▼11・明るいもの


▼11・明るいもの


 二人は楽しく談笑していたが、徐々に空は橙の色を帯びていった。

「おお、もうこんな時間ですね」

 アルウィンが外の景色に気づく。

「お帰りになるのですか?」

「ええ、名残惜しいですが」

「せっかくですし、もう少しお話をしませんか。客室で一泊なさいませ」

 クラウディアは思った以上に、彼に親愛の情を感じているようだ。

 しかし。

「常陽伯との約束ですし、今日はここで帰らせてください。私としてもせっかくの申し出ではありますが、自分の領地も気になりますし、留守番の人々だけで上手く回っているか心配ではあります」

 丁重に断ると。

「そうですのね……確かにご領主としてのお仕事は大事ですわね」

 あっさりとクラウディアは引き下がった。

 もっとも、それは彼に対する無関心ゆえではないことは、どちらかといえば鈍感なアルウィンにも手に取るように伝わっていた。

 お互いに話し足りないし、アルウィンは放伐関連の話もまだしていない。

 ……いや、この段階で放伐の話を出すのは、前述のとおり時期尚早であろう。まずは世間話からである。

「私としても貴殿とはいつまでもお話をしていたいですが、まあ、手紙のやり取りなどもあることですし、今生の別れでもありませんし」

「そうですわね。次は私の方から参上したいところです。領主でも嫡子でもない私のほうが、何かと身軽ですし」

 彼女は少し寂しげに、しかし満足げに微笑んだ。


 数日後、アルウィンは自分の領地に帰った。

「お帰り、息子よ」

「父上、ただいま帰りました。何かありましたでしょうか」

 聞くと、ダリウスは首を振る。

「いや、特に何もなかったぞ。……そういえば」

「そういえば?」

「領内を巡察してみてはどうかな」

 ダリウスは含みのある笑みを見せる。

「巡察なら定期的にしておりますが」

「それは『問題点を見つけるための巡察』だろう。一度、自分の領地への批判精神を抑えて、あるがままの民の生活ぶりを見てはどうか」

「あるがまま……領地への批判を捨てる……?」

 真意が今一つ分からないアルウィンは、首をかしげる。

「どういうことです」

「まあそう悩むな。ありのままを、そう、ありのままを見てくれればよい。ああ、いますぐでなくともよいぞ。まずは旅を終えたことだし、少し休め」

 言って、父親は「最近のアルウィンはよく頑張っている。自分でその成果を見ればいい」と、現在の領主にはよく分からないが温かい言葉をかけた。


 翌日、彼は予定を急きょ巡察に切り替えて、早朝から昼食時までは領内を見て回ることにした。

 まずは農村。

「おや……」

 彼は驚いた。

 畑の世話をする農民に活気がみられる。

 農民たちは先日、検地で隠し畑を散々暴かれているはずである。農具を補助してはいるし、いざというときの救貧法も強化しているものの、基本的に農民の嫌悪を買っているのではないかと彼は心配していた。

 しかし、どこを見回しても、農民からは以前よりはやる気が見て取れる。

 彼はいぶかしんだが、手にしている農具を見て納得した。

 農具補助はかなり行き届いているらしく、みな新品に近い農具を用いている。

 そして、道具が新しいと、効率が上がり、がぜんやる気も出てくる。

 アルウィンは斯波としての前世を思い出す。

 パソコンや電子機器が社内全体で新調されたとき、仕事の効率は上がったし、なぜかやる気も出てきたものだ。

 と、ある農民のもとへ、その息子と思しき少年が、武具を手に持ってやってくる。

「父ちゃん、今日も武具を磨いたよ」

「ありがとう。頑張ったな」

「なにせ領主様がぼくたちを信じてお貸しくださったものだからね」

「その通り。丁寧に手入れして偉いな。ふふ」

 農兵制の強化は、農兵への信頼という形で解釈されているようだ。

 もちろん、そう考える人間が全てではないだろう。しかしこれは思わぬ効果であった。彼は「戦場に出るのはいつも農民か!」などという不満が高まっているのではと危惧していたが、この様子を見るに、おそらくそれは少数派のようだ。

