第15話 ルシウス様の仕事術
「……え?」
私は思わず聞き返してしまった。職務であることが、恐ろしい? そう思われることが、嫌?
色白なルシウス様の頬に赤みが差していく。恥ずかしそうに片手で顔を覆った。
「プリンセス・ティアナ。俺はこの命、貴女様のために捧げています。これまでも、これからも。それを証明し続けたかった。仕事として給与をもらう事は絶対にしたくない。それは俺の美学に反します。俺はただ、この身ひとつで貴女様を支えたい。それを体現したい! ……それが、俺が誰にも知られないようにコソコソと外交を続けていた理由です。これで良いですか、満足しましたか」
そう打ち明けたルシウス様は私から顔をそらした。ブロンドの髪のかかった耳が真っ赤に染まっている。
照れている。
明らかに。
これを本心と言わずして、何を本心と言うのだろう。
「では、ルシウス様はそんな事のためにコソコソと外交を続け、挙句スパイとして投獄された、そういう事ですか?」
「『そんな事』だなんて言わないでください。俺にとっては大事な問題です」
ルシウス様は合わせる顔がないとでも言いたそうに、かたくなに目をそらし続けている。そんな姿が愛らしくて、思わず笑ってしまう。
「いや、姫! 違います! こんな話をしている場合ではありません! 南国の王にご挨拶と観光を。今からならまだ間に合います。会談を成功させなくては!」
「あ、そうでしたわね! ではお姉さまに連絡をとって人員の手配を……いえ、違いますわ。ルシウス様、私は貴方に外交を頼みたいです。協力していただけませんか」
話を聞いて私は確信していた。外交を頼める相手はルシウス様しかいない。ルシウス様こそが相応しい。
けれどルシウス様は自信がなさそうに目を伏せる。
「いや、しかし俺は」
「私は貴方しかいないと思っています。行きましょう、ルシウス様」
「『行きましょう』?」
私は地下牢の出入り口まで駆けて行って、そこに立つ近衛兵にルシウス様の牢の鍵を開けるよう懇願した。が、当然聞き入れてくれるわけがない。だがそんな事、承知の上だ。
ルシウス様が私のためにずっと努力してくださっていたのなら、私もルシウス様のために出来る事をしたい。それが私の使命だ。
私は近衛兵たちの目の前で、いつぞやのお姉さまのようにドレスの裾をたくし上げた。太ももに巻き付けていたホルダーから短剣を一本抜き取り、自分の首に切っ先を向ける。
私だって、やるときはやるのです!
私を止めようとした近衛兵たちが一瞬でフリーズして、私の動向を見守っている。私はニヤリと笑った。
「お前たち! 鍵を開けなさい! さもなくば私はここで自殺します! お姉さまに言いつけようとしても自殺するわよ! 騒ぎを起こしたくなかったら、さっさとルシウス様の牢を開けなさい!」
私の怒号が地下牢にこだまする。
やればできる! 私にだってできる!
近衛兵たちはうろたえながらルシウス様の牢まで進んだ。もたつきながら牢の鍵を開け、中からルシウス様を出す。
「ティ、ティ、ティアナ姫! なんという無茶を!」
「無茶ではありませんわ。出来る事をしたまでです。さ、ルシウス様。南国の王の元へ走りますわよ! 近衛兵たち! 私たちが城の外へ出られるよう護衛しなさい! さもなくば……」
私は短剣を自らのどに突き付けた。ぷつりと音がして、私の首からわずかに血が流れだす。
「かっ、か、か、かしこまりました! 城の外へ誘導いたします! 姫様、ですから、どうか剣をお納めください!」
兵は今にも泣きそうだ。私は自分の首に短剣を押し当てたまま「早くしなさい!」と兵たちを誘導する。感じたことのない高揚感。私は今、なんでも出来そうな気さえする。
無事に城を出る。
私は短剣をまた太もものホルダーへ戻すと、ルシウス様の腕をつかんだ。
ルシウス様は牢を出てからほぼ無言である。
「ルシウス様……? どうかされました? もしかして私の事、嫌いになりました? 無茶をする女は嫌いですか?」
私は心配になって、ルシウス様へ問いかけた。ルシウス様は茫然とした表情のまま、無言で首を横に振っている。そのうち、ルシウス様はふふっと笑い出した。
「いえ、最高です、ティアナ姫。凄すぎてあっけに取られてしまいました」
ルシウス様が私を抱き寄せ、ギュッと腕に力を入れる。そしてすぐ、身体を離した。
「ではティアナ姫、南国の王の元へ急ぎましょう! まずは手土産を買って、王の宿泊先へ向かいます」
ルシウス様が私を商店へ案内する。
店主はルシウス様の顔を見るやいなや、楽しそうに談笑を始めた。これがルシウス様の人柄なのか、と私は彼らを眺めながら思う。
ルシウス様の頼みで、店の奥から高級そうな桐の箱が出てきた。中身は貴重な漆の器だと言う。とても高級なもので、本来ならば遠くの大陸でしか購入できないものだそうだ。
それでもルシウス様の頼みならばと、店主は快く販売してくれた。
ルシウス様は凄い。
それを今、私は実感している。
ルシウス様が日頃から多くの人たちと関わり、縁を繋ぎ、絆を作り上げてきたからこそ、不測の事態に対応する基盤が出来ている。
今日のルシウス様の姿はとても勇ましい。ただでさえ美しい横顔がさらに凛々しく見える。
私はそんな彼の隣を歩く事で精一杯だ。
南国の王の宿泊先へたどり着き、ルシウス様は王に到着が遅れたことを詫びた。
気難しい方だと聞いていたけれど、王はルシウス様の顔を見るなりパッと笑顔になり、「気にするな」と豪快に笑う。
そのままルシウス様と私、南国の王の一行は、丸一日ミルガルム帝国の観光をした。南国の王はこの日を楽しみにしていたと何度も口にしていたが、本当にその通りなのだろうとその態度から感じる。心から楽しんでいる。それが伝わってくる。
会談キャンセル騒動も頷けるなと、私にはそう感じた。
南国の王からすれば、この数日は不安だっただろう。いつも会いに来るルシウス様が現れず、音沙汰もない。嫌な気持ちになって当然である。
同時に、ルシウス様の偉大さも痛感した。人知れずここまでの関係を築いていたルシウス様は、やっぱり凄い。
一日遊び続け、南国の王と別れた。
明日の朝、ルシウス様は会談前にまた南国の王を迎えに行く事になる。
私とルシウス様は城に戻る……かと思いきや、私は城下町の一角でルシウス様に呼び止められた。
「ティアナ姫、今夜はこのまま、二人で過ごしませんか」
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