第3話
結菜の陸上の大会で入賞した自慢から始まり、話は盛り上がった。奏太は2週間後に訪れる文化祭の実行委員をしているらしく、仕事に追われる日々を送っていると話した。部活の話よりまず先にそれが出てきたことに、僕らは迷わずツッコミを入れた。僕自身は対して報告できることはない。けれど、ただ過ぎていく当たり前の中で見つけた出来事を話す、それだけでもみんなは楽しんでくれた。
僕たちは喋るのに夢中になっていて、気がつけば空は茜色に染まりかけていた。
「もうこんな時間か」
僕は空を見上げる。あんなに黄色く輝いていた太陽も、今となっては赤い夕日になってしまった。
「あっという間だねー」
「話に夢中になると時間の流れって早いな」
そんなことを呟きながら、僕ら3人は立ち上がる。この場所で黄昏時を越えてはいけない。一生此岸に戻れなくなるから。
「じゃあ、さよならだね」
葵葉も共に立ち上がる。少し寂しそうな表情だった。気持ちは分かる。『今日』が終わって終えば、次に会えるのは来年の『今日』になるのだから。
終わりを告げる夕焼け空に、葵葉の表情に、胸が締め付けられた。それはきっと、2人も同じ。何度訪れたって、別れは辛いものだ。
僕らは来た時と同じようにイヤホンを取り出し、スマホと繋げる。元の世界に戻る儀式。
「ねぇ、みんな」
葵葉の声で、僕ら3人は手を止めた。振り返ると、目に薄らと涙を浮かべる彼女が近づいて来た。3人の手を取って、泣きながら微笑む。
「こんなこと、言っていいのか分からない。でも、もし許してくれるのなら……また、来年も来てね」
僕は目を見開いて、3人で顔を見合わせて、それから葵葉を抱きしめた。
「もちろんだよ!絶対会いに来るから」
「そんなの当たり前だろ」
「ちょっと長いけどさ、待っててよ」
交通事故で亡くなったはずの葵葉は、確かな温もりがあった。
「うん……うんっ!」
葵葉も僕らを強く抱きしめた。
カァー、と鴉の鳴き声が聞こえてくる。そろそろ限界だ。早めに戻らなくてはならない。
「じゃあ、また来年に」
「「会いに来るから」」
僕らは耳にイヤホンを突っ込み、来た時と同じファイルを開く。全ての音が僕の世界から弾き出され、目を閉じる。周りが無になっていくのを確かめながら、ゆっくり数を数えた。
そうして次に目を開けた時、僕らを迎えたのは、人工的な光で彩られた渋谷の街だった。
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