 批判精神を捨てて、あるがままを見るとは、こういうことか。

 彼は思わず笑みをこぼした。


 彼は城下町へ。

 轍の幅は統一され、馬車が辺りを行き交う。

 どうやら、轍が一定になったおかげで、馬車業界全体が活気づいているようだ。

 安全性が底上げされ、また新しい馬車の生産も、規格を統一したことにより効率化が進んでいる。

「ってことでさあ、若いの」

 領主の顔を知らない業者は、アルウィンにそう話した。

「ざっと見る限り、王都からの馬車も若干増えているようですね」

「なんせ轍が王都基準ですからね。そりゃ来やすくもなりますぜ」

 業者は満足げに笑った。


 市場では、統一された度量衡をもとに各種取引がされていた。

 いままでと異なる単位に誰もが四苦八苦……を想像したが、どうもそうではなかった。

 むしろ、取引は円滑に進んでいる印象を感じた。

「鶏肉を十二ノーゼルください」

「あいよ、十二ノーゼル!」

 ノーゼルとは王都の単位だが、肉屋の主人は特に滞ることなく仕事をしている。

 また、特に目立つのが、外から来たと思われる商人のやり取り。

「八百ノーゼルの鉄を仕入れたい」

「まいど、八百ノーゼルね」

「……おや、王都の単位の早見表はどうした」

「領主様が度量衡の改革をしてから、いらなくなったので捨てちまった。計量器からして、その基準になったからな。ガハハ!」

 改革は堅実に実を結んだようだ。

 彼は市場を後にした。


 軍務。

 ニーナとクラークがいた。

「やあ。調子はどうだい」

「上々です」

 ニーナが答える。

「炊事部隊の編制が、母によっておおかた固まりました」

「おお」

「このまえ訓練に来た農兵に話を聞いたところ、えらく喜んでいたぞ」

 クラークが話を継ぐ。

「戦場でもまともな飯が食えるのが、相当嬉しいみたいでな。この前もジェーン殿に、編制を急ぐよう催促していた」

「そうか」

「お前の開発した保存食も、何かと便利なようでな、特に芋がら縄には皆驚いていたぞ」

「縄としても使える、鍋の具材だな」

「ああ。多少不衛生かもしれないが、兵糧とは多かれ少なかれそういうものだ。それらの改革は、成功と言っていいんじゃねえかな」

 クラークは「最近のお前は頑張っているな」と、若干上から目線ながらもアルウィンを褒めた。


 彼が執務室まで戻ると、父ダリウスが待っていた。

「ただいま戻りました、父上」

「おう嫡男よ。どうだった?」

 尋ねる元領主。

「改革の効果をその目で見ました。改革の中で反対勢力と丁々発止したときもありましたが、現在は皆、おおむね少しは幸せになっているようでした」

「そうだろう、そうだろう」

 父親は笑った。

「わしもお前が不在の間、領内を見て回ってな。そのときの光景をお前にも見てもらおうと思った」

 少しの沈黙。

「正直、息子であるお前に嫉妬するよ。わしが領主だったころは、ここまでの活気と喜びを民に味わわせることは、ついにできなかった」

「そんな、父上は立派な」

「お世辞はよい。お前の方が立派だ」

 ダリウスはアルウィンを制止した。

「お前は領主に、なるべくしてなった。改革の原動力は、わしには教えてくれぬそうだが、きっとお前なりの確信と道筋があるのだろう。……いや、定められた道筋から外れて、新たな道を作るためにもがいているようにも見えるな」

 鋭い直感。やはり父は自分以上の人間ではないか、とアルウィンは思った。

「まあ、お前に任せておけばそれも乗り越えられるだろう。それほどまでにお前は頼もしい。親のひいき目を除いて考えても、お前は立派な領主、優秀な人間だよ」

「父上……」

「できれば、お前以外には見えていない何かを教えてほしいところだがな。ニーナとクラークは知っているようだが」

「二人に聞いたのですか」

「あの二人はそう簡単に秘密を漏らす人間ではない。お前にとって信頼できる友人、そして腹心なのは間違いないだろう。わしの観察眼、これを甘く見ないでほしいものだ」

「むむ」

 アルウィンはただ短くうなった。

「まあ、わしの話したことがきちんと伝わったのはよかった。たまには楽観的な目でも民を見てやれ。わしからは以上だ」

 きびすを返すダリウスに、彼は「ありがとうございました」とだけ返答した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る