▼12・勇ましき陳情
▼12・勇ましき陳情
ある日、領主アルウィンに陳情したいという一団がやってきた。
「どうなさいますか」
取り次ぎの使いが問う。
「とういう一団なんだい?」
「なんでも、マティーニ商会の取り扱いについて物申したいそうで」
「マティーニ商会? ならそちらに直接談判すれば済む話……いや、政治的な陳情なら、そう簡単にはいかないんだろうね、どうするか」
彼は考える。
単なる一市民にいちいち会っていてはきりがない。が、彼は領内を自ら巡察しているし、領主がもったいぶって執務室に引きこもるほど、北涼伯は大きな領主でも権威でもない。
しかも、おそらく陳情者たちは「ただの一市民」ではないだろう。政治的な陳情をしに来たのだとすれば、それは政治的な勢力であろうと推測できる。
とすれば会うしかない。
「よし分かった、私が直々に話を聞こう」
彼はそう言って評定の間に向かった。
念のため、彼はニーナ、クラーク、ジェーン、マクスウェルに同席させた。
密室状態で政治的な話が行われるのを防ぎたかったからだ。
「皆様方、今日はいかがしたのですか」
言うと、陳情団の代表らしき男が、あごひげをこすりながら答える。
「は、マティーニ商会の専横が目に余るので、領主様にお話に参りました」
ずっと昔、まだ北涼がいまよりずっと過疎だった――いまも城下町ですら、大都市という程度からは程遠いが――ころ、商機を見出して進出してきたのがマティーニ商会だった。
そこまではよかったのだが、商売の成功によって勢いづいた商会は、やがて事実上の特権を享受し、市場を独占するに至った。
そして新規の商人などを排除、またはいわゆる価格協定、生産調整など、不当に市場を支配しはじめ、その事実上の、ではあるが特権は維持されていまに至る。
斯波の記憶からいえば、公正な取引を害する行為である。
「もはや領主様が政治的にお力を振るっていただかないと、マティーニ商会の権益は止まりません」
「なるほど」
これは、ちょうどいい。彼は思った。
何がちょうどいいのか。
公正取引に関する法を整備し、商業的特権を排除、戦国大名の施策でいえば楽市楽座に近い商業的環境を整える好機である、ということだ。
「ふむ、貴殿らはそれで困っておられるのですね」
「そうです。私どもはさんざんマティーニ商会にかき乱されたものです。特権をもとに特権を拡大する、やつらは悪の『らせん』の中にいるのです」
「ほう……うん、そうですね」
彼は深くうなずいた。
「とはいえ、まずは状況をつぶさに把握しなければなりません。調査班を組織して、遅滞なく事にあたろうと思います。どう動くかは調査の結果次第とはなりますが……」
「おお、ありがとうございます」
あごひげの男は破顔する。
「ただ、念押ししますが、こちらとしても現状を把握したいので、まずはそこからということになります。問題が本当に問題であるかどうか、吟味が必要な陳情ですので」
「むむ。分かりました。ひとまず調査していただけるだけありがたいことです」
男は「前向きなご返答、感謝いたします」と述べ、深く頭を下げた。
それから一週間後。
「報告いたします」
調査班が戻ってきた。
報告を聞く限り、マティーニ商会は本当に既得権益を振りかざしているようだった。
ただ物を売るなら一向に構わない。
商人たちの陳情にもあったように、価格協定という名前の強圧的な価格の押し付け、生産調整というのも生ぬるい露骨な供給の操作は実際に行われていた。
それだけではない。
ある発明家の商人が新製品を売ろうとしたところ、商会はその事実無根な悪評を流し、代わりに自分たちの代替品がいかに優秀かを吹聴する。
それも、身元を明らかにした評価ではなく、どこの馬の骨とも知れぬ流れ者を通じて流言を仕掛ける。
斯波の世界における「ステマ」とよく似ている。
しかも商会の場合は競争相手の根も葉もない悪評をステルス状態で行っているため、斯波の世界ではほぼ違法といえる。
この世界ではまだそれを取り締まる法律がないので、好き勝手やっているというわけだ。
また、ある商人が独自の仕入れ口で希少な野菜を売ろうとしたところ、商会は自分たちの認めていない仕入れ口だとして、取り扱いをやめるよう脅迫した。
さらに、それでも商売を続けようとしたところ、マティーニ商会はならず者を雇い、でっち上げの言いがかりをつけさせ、業務を大いに妨害したという。その商人は結局撤退してしまった。
そもそも、マティーニ商会は城下町のいたるところに多くの土地や家屋を持っており、市場に新規に参入しようとする業者がいると、その不動産に対する妨害であるとして圧力を掛け、新規参入者を追い出すという。
悪質。いや、もはや悪質という言葉だけでは片付けられない。
不正な競争を排除し、公正な取引をさせる法整備が必要だが、まずは腐り果てたマティーニ商会を駆逐する必要がある。
……だが。
これまでの改革は、おおむね民衆に受け入れられたとはいえ、北涼政府に思うところのある、損をした者もいることだろう。
今回もマティーニ商会の駆逐を目標とするのであれば、そういった反感を、多少は覚悟しなければならない。
しかし。
あまり強引な手段を用いると、嫌悪をぶくぶくと増やしかねない。溜まった嫌悪はやがて牙をむき、放伐に関与し、または放伐とは無関係にアルウィンと領地の人々を害するだろう。
暴力やそれに近い威力で排除するのは、簡単だが得策ではない。
しかし、それならどうするか。威力にも匹敵する効果があり平和的な手段はあるのか。
若き領主は「むむむ」とうなり、眉間にしわを寄せた。
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