▼07・民を見るということ


▼07・民を見るということ


 そして行われる検地。

 太閤検地?

 反発する、というより嘆き悲しむ農民の様子は太閤検地でもあっただろう。

 しかし、これはもっとずっと小規模の、北涼地方独自の検地である。

「あちらに隠し畑がありました!」

「おお、行くぞ!」

 測量道具を持ちながら、小走りに官吏が駆けてゆく。

「ああ、お役人様、おやめください、あちらの畑から年貢を取られたら……」

 おいおいと泣き始める農民。

 その様子を見ていたアルウィンは。

 多少の悲嘆は、仕方がないのか……?

 しかし、そこへ別の官吏が声をかける。

「待ってほしい、そこの貴殿よ」

「うん?」

 農民は顔を上げた。

「お役人様、あなたが止めてくださるのですか」

「いや、やめることはできない」

「そんな、よよ」

「待て。悲しむのは早いぞ」

 言うと、官吏はアルウィンのほうを示した。

「あちらにおわす北涼伯アルウィン様は、情けの深い方だ。納められる年貢が少ない者には、年貢率を軽減してくださるのだ」

「は……それは本当で?」

「貴殿の検地次第だが、本当に困っている者から搾り取ることはしない。検地そのものの話ばかり広まって、このことはあまり知られていないようでな。ぜひ友人たちがいれば広めてほしい」

「おお……ありがたや」

「それだけではない」

 官吏はニヤリと。

「貴殿の農具、使い込んでボロボロになっている。よくここまでもたせたものだ」

「はあ」

「領主様は農具の交換も補助してくださる。なにせ農具は農業に必須、ボロボロでは効率も悪かろう」

「おお……手厚いお恵みを、ありがたや」

 官吏は、農民の注意が逸れたとき、アルウィンに向かってニッと若干得意げに笑った。

 態度は鼻につくが、優秀である。

 この機略は、その官吏の持って生まれた素質によるものか、それとも父ダリウスの内政の一環、人材教育のたまものか。

 いずれにせよ、良い動きをした。

 アルウィンは知らず、口角を吊り上げた。


 なんとか無事に検地は終わり、アルウィンは計算を終えた主計主筆に問うた。

「今年の見込み年貢収入はどうですか」

 主計主筆は答える。

「確実に増加します。救貧法や農具補助を計算に入れても、少しではありますが増加が見込めます」

 その答えを聞いて、アルウィンは微笑んだ。

「それはよかった」

「ただ……」

「ただ?」

「農民からすれば、善後策がどうあれ、我々の取り分が実質増加して、彼らの取り分が事実上削られた形になるので、その内心に関しては充分な警戒が必要かと」

「なるほど」

 アルウィン自身は、隠し畑の発見と引き換えに、対案を提供することで、公平を達成したつもりでいたが、農民にとっては対案があろうと、自分たちの糧を奪う侵害であるという印象が強かったのだろう。

「内政というのは難しいな」

「左様、農民の心理に関しては我々主計は担当ではなく、もっぱら別の部署の担当とはなりますが、しかし主計の所掌の範囲でもいえることとしては、農民の負担増と、多寡はともかく、それによっての不満の蓄積でしょうぞ」

「そうですね。今後とも民の動向をつぶさに巡察して把握することにします」

「それがよろしいものと私も考えます」

 主計主筆はうなずいた。


 ある日、アルウィンが領内を巡察していると、馬車の事故に出くわした。

 すでに番所の警察軍が見分をしているところであった。

「どうしました?」

 彼が声をかけると、警官が反応する。

「ご覧の通り、馬車が事故をして横転しました。死者、重傷者は幸運にして無く、怪我人はもはや医院へ運び込みました」

「事故の原因は?」

 彼は尋ねる。

「車輪の幅の違いによるものです」

「車輪の幅? 詳しく聞きましょう」

 なんでも、領内の馬車は車輪の幅がまちまちで、それによって形作られる轍も幅が異なるようだ。

 今回の馬車は幅の異なる轍に足を取られ、馬車の思わぬ挙動を制御できずに事故につながったという。

「馬車か。この手の、轍による事故は多いのですか」

「多いとまでは申しませんが、まあたまにある事故ですね」

 警官が答えた。

「ふうむ、轍か。馬車の車輪の幅……」

 アルウィンは考え事をしつつ、巡察を続けた。


 彼の考える限り、轍の問題を解決する手段は二通りある。

 一つは、轍が形成されないように道路を舗装すること。

 そしてもう一つは、馬車の車輪の幅を法によって統一し、全ての馬車が同じ轍を走るようにすること。基準はおそらく王都に合わせる形となる。なぜなら王都との交通を整えたほうが、商業の発展にもつながるだろうからだ。

 彼はニーナとクラークを呼んだ。

 お馴染みの腹心たちである。

「きみたちの考えでは、どちらがよいと思う?」

 言うと、クラークが返す。

「道路の舗装は大変な事業だ。まだ検地で増えた分の年貢も納まっていないうちにやるのは、予算不足を招くのではないか」

「そうだね」

「それに時間もかかる。……とはいえ、馬車の幅を法で統一するのも、既存の権益から反発を受けそうだ。まあ、その辺りはお前のことだからうまくやるのだろうけどな」

「それなんだけども」

 アルウィンはあごに手を当てる。

「車輪の幅だけでなく、その背後にある度量衡の統一も行おうと思っている」

「度量衡か……」

「幸いにも長さの単位は現行も王都基準にそろっているし、農地課税台帳上の収穫計算方法も確立しているから、検地は成功した。しかし重さと体積、容積については必ずしも一致していない。王都基準ではないというだけでなく、領内でも統一されていない」

「なるほど。それも王都基準にするつもりか?」

「ああ。商業の便宜だな」

 言うと、彼はニーナに話を振った。

「ニーナはどう思う?」

「私は生まれついての武官ですので、内政にはあまり詳しくのうございます。しかし一言だけ申し上げるなら」

 彼女はアルウィンをまっすぐ見る。

「検地と同様に、多くの利害関係者から反発を買いそうですね」

「それは、そうだな」

 彼もうなずく。

「ただ、馬車については王都基準を支持する業者の勢力もあるし、度量衡はまちまちよりそろっている方が便宜にかなう人も多いんじゃないかな」

「そういった勢力をいかに味方に取り込むかだな」

 クラークが意見を広げる。

「その辺の下準備は行政部に任せられるけど、肝心の説明会……という名前の説得は、また私が出るしかないようだね」

「わずらわしいか?」

「いや。内政のため必要なことなら、全て行うのが領主の務めだ」

 アルウィンがかぶりを振るが、ニーナがそこへ尋ねる。

「最近のアルウィンはとても頑張っている。もし休める時があれば、ゆっくり休んだ方がいいと思う。今回の話も、急を要するものではない」

「心配ありがとう。でも私はまだまだやれるよ。これでも体力には自信があるんだ」

「そう……それならいいけど……」

「まあ心配しないでくれ。私はやるべきことをやる」

 アルウィンは大きくうなずいた。


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