▼09・魅了された少年と伯爵の父
▼09・魅了された少年と伯爵の父
近隣の一揆勢を鎮圧し、いくつかの首級を挙げて帰ってきたクラウディア。首級とはいっても、相手は一揆勢なので民草のものである。
彼女は鎧を脱ぐ間もなく、小間使いの少年から、アルウィンの手紙を受け取った。
「お嬢様」
「なんですの?」
少年は彼女に聞いた。
「お嬢様は、その、アルウィン様のことをお慕いしているのですか」
唐突な質問。
「ちょっと違う気がしますわ」
彼女は若干迷いつつも返答する。
「どちらかというと、面白い方だなあとは思っていますわ。アルウィン様は、この世界のものとは思えない見識を持っていらっしゃいます。そこから出てくる発想は、なかなか興味深いものと思っております」
「でも……お手紙を受け取るときのお嬢様は、なんだか浮かれておられます」
少年の質問に、しかしクラウディアは煙たがらずに答える。
「今後の参考にもなるものですからね。新しい見識を得るというのは、なかなか楽しいものですわ」
「じゃあ、……じゃあ僕の入る余地もあるということですか?」
ここまで小間使いの言葉を聞いて、クラウディアは真意を悟り苦笑した。
この小間使い、アルウィンに嫉妬している。
彼女もここまで言われて気づかないほど鈍感ではない。
そして、誰かの才覚に惚れるほど知性の足りない人間でもない。
「ふふ、嫉妬ですの? 可愛い」
言うと、少年は顔を真っ赤にした。
「ち、違います、僕は悪い虫がお嬢様につかないよう、伯爵様から厳命されていますので!」
「そう。じゃあそういうことにしておこうかしら。可愛い」
少年は、「ではこれにて!」と早口で言うと、退散していった。
見届けると、彼女は手紙を開く。
手紙を読む限り、アルウィンは本当に興味深い人間である。会って話をしてみたいものだ、と彼女は思う。
こたびの返信は、勇気を出して、領内に来るよう誘ってみるのもよいですわね。
彼女は考えた。
アルウィンはどうやら北涼にていくつもの改革を行っているようで、忙しい身ではあるようだ。
だが、それでも、彼の才覚は異彩を放っており、純粋に興味深い。直接会って話をすれば、きっと得るものも大きいだろう。
とはいえ、アルウィン招待について、クラウディア個人には決定権はない。父ブルック伯爵が決裁をしないと、正式な招待状は出せない。何しろ相手は領主級。忘れがちだが、爵位持ちにして地方領の主だ。
アルウィンは若手貴族の中では充分に頭角を表しており、ブルックがこれを拒むとは思えないが、しかし手続は手続である。
クラウディアはあとでブルックに話を持っていくとして、まずは手紙を読み始めた。
説明会は紛糾していた。
「我々には我々の流儀がある、度量衡もその一つです!」
「そうだそうだ、なんでも王都に合わせればいいというものではない!」
しかし、何度もいうように、今回はアルウィンに歩調を合わせる勢力もいる。
騒いでいるのは全員ではない。その気持ちが、アルウィンを幾分楽にする。
「皆様、よく聞いていただきたいのですが」
彼は表向き冷静に語りかける。
「度量衡は我々の領内でも統一されていません。それが理由となって司法院で争われた案件もたくさんあります。誰だって司法院で争うのは骨であり負担です。そうではありませんか」
「そうだとして、なぜ王都基準なのです!」
「領地の外で最も取引する可能性があるのが王都だからであり、また王都との争いが最も負担になると踏んでいるからです」
あくまでも穏やかに。
「王都の顧客は中央の法で守られており、また資金や人員も豊富です。その彼ら相手に、度量衡のズレで訴訟にまで発展するのは、避けたいところではありませんか?」
一同は沈黙する。
「王都基準に合わせるのは、単なる中央へのあこがれではありません。実際、調べてみたのですが、近隣の領地でも、度量衡はどちらかというと王都の基準に合わせる者が多いようです」
彼はなおも続ける。
「我々のように規格の統一をしようという動きはまだないようですが、ならば我々が先駆者となればよい。前例は我々が作ればよいのです」
そうすれば、一番の改革者はアルウィンということになる。
彼はそういった密かな功名心を、腹のうちで留めた。
「ともあれ、まずは前述の通り、規格の差が生む食い違いがあまりにも多い。これを統一できれば、事務実務のほうの負担は幾分減るのではないでしょうか」
彼が問いかけると、味方の業者が発言する。
「全く領主様のおっしゃる通りです。もとから王都基準の規格でやっている我々からしたら、一部の商人からのみ独自の規格で発注されるのは、はなはだ煩雑さを感じているところです」
「馬車の轍についても、いままで馬車の事故で納品が遅れたこともあるわしらからすれば、ぜひとも統一していただきたいところですな。事故の原因が、結局のところ車輪幅にあることが多い、ということはわしらも聞き及んでおります」
多数の業者がうなずく。
流れが変わったのを彼は感じた。
「……ありがとうございます。ほかに質問や意見はありますか」
「まあ、アセロラ商会がそういうなら……」
「納品遅れは確かに煩雑だな」
おそらく主な取引先が賛成するから、これ以上反対の声を上げることができないのだろう。
そのような連鎖は、考えてみれば当然だが、アルウィンにとっては意外なものであった。
ともあれ、とりあえず合意には取りつけられたようだ。
「では、これにて説明会を終わります」
彼は会を締めた。
アルウィンが執務室に戻ると、扉の外でダリウスが待っていた。
「おう息子よ」
「父上」
ダリウスも別の説明会に行っていたはず。きっとアルウィンより先に終わったのだろう。
「どうされました」
「常陽のクラウディア嬢から招待状が届いているぞ。留守だったゆえ、わしが受け取っておいた。中身はまだ開けておらんが、使いの者が概要を言っていた」
「ありがとうございます」
アルウィンは一礼した。
「なあアルウィン」
「なんでしょう」
ダリウスは腕組みする。
「どうしてクラウディア嬢に接近しているんだ?」
素直な疑問のように聞こえた。
「いまの反応から察するに、お前はクラウディア嬢に懸想しているようではなさそうだ。もしそうなら、もっとうれしそうにするものだろう」
「はあ」
平静を装うが、図星だった。
「そもそも、お前はクラウディア嬢と会ったことは一度もないはず。なぜ文通の相手としたのかも謎のままだ。先方は変わり者とは聞いているが、それはわざわざ文通をして招待される理由にはならないと思う。政略結婚を申し込むにしても条件が今一つ、利点も少ない。なにより政略結婚ならいちいち文通から始める理由はない」
一から十までその通りであった。
「とはいえ、お前は理由もなく行動する柄でもない。アルウィン、お前の目には何が見えているんだ?」
ダリウスの探るような問い。
前世関連のことを言うべきか?
いや、いくら父親でも信じてはくれないだろう。ダリウスはニーナやクラークのような存在ではない。
彼は一瞬でそう考えた。
「いえ、単に『変わり者の伯爵令嬢』が気になっただけですよ。懸想というより、興味深いといったほうがよいでしょうか」
ダリウスの、なおも怪しむような目。
「……そうか。理由を言いたくないならそれでよい。お前にはお前の考えがあるのだろう。今後、もし言いたくなったらわしに言えばいい。一人息子の言うことなら、なんでも聞いてやるつもりだ」
「ありがとうございます」
言うと、ダリウスは「邪魔したな、すまん」と言い残してその場を去った。
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