私の足りない部分を補ってほしい」

 言うと、ニーナは珍しくもくすりと笑った。

「ふふ、承知しました」

「ありがたい。いまは結束が必要な時期だ。心を一つにしようじゃないか」

「御意。下がらせていただきます」

「よろしい。きみの不満が晴れたなら幸いだ」

 ニーナは「失礼いたします」と、かすかな笑顔で退出した。


 アルウィンらは手分けして、商人や職人と密会した。

「このたびは私の話を聞きに集まってくださり感謝します」

 数人の有力な商人に、彼があいさつすると、彼らはそろっていぶかしむ。

「いや、それは領主様だから構いませんが」

「いったい何の用件か、もったいぶらずに教えてくだされば助かりますな」

「私どもは結論を重視する生き物でありますゆえ」

 アルウィンはうなずいた。

「そうですね。結論から申しましょう。――マティーニ商会の傘下を抜けませんか」

 彼らの顔に緊張が走る。

「ここにおられる面々は、いずれもマティーニ商会の価格協定や生産調整に、商機を潰されてきた方々であると、勝手ではありますが事前にお調べしました。であるなら、この機会にあの商会を抜けることを強くお勧めします」

 商人たちは苦い表情。

「それができるなら、とうの昔にしておりますが」

「なかなかできないのですよ」

 しかし、ここで終わるアルウィンではなかった。

「それができないのは、ひとえにマティーニ商会に多数の商人たちが属しているからでしょう。数の力、結集した資本力の差というものですね」

「まあ、その通りですな。私どももマティーニ商会のやり方には、確かに思うところはありますが、なにせ敵対するには相手が大きすぎるのです」

 予想通りの反応だった。

 だからあらかじめ練ったものをぶつける。

「そのためには、主だった傘下の商人が一斉に抜けることが必要。そして我々はすでに、私の家臣を通じて、多数の商人と密通をしております」

「ふむ……」

「そして私たちも商業的に、何もしないわけではありません。警察軍、法律、その他あらゆる手段を用いて、あなたがたの商売を何人にも邪魔させず、円滑に、滞りなく営ませてご覧にいれましょう」

「ほう……」

 商人や職人は、わずかだが目の色が変わった気がした。

「マティーニ商会の特権的地位は、我々としても市場の競争を不当にゆがめるものとして問題視しております。この機にこれを潰し、のみならず公正な競争に満ちた市場を構築します。そのためにはひとえに、あなたがたの協力が不可欠です」

「なるほど」

 それぞれうなずいた。

「結集した資本力が敵であるなら、その資本力を切り崩して反対勢力とすれば、おのずとマティーニ商会も音を上げるというものです。私たちはあなた方の翻意を強く望むものです」

「ふむ。マティーニ商会からの脱却ということですな。まあ、私どもも商会のやり口には以前から辟易していました。あの場所にいれば新しい商品もろくに売ることができない」

「そうでしょう。一斉にマティーニ商会を脱すれば、彼らとて何もすることができないはず」

「その通りですな。うん、領主様は話の分かる方のようだ。マティーニ商会からの我々の保護について、詳細をうかがいたく」

「承知しました。まず商業区域についてですが――」

 手ごたえは上々。ここまで反応を得られれば、協力はとりつけられたも同然であろう。

 しかし油断はしない。

 彼は説明を続けた。


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