これも大事な授業です

月峰 赤

国語 1

 宮森小学校1年2組では国語の授業が行われていた。

 担任である岡野有希は教壇に立ち、生徒たちを見渡した。

 行儀よく座る生徒達は、これから何を学ぶのか楽しみな目で有希を見ていた。


「よーし、みんな机の上にノートを出したね。それじゃあ、今から先生がひらがなを書いて行くから、みんなも自分のノートに写してみよう」


 有希の言葉に、「はーい」と元気よく返事をする生徒達に紛れ、「どっちが上手く書けるか勝負しようぜ」などといった声も混じる。

 岡野はチョークを手に取り黒板の左上からチョークを動かしていく。


『こんばんは』


 書き終えると、鉛筆を滑らせる音が聞こえてくる。時折『間違えちゃった』とか『こんにちはじゃなくて?』とか、ペンを動かしながら『こ、ん、ば、ん、は』と呟く声もある。

「書けたかなー?」

 後ろ手に組んで机の間を通り抜けていく。


 うん。上手に書けてるね。

 あ、ここはもう少し跳ねてみようか。

 そこの二人、まだ書くんだから、見せ合いっこは全部書いてからにしなさい。


 そんな言葉を掛けつつ黒板に戻り、再びチョークを持つ。

『こんばんは』の下に続けて書いていく。


『らいんおしえて』


 書き終えて振り返ると、ほとんどペンが進んでいなかった。有希が首をかしげて、「どうしたの?」と聞くと、戸惑ったような声が届いた。

「せんせー、どうして、らいんおしえてなの」

 真っ当な意見に、有希は苦笑いした。

 次いで別の方向から冷やかしが飛んでくる。


「先生、彼氏いないのー?」

 有希はニコッと笑う。

「いない」


 一部の生徒から「えー、いないのー?マジ―」とか「やばーい」という哀れみの声が飛んでくる。そんな言葉を受けて、有希は目を細めた。


「いい?この世はね、早く行動した者勝ちなの。ぼやぼやしてると、かっこいい男子とか可愛い女子は皆取られちゃうの。だから気になる人と仲良くなる為の言葉を、皆も覚えておかなくちゃいけないのよ」


 教室が一瞬静まり返る。有希の顔を見ながら、自分なりに言葉を飲み込もうとしていた。

 その時、「せんせー」と手を上げた生徒がいた。ノートの見せ合いっこを提案した空斗だった。

「おれ、スマホ持ってないよ」

 その言葉に続くように、至る所で「わたしも」「おれも」「じゃあ意味ないじゃん」といった声が上がる。教室にざわめきが起こり、真面目な子たちもそちらを見始める。

 それを押しとどめるように、有希は手を鳴らした。パンパンと甲高い音が響き、お喋りの声は徐々に小さくなる。

「今はまだ、先生の言うことが分からないかもしれません。けれどいつか皆はスマホを持つだろうし、好きな異性が出来ることもあるでしょう。そんなときに素早く行動出来るかが大事なんです」

 真剣に聞いていた女子達が「なるほどー」と声を漏らす。しかし男子たちはまだ馴染みのないことのように、頭を掻いたりヘラヘラ笑っていたりするので、有希はさらに説明を重ねた。

「例えばゲームだって、今は街にいてボスと戦っていないけど、いつか戦うボスの為に武器を買ったりするでしょう?準備しておく、ということで言うと、それと同じです。ボスに会ってから準備しようとしても、遅いよね?」

「あぁ!確かに!」

 男子から感嘆の声が上がる。そして男子も女子も関係なくお互いの意見を交わし合う姿を眺めていると、有希の脳裏に昨日の合コンが浮かび上がってきた。


 マッチングアプリは怖いからと大学時代の友人に開いてもらった合コンでは何一つまともな会話をすることが出来なかった。話しかけてもらっても曖昧な返事しか出来ず、4人の男子と話が盛り上がることは無かった。

 モテると思って頼んだ見たことのない色鮮やかなカクテルをちびちびと飲みんで終わり、その後は解散。合コン前よりもさらに傷心状態となり、一人暮らしの家でビールを飲みながら、寝落ちするまで最新作のRPGをプレイしていたのだった。


 有希は心の中で「子ども相手ならこんなに喋れるのになぁ」と溜息を吐いた。

「じゃあ、次はカタカナを書いていきましょー」

 そして子供たちが夢中で話す中、黒板に次の文章を書いていく。

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