▼08・寸法


▼08・寸法


 例によって評定を開き、幼馴染たちだけでなく諸将の意見を募った。

「反発が予想されます」

「すでにあるものを変える以上、それをよしとしてきた者たちに反対されるのは必定かと」

 おおむねクラークたちと同じ意見が出た。

「それに、今回は代替案を示す余地もないようですし」

「法律に経過期間の附則を設けるのは当然で、それは代替案とは言わぬしな」

 ジェーンとマクスウェルも意見を述べる。

「ただ……馬車の事故が、車輪の幅が原因で起きているという話は確かに聞いたことがございますし、度量衡についても、商人たちの間で食い違いが起きて、それによる法的紛争も絶えないとは聞いております」

「それがしもそういった風聞は耳にしております。現状、車輪の幅や度量衡は、放っておくとバラバラのまま変わらないでしょうな。公権力として強引にでも基準を設けないと、弊害はいつまでも消えませぬ」

 宿将二人の意見が一致すると、諸将もそれにならう。

「おっしゃる通りです。いつかは改革をしないとならないでしょうぞ」

「ううむ」

「問題はいかに穏便に説得するかですね。領主様を信頼していないわけではございませんが、これはこれで骨ですね」

「行政部にも協力してもらうつもりだ……が、もちろん私も頑張るつもりだ」

 すると。

「前領主として、わしも説得に手を貸そう」

 アルウィンの父ダリウスが名乗り出た。

「ダリウス様……!」

「わしはいままで、あくまでも隠居の身として、息子の施策には口を出さないできた。領主はアルウィンだからな、独り立ちをしてもらわないと困る。しかし今回は話が別だ」

 彼は自分のひげをなでる。

「大がかりな刷新になる。そのためには、前領主としてわしの権威を借りることも必要となるだろう。新領主を若造だとして言うことを聞かない連中も、わしが出ればいくぶん話を聞く姿勢にもなるはず」

「父上……!」

「というわけで、わしにも協力させてくれるな、アルウィン」

「もちろんです。隠居なされた父上のお力を借りるのは幾分心苦しくもありますが、この施策のためには、ぜひご協力をお願い申し上げます」

 アルウィンは素直に頭を下げた。

「とはいえ、いずれにしても不満が幾分高まることは計算に入れておかなければなりませんが……その辺は時間の経過が何とかしてくれるでしょう。検地や年貢と違って、直接の負担が増えるわけではないですし、度量衡等は慣れればそれでよくなるものですから」

「それに違いありません」

 クラークが賛同する。

「よし、反対はありませんか」

「ありません」

「前領主様が納得なされたものに反対などありません」

「それは私が領主として不足という意味かな?」

「滅相もございません、もとより領主様のご命令には従う所存」

 どうやらお調子者がいたようだが、しかし。

「よし、詳しい命令は追って下します。各人は準備をしておいてください」

 彼は締めの言葉を述べた。


 彼の執務室に訪問者が。

「クラークです。領主様にお話がございます」

「おお、どうぞ」

 無二の親友が部屋に入る。

「ようアルウィン」

「やあクラーク。どうしたんだい?」

 急にいつもの口調に戻ったクラークは、しかし思わぬ諫言をする。

「アルウィン、最近のお前は改革に熱心でいいと思う。だが……」

「いや、だいたい言いたいことは分かる。改革が急激すぎるというわけだね」

 聞くと、彼はうなずく。

「ああ。最近のお前はよく頑張っている。改革による反発にも気を配っていて、本当によくできた領主だと思う」

「褒めても何も出ないぞ」

「いや本心だ。……しかしだな、どうしても急激な改革にはついてこれない者もいる。幸い、お前に仕える家臣は忠誠を誓っているようだが、問題は民のほうだな」

「むむむ」

 彼は腕組みをする。

「だけども、私は最低限必要なことしかしていないつもりだ」

「それは分かる。だけどそれでも急すぎるんだ」

 アルウィンは地球世界の歴史を思い出した。

 急激な改革をした秦の始皇帝。彼の築いた帝国は短命に終わった。

 民心とはそのようなものなのだろう。

「とはいえ、改革をしないと富国強兵は達成できない……」

「アルウィン。お前が改革を急ぐ理由は、クラウディアの放伐軍に対抗する国力を付けるためだな?」

「ああ。戦いが来ることが半ば分かっているなら、きたるべき決戦に勝つためにも、私たちはそれに向けて準備しなければならない」

「むむ。確かにそうだが、しかし」

 クラークはしばし考え込むような様子を見せたあと。

「まあ、そうだな。改革を急がなければならない理由はある。そして、俺たちはそれを少しでも助けたいと思っている。だけど、急激な改革にはついてこれない人もいる、ということは覚えておいてくれ」

「分かった。ありがとう。……話はそれだけかい?」

「ああ。すまない、邪魔したな」

「いや、心配ありがとう、きみも頑張れよ」

「ありがとう」

 言うと、クラークは「失礼いたします」と去っていった。


 アルウィンはその後、予定通り領内の関係者代表を集めて説明会を開いた。

 もっとも、前回の検地の時と違う点がある。

 王都基準の度量衡や馬車の幅を採用している業者もいるということだ。

 検地の際は、極端にいえば、農民全てを敵として、片っ端から説得にかかる必要があった。

 しかし今回は、すでにこちらの示す規格に適合している業者が少なからずいる。

 しかも彼らは、その性質上、王都の商人らと取引している者が多いから、ある程度の業界内の説得力も期待できる。

 中央に与する者は、たとえ商人であっても、その界隈では強いのだ。

 とはいえ、彼らはたまたまそうであるにすぎず、積極的にこちらを援護してくれることは、少なくとも期待して当て込んではいけない。

 アルウィンは、改正内容の説明から始める。

「こたびの政策案は、度量衡及び馬車の車輪の幅に関する統一案です。まず度量衡について、その背景を述べますと――」

 彼は多少の緊張とともに業者たちを見渡した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る