第13話 会談をおこなう
翌日。
王宮はてんやわんやだった。
明日予定されていた南国との会談が、急遽中止になりそうだったからだ。
「どういう事なのだ!」
お姉さまの激が執務室に飛ぶ。
「も、申し訳ございません女王陛下。先方が急遽、会談をキャンセルしたいと」
「だから! それが何故なのかと聞いているのだ!」
怒鳴りつけたところで、その理由は誰にもわからなかった。ただ南国の国王が機嫌をそこねている、という情報しか入って来ていない。
「お姉さま、これこそ延期で良いのでは……?」
無理に外交を進めようとして、更なる亀裂が入ってしまってはいけない。これは我慢の時なのではないかと私は考えた。
「今日は延期して、また程よい頃合いを見つけましょう、お姉さま」
「それは無理だ、ティアナ。今日は帝国南方の治水問題を話す予定なんだ。今日話をつけなければ雨季までに治水が間に合わない」
ミルガルム帝国の南方には大きな川が流れている。ここで治水工事をおこなうと、南国に流れる川の水量に変化をおよぼす事が想定されていた。勝手な治水工事で南国の人々を苦しめるわけにはいかない。
「だいたい、南国の王はなぜ急に機嫌を損ねたと言うのだ!」
お姉さまが頭を抱えている。たしかに帝国の勝手な治水問題なのだから、南国として受け入れがたいというのもわかるが、だからと言って話し合いの前にそっぽを向くのはおかしい。
同席していた貴族のひとりがポツリと言葉をもらす。
「南国の王は気難しい方です。どちらかと言えば、今まで会談の席についてくださっていた事の方が奇跡に近いかと。本来であれば、話し合いなど出来なくて当然です」
「なんだと?」
「仕方のない事でございます。諦めましょう、女王陛下」
他の貴族たちは何も言わなかったが、表情は明らかに「諦める」事に同意していた。無謀な事だったのだ。南国との外交なんて。みんなの顔がそう言っている。
「では、南方の民を見殺しにするというのか?」
お姉さまが貴族たちを睨みつける。委縮した貴族たちは何も答えなかった。お姉さまは大きくため息をついた。
「おいお前たち、これまでの外交はどのようにおこなっていたのだ。これまでは会談をおこなっていただろう」
会談をおこなう事が奇跡というなら、その軌跡はなぜ起きていたのだろう。
お姉さまの問いかけに貴族たちが顔を見合わせる。
「とくに、何も特別な事は……。ただ普通に招待状を送り、お招きしていたのみです」
「ふん」
それは至って普通の行動だった。相手を喜ばせる要素もなければ、機嫌を損ねる要素もない。お姉さまはイライラと指を机に打ち付け、声を張り上げた。
「現状、機嫌を損ねているのなら機嫌を取ってこい! この会談は延期できない。なにがなんでも会談をおこなうのだ! 外交の腕の立つ者を呼べ! 今すぐ!」
貴族たちは縮み上がりながら、そんな人間はどこにもいないと言わんばかりに首を横に振っている。けれど、私には思い当たるふしがあった。ひとりだけいる。外交が得意な人が。信用できないかもしれないけれど、でも、それしか方法はない。
私は意を決して口を開いた。
「お姉さま、私をルシウス様に会わせて頂けませんか」
「……は?」
お姉さまが素っ頓狂な声を上げる。
「正気か?」
無理もない。スパイに会いたいと言っているのだから。でも。
「正気です。ルシウス様は優秀なスパイであると聞きました。外交で右に出る者はいないと。ルシウス様の知恵を借りれば、この事態を解決できるかもしれません」
「……ふむ。まあ、一理ある」
「それにルシウス様は本心はどうであれ『私のためなら何でもする』と常々おっしゃっています。上手く頼めば力を貸してくれるかもしれません」
私の提案にお姉さまは納得したように数回頷いた。
でも、自分で言って自分で虚しくなる。
私はルシウス様に利用されている。
それをみんなの前で認めることが虚しくて、恥ずかしくて、悔しい。けれど帝国のためであれば、このくらいの犠牲は仕方ない。
私はルシウス様に利用されていた。
だから私も、ルシウス様を利用する。
その強い意志で乗り越えるしかない。自然とお姉さまを見る私の目にも力が入る。お姉さまは私をじゅうぶん眺め、立ち上がった。
「わかった。お前に任せよう、ティアナ。許可を与える。行ってこい」
お姉さまに託された私は感謝を述べ、牢獄へと向かった。これがミルガルム帝国を守る事に繋がるのだ。
でも本当は、ルシウス様と対峙するのが怖い。
だって、あの方はスパイなのだ。
何を言われるかわからない。
私の心がどう動くかもわからない。
でも、今度は私が彼を利用しなくては。利用された分、利用し返さなければ。
ぐちゃぐちゃな気持ちを「民を救いたい」という感情で説き伏せ、私は地下牢へ続く階段を降りて行った。
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