▼05・付け届けと隠し畑


▼05・付け届けと隠し畑


 近隣で異民族との衝突があり、その救援から帰投してきたクラウディア。

 彼女はいくぶん傷のついた鎧兜を解き、私室で鼻歌を歌いながら、手紙を書いていた。

 北涼伯アルウィンとの手紙はすでに数往復している。

 彼女のみる限り、アルウィンもかなりの変わり者であった。

 ……否、それは単に領主らしからぬことをしているという意味ではない。そもそも領主は万事に通じていなければ務まらないから、何を学んでいても、そのような意味の「変わり者」にはなりえない。

 彼が「変わり者である」とは、むし彼の発想の豊富さがうかがえることについてであった。

 風聞や彼自身の話によると、彼は領内で次々と新しい政策を実施し、その推移を見守っているようだ。

 その内容を知ることは、クラウディアにとって有益であり、学ぶところの多い発想であるように感じる。

 ただ、彼女はふと感じたことがある。

 どうも内容をうかがう限り、それらの政策はどこかで彼が見知ったことの引き写しであるように感じるのだ。

 明確にどこから引き写したのかは分からない。彼女の知る範囲では、同じ政策を実施した地方領や国家はない。

 また、仮に発想の「引用元」があるとしても、アルウィンは実情に合わせてそれを変形して採用する知恵をも持ち合わせている。少なくともその点については、彼は独創性や調整力を発揮している。

 だが、どうも、「引用元」のようなものがある気がしてならない。

 それは漠然とではあるが、しかし彼女の直観でもあった。

 と、そこへ誰かが訪れた。

 扉を叩く。

「私だ、ブルックだ、お前に話がある」

 クラウディアの父、常陽伯ブルックである。

「はい、ただいま開けますわ」

 彼女が扉を開けると、中肉中背、肩書き以外はいたって普通の中年が姿を現した。

「クラウディア、急ですまないが、明日、私とともに王都へ行ってほしい」

「王都ですか」

 今日のうちに手紙を書いて送らないといけませんね。

 彼女はふと思った。

「王都でお前をバレット侯爵に顔見せさせる。礼儀をきちんと守るんだぞ」

「バレット侯爵? どのようなお話で、まさか縁談……」

 もし縁談だったら嫌だな、せっかくアルウィン殿と楽しく信書を交わしているのに。

 彼女は思ったが、しかし。

「侯爵家、それもあのバレット様の家に嫁に行けるわけがないだろう、私たちはしがない地方領の家だぞ」

 彼女はいさめられながらも、同時に安心した。

 だが、そうだとしたら。

「ではなぜ、侯爵バレット様にお目見えを?」

「付け届けだ。侯爵家にはお世話になっている。詳しくは言えないが、政敵から守ってもらっているからな」

「付け届け……政敵、ですか」

 彼女の表情が、知らず、暗くなる。

 彼女は政治を学んでいるが、こういったことはあまり好きではない。

 政争というものは、特に国内のものは百害あって一利なし、と彼女は考えている。

 国を割る原因であるし、なによりはたから見て醜い。

 ……アルウィンならどう考えるだろうか。バレット侯爵うんぬんは伏せて、意見を手紙で聞いてもいいかもしれない。話題の種である。

 そう考えると元気が幾分出てきた。彼女は努めて明るく返事する。

「承知しましたわ。ご恩には必ず報いなければなりませんものね」

「その通り。今日のうちに荷物はまとめるように。明日の朝、九の時に出発する」

「かしこまりました」

 クラウディアがうやうやしく礼をすると、彼は「よろしい。お前は変わった性格だが、これなら安心だな」と言って部屋から出て行った。


 ある日、アルウィンは領内をお忍びで巡察しているときに、藪の向こうから何かの物音を聞いた。

「なんだ?」

 彼は、向こう側の誰かに気取られぬよう、忍び足で接近する。

 草をかき分け、わずかな道をたどり、行き着いた先は。

 隠し畑。

 彼の目の前に、農民が自らの糊口をしのぐために作った畑があった。

 彼の記憶によれば、農地台帳にはここの畑の記録は載っていなかったはず。

 つまり、この畑の収穫物は、年貢として捕捉されていない。

 まさに脱税の畑であった。

 が。

 ――こういうものを作らなければならないほど、民は清貧の暮らしを強いられているのだろうな。

 そうも思うのである。

 いずれにしても、ここでワッと騒いでも解決はしない。

 彼はこの光景を目に焼き付け、足早にその場を去った。


 彼は執務室にクラークとニーナを呼び、話を振ってみた。

「隠し畑を見つけたよ。おそらく年貢の基礎に勘定されていない」

 言うと。

「つまり、領内の畑を改めて調べるかどうかってことだな?」

 一言でいうと、検地。

「そう、検地の必要性に悩んでいてね」

 歴史の上では、特に豊臣秀吉が、検地を行うことで正確に田畑を捕捉し、正しい年貢を計算したとされている。

 しかし。

「だけども、隠し畑は、それを開墾しないと農民が暮らしていけないから作るんだろう。それからも年貢を絞り取っていいのかどうか」

「むむ」

 クラークは短くうなる。

「だけど、年貢周りの不正であることは確かだろう、それを取り締まるのはなんら正義に反しているとは思えないが」

「正義、そう、年貢法による正義ではある。けど現実的に、検地は大きな反発が予想される」

 彼が息をつくと、ニーナが発言する。

「それはつまり、検地をする代わりに何か善後策を足せばよいのでは」

「むう。検地の反発を和らげるような施策を組にするわけかな」

「その通り」

 ニーナはまたもかすかに自慢げにする。

 この女子、本当に分かりやすいな、表情さえ読み取れれば。

 アルウィンは率直にそう感じた。

 とはいえ。

「なるほどなるほど。検地はタダではできないということか」

「俺もニーナに賛成だ。検地が必要なのは、まあそうだろう。問題は反発を抑えるものとして、何を同時に実行するかだな」

「そうだね。……考えの筋道はできたね。あとは腹案を練って評定で皆に意見を聞くかな」

「俺もそれがいいと思う」

 全員は合意した。

「よし、ちょっと考えてみるよ。ありがとう、持ち場に戻っていいぞ」

 二人に礼を告げ、友人らが部屋を離れると、彼は独りで考えにふけった。


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