国語 2
『バッファ』
黒板を見ていた子供たちが呆然としていると、お喋りをしていた子供たちもその異変に気付いた様子だった。
至る所で「バッファって何?」「バッファローズじゃない?」「野球?」「多分先生の好きな俳優さんとか?」「こんな名前の人いたっけ?」と知識を交換し合っている。
一通り疑問が出た所で、有希は『バッファ』の字を指でコツンと叩いた。
「バッファとは、余裕や、ゆとりを持たせることを言います。これは誰にとっても大切です。常にバッファを意識して行動することが、みんなを助けくれます。必ず覚えておくこと。いいですか?」
教室を見渡すが、誰からも賛同が得られない。戸惑った様子で、顔を見合わせているのがほとんどだった。
「よくわからなーい」
その言葉に続いて「ぼくもー」「わたしもー」と連鎖していく。
そんな声が上がるのは予想していた。
首をかしげる生徒たちに向けて、黒板にチョークを走らせていく。
『いつまでにやるか』→『どうやっておわらせるか』→『宿題以外のやらなくちゃいけないことを考えておく』
漢字にはフリガナを付けて一通り書くと、子供達へ向き直る。
「例えば、7月下旬から初めての夏休みがありますが、それには宿題も付いてきます。皆さんはいつやりますか?」
「俺は兄ちゃんみたいに、最終日にまとめてやるよ!」
あははという声が教室に上がる。
「それが正に、バッファが無いということです」
答えた生徒に指を突きつける。子供たちの声が落ち着いていく。
いいですか、と言葉を続けると、子供たちの視線が有希に集中する。
「最終日にまとめてやってもいいんです。毎日コツコツとか、自分に合わないことは避けてもいいくらい」
「え⁉いいの⁉」
驚きと困惑が混ぜ合わさる声に、有希ははっきりと頷いた。
「構いません。大人の世界はどうやって頑張ったかより、出来ているかどうかにしか目を向けませんから」
夏休みの宿題は始業式の日に提出してもらうことになるが、ほぼ100%誰かが何かしら遅れたり忘れたりするものだ。その催促をしても、いつ来るか分からない提出物を待つことになる。それなら今の内に釘を刺しておくことが、自分にとってもバッファを持たせておくことに繋がる。
完成度はどうであれ提出してくれればこっちのものだ。
そもそも教師は出来栄えまで見てられないよと思ったが、それは心の中だけに留めた。
それを聞いた子供たちの表情が、次第に悪戯っぽい笑顔に変わる。しかし中にはそれはいけないことだと考える子供もいて、懐疑的な表情を浮かべている。
その子たちに伝えるように、有希は説明を続けた。
「最終日にまとめて終わらせる人もいれば、最初の内に終わらせる人、真ん中くらいで終わればいいなと思う人もいると思う。それは自分の中で決めて大丈夫です。自分のペースで終わらせてほしいということなので、毎日少しずつやって、最終日にちょうど終わるように計画を立てることも、素晴らしいことですよ」
その言葉を聞いて、不安そうな表情が明るくなる。
今度は『どうやっておわらせるか』に手を重ねた。
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