▼06・気迫の説得


▼06・気迫の説得


 しばらくのち、アルウィンは評定の場で再び自分の提案を説明した。

「隠し畑を含めて、畑を洗い出し、課税をする……すなわち検地が必要だと私は考えます」

 それは、農地課税台帳の全面的な改めをも意味していた。

 すぐにマクスウェルから指摘が入る。

「農民の不満が高まりますな」

 ジェーンが続ける。

「隠し畑は、聡明な領主様もお分かりかと思いますが、生活のため必要があって作られるものです。これまでお目こぼしをして、それが通用してきたのですから、いまそれを暴き立てるには反発必至ですよ」

 さらにマクスウェルが言葉を重ねる。

「年貢収入と引き換えに農民の恨みを買いますな。二択ですぞ」

 しかしアルウィンも反論の材料は持っている。

「もちろん、検地を行って年貢を取り立てるだけでは、不正をただすためとはいえ、農民たちの一揆を招きかねません。そこで」

「そこで?」

「一定の収入に達しない農民への年貢率の軽減、救貧法の強化、ついでに農具などの現物支給の形での補助を行おうと考えています」

 彼の腹案は以下の通りである。

 農民を隠し畑へと駆り立てるのは、結局のところ年貢の負担が大きいからである。一定の収穫に達しない農民は、検地によって最も割を食うことになる。

 そこで、そうした生活が不自由な貧しい農民に関しては、年貢率を、検地後の全体としての年貢が減らないように調整しつつ年貢率を軽減する。

 逆にいえば、比較的余裕がある農民に関しては、いままで通りの年貢率で、隠し畑を含めた計算で納めてもらう。

 累進課税、とまではいかないが、貧しい者からの年貢取り立ては控えめにする、というものである。

 そして。

「年貢率軽減を主軸としつつ、救貧法の拡張や農具補助を行います」

 どうしても食い扶持が足りない者に関しては、農民に限らないが、北涼政府が最低限の金銭や食糧を補助して、なんとか生活ができるめどが立つまで、救貧法によって助ける。

 また、農具を補助して、農民個々の負担を減らしつつ、農業の効率を幾分か向上させる。

 これらの補助政策も、支出が収入の増加を上回らない範囲で行う。

「なるほど」

 マクスウェルはうなずいた。

 一方、ジェーンはなおも懸念する。

「しかし、それでも農民層の反発は買うでしょうね。領主様直々に、彼らを説得して回る必要がありそうです……もちろん我々家臣も助けますが、こういった大きな改革に際しては、やはり領主様がご自身の口で説得する必要がありましょう」

 アルウィンは「そうですね」と首肯した。

「説得をしなければならないことは覚悟しています。近いうちに各農村の主要な人物を集めて説明のための催しを行います。ただ」

 彼は強い意思のこもった声で続ける。

「隠し畑は、農地課税台帳に載っていない点で、不正であり違法です。いくら慣例的に目こぼしされていたとはいえ、これを課税しない限り正義はありえません。もちろん説明の場ではここまで強くは言いませんが、そういった意識で私を補助していただけるとありがたいです」

 彼がいうと、家臣たちは「むむ」などとうなった。

 彼の念押しで意識が引き締まったようだった。


 その後、農村の代表者たちを集めて、説明会という名前の説得が始まった。

「……というわけで、手当をしつつも、隠し畑を見つけるため検地を行いたいと思っております」

 案の定、不満が噴き出す。

「わしのところには隠し畑などない。その確約だけでは不十分かね?」

「不十分です」

 彼は返す。

「やましいところがないのなら、検地も受け入れられるはずです」

「仮に隠し畑があったとしても、それは生活のために必要なものだ、なんにでも年貢の勘定に入れればいいというものではないですぞ」

「これまではそうだったのでしょう。しかしこれからは、畑は農地課税台帳に漏らさず載せるのが正しい。畑はあくまで年貢徴収の対象です」

 一歩も退かない。退けない。

「救貧法の拡張といいますがね、この法の適用を受ける者は多くはない。現実、救貧措置を受けた者はごく少数で、まともに畑を耕している人間にはほとんどおりませんぞ」

「ですからこそ、その範囲を拡大して、貧困にあえぐ者を救おうとするものです」

「農具の補助を受けたところで、どれほどの足しになるか」

「なります。農具の出費は、試算したところ馬鹿になりません。これを補助することは、間違いなく農民の負担の軽減です。そのことは貴殿らが一番よく分かっているはずでしょう」

 意地でもこの改革は通す。そうでないと年貢が足りず、クラウディアを止められなかった場合、最終的には放伐軍に負ける。

 負けて死ぬ。

 たとえ年貢と死が直接には結びつかなくても、悔いを残す結果となりうる。

 誰よりも自分が敗北しないために、彼は最善を尽くさなければならない。

「どうも領主様は業績を立てることに躍起になっておられる。最近では炊事部隊とか、兵農分離とかいうのを検討されたそうではありませぬか」

「私の業績がどうこうは関係のないところです。領地がよりよくなるために、私は日夜新しい施策を模索しております」

「その新しさについていけない人間もおるのではないかな。人間、急激な『新しさ』はなかなか受け容れがたいものですしな」

「私はそのような抽象的なことを言っているのではありません。今回はあくまで、具体的な政策の説明をしている次第です」

 やがて、一歩も退かない領主に対して、渋々ながらも受け容れる農民が現れ始める。

「まあ、領主様がそう言うなら、仕方がないのでしょうな。わしは言い合いに疲れた」

「領主様がそこまで熱意を持っておっしゃるなら、まあ、協力しないでもないな」

 やがてそれは大きな波となり、最終的に全員が同意した。

「領主様、これはあくまで渋々ですからな。歓迎には程遠い」

「年貢を搾り取ることには反対ですが、まあ、言っても止まらないのでしょうね」

 ここに、不承不承ながらも合意は取りつけられた。


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