▼04・幼馴染の絆


▼04・幼馴染の絆


 評定の後、領主の執務室を訪れる者があった。

「どうしたんだい、ニーナ、クラーク」

 アルウィンにとって、幼馴染同士でもある二人。

 いまは領主と家臣という関係ではあるが、それでも貴重な同年代の友人である。

 ニーナは乏しい表情に、しかしわずかに心配の色をにじませながら、問いかける。

「アルウィン、家督継承の儀あたりから、なんだかすごく変わった感じがする。事情があれば私たちにも話してほしい」

 クラークも同調する。

「お前、いったいどうしたんだ、以前はもっとお気楽な性格だったような気がするが」

「お気楽とはお言葉だね」

 言いつつ、同時にアルウィンは彼らの言い分も分かるような気がした。

 斯波の記憶が戻ったこと。自分が滅びの運命に乗りつつあることを知ったこと。

 この二つが、アルウィンを駆り立てるのだった。

「私は私だ」

「まあ、アルウィンはアルウィンだけども、私の直感では何かあったような気がする。その何かを、できれば私たちにも教えてほしい」

 ニーナは気づかわしげに促す。

「うぅん……信じてもらえないような気がするけど」

「いや、現に明らかな変化がある以上、俺はお前の説明を信じるよ」

 とクラーク。

「分かった。話すよ。私はどうやら、異世界の人が転生した者であるようなんだ。そしてこの世界は、あちらの世界では創作物だったらしい。どういうわけか家督継承の儀の最中に前世の記憶がよみがえった」

「……詳しく」

 彼は斯波のことや「アクアエンブレム」のこと、これからクラウディアが放伐軍を結成する見込みが強いこと、彼はそれを阻止しようとしていることなどを、包み隠さず話した。

「むむむ」

「信じられないのなら信じなくていい。ただ私の命令通りに動いてくれればそれでいい」

 もとより奇想天外な話、信じられなくて元々である。

 この話が本当であると信じられるのは、実際にクラウディアが放伐軍を組織する動きを見せてからだろう。

 だが、そこでニーナはうなずく。

「いや、私は信じる。アルウィンは明らかに儀式の前後で変わっている。嘘やでたらめを話しているとは思えない」

「俺も疑いはしない。よく話してくれた。一見とんでもない話に聞こえるけども、最近のお前の言うこととかやることには、確かに違う世界のことを知っているかのような、斬新な内容が含まれていた」

 兵糧開発や炊事部隊の新設、兵農分離のことだろう。

「ありがとう。信じてもらえてうれしい。だけども他の人には話さないでほしい。まだ普通の人間は疑ってかかるだろうからね。クラウディアが近い将来、放伐軍を起こすというだけでも、まだ誰も信じはしない」

「そうだな。少なくとも現在のクラウディアは、風聞の限りでは、家督を継ぐ見込みがないにもかかわらず戦や政治を勉強している、ちょっと変わり者なだけの令嬢でしかない。まさか王家に弓引くことになるとは誰も思っていないだろうな」

 クラークが首肯する。

「まあ俺は信じるけどな。お前、嘘をついている感じじゃないからな」

「私は……疑いはしないけど……」

 ニーナは腕を組む。

 腕に持ち上げられた豊満な胸部が強調される。

 ついアルウィンの視線が向かう。

「アルウィンの好色漢。女性は目線にすぐ気づくよ」

「すまない」

 そうはいっても、目線を吸い込まれるのは仕方がないような気がするんだが、と彼は言いたかった。

 なお、ニーナは一瞬だけ、わずかに得意げな表情をしたように見えたが、きっと気のせいだろう。

「ともかく、アルウィンと久々に剣の手合わせをしたい。剣筋を見ることで、きっと言葉以上のものが分かる」

「おいニーナ、疑っているのか、友人の言うことぐらい信じてやれよ」

 クラークがいさめようとするが。

「いや、それでいい。ニーナは疑っているわけではないだろう。私も剣術の腕は維持しないといけないからね。訓練場に行こう」

 彼はそのように応じると、机の物を片付け始めた。


 訓練場にて、お互い木剣を構える。

 アルウィンは、ゲーム開始前の記憶によれば、これまで何度もニーナと剣の手合わせをしており、そのほとんどで勝利してきた。

 今回も勝てる。……斯波としての記憶が邪魔をしない限り。

 ただ、いまの彼の、斯波としての記憶が、アルウィンとしてのゲーム開始前の記憶を疑いにかかっている。

 ここが「アクアエンブレム」の世界であるのなら、果たしてその世界は本編開始前も存在しているのか?

 世界は本編開始時から始まり、その前の記憶はそれっぽく創造主――神がどうかは分からないものが作り出した虚構なのではないか?

 彼の脳裏に疑念が浮かぶ。

 しかし、そこまでだった。

 いまは手合わせの時間。世界を疑うのは後にすべきだ。

 アルウィンは雑念を捨て、剣に再び集中する。

「用意はいいか?」

 クラークに「いい」と両者が答える。

「では……始め!」

 開始と同時に、勇敢にニーナは間合いを詰め、「はあ!」と剣を振るう。

 さすがは若手の有望株、その剣技は鋭くキレがある。

 だが、アルウィンも剣の腕には覚えがある。受け流し、反撃を仕掛ける。

「甘い!」

 これにニーナが対応し、はっしと受け止めた。

 その後しばらく撃ち合いは続き、木剣は削れ、訓練場の芝生はえぐれ、空気は激しく乱れる。

 お互いの達人といってもよいほどの技と、鍛えた体による力を乗せ、相手を食い裂かんと剣が暴れ狂う。

 均衡が崩れたのは、ニーナがわずかに剣筋をブレさせたときだった。

「くっ!」

 おそらく手首を痛めたのだろう。彼女の剣が上手くない走り方をした。

 それを受け流し、見落とさなかったアルウィンは決勝の一撃を放つ。

「そこだ!」

 その剣は首元に届き、そこを打つ直前で寸止めされた。

「勝負あった、アルウィンの勝ち!」

 クラークは高らかに宣言した。


 試合を終えたニーナは、負けた側にもかかわらず、満足げであった。

「これで言葉以上のものは見えた。確信した。アルウィンの意識の中に、別人の記憶がある」

「剣技で分かるのか」

「分かる。私も知らない、別の人の記憶が、少しだけ剣の筋を変化させていた」

「最近剣の訓練をしていないからじゃないかな?」

 彼の問いに、しかし彼女はかぶりを振る。

「それだけじゃない。別の誰かの記憶、というか思考が、剣の癖に混じっていた」

「むむ、そういうものか」

 アルウィンが思わず腕を組むと、ニーナが。

「また胸を見るの?」

「え?」

「腕を組んで、私にも腕を組ませようとしているの?」

 言葉だけだとケンカを売っているようにもみえるが、そうでもない。彼女は一瞬だけだが得意げな表情をした。

 今回は間違いない。が、なぜそのような表情をするのか、アルウィンには分からなかった。

「よく分からないけど、ごめんよ」

「いい。ふふふ」

 普段滅多に笑わないニーナが笑っている。

 可愛いが気持ち悪い。

「とにかく、私の話は信じてもらえたのかな」

「それは心配ない。剣筋で確信した」

「ほら見ろ、ニーナ、アルウィンは嘘なんかつかないんだよ」

 クラークは呆れたように諭す。

「まあ、分かってもらえてよかったよ。……他の人には内緒で頼む。めんどくさくなるか鼻で笑われるかのどちらかだろう」

「分かった」

「当然だな。分かってる」

 二人は他言無用を約束し、アルウィンは事情の理解者を得た。


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