第11話 夢
これは夢だ。
そういった自覚があった。
夢の中の私は真っ白な世界を歩いている。
ところどころ色とりどりの花が咲いて、綺麗だ。
『プリンセス・ティアナ』
私を呼び止める声が聞こえて、私は振り向いた。
『ルシウス様』
そこにルシウス様が立っている。
ブロンドの髪がさらさらと風になびき、甘い香りが漂ってくるようだ。背筋を伸ばし姿勢よく立っている姿はいつ見ても美しい。優しく目を細めた眼差しは、とても私を騙す悪人には見えなかった。
『なぜスパイなどおこなったのですか、ルシウス様』
私はルシウス様の目の前から3メートルほど離れた位置に立ち止まり、問いかけた。ルシウス様は私に手を伸ばし、私を抱え込もうとする。私を騙して、抑え込むように。
『答えてくださいルシウス様。ルシウス様は私を騙したのですか? 私をダシに、機密情報を盗もうとしていたのですか?』
私は自分自身で自分の身体を抱え込み、ルシウス様を拒絶した。
胸にくすぶる想いが勝手に口からあふれて飛び出していく。でも、言葉にすると悲しくなる。騙すなんて、ひどい。騙したなんて、聞きたくない。だけど、知らないままではいられない。苦しむとわかっていながら聞いてしまう。
ルシウス様に目を向ける。
目の前のルシウス様は悲しそうに眉を寄せていた。泣いているみたいにびゅうびゅうと風が吹く。
『ティアナ姫。貴女は俺の太陽です』
憂いを帯びたルシウス様が言う。
『初めて出会ったその日から、俺は貴女のために生きたいと願った。それは今も変わりません。俺が行動を起こすのは、貴女のため、のみ。俺はティアナ姫、貴女だけを想い、貴女のためだけに生き、貴女だけを支えています。他の何者かのためにスパイ活動をおこなうなど、ありえません』
悲しげな表情だけど、ルシウス様の赤い瞳はいつもと同じ鋭さで力強く私を見つめている。ルシウス様はそれが本心だと言う。スパイではないと。騙してはいないと。
彼の言葉をどう捉えるかは全て私次第だ。
『ルシウス様、私は貴方の事を信じても良いのですか?』
そう尋ねてしまうのは、私がルシウス様を信じたいと思っているからだろう。
『姫が信じてくださるのなら、それほど幸せなことはありません。俺は他の誰に信じてもらえなくても、ティアナ姫、貴女様に信じてもらえればそれでいい。誓います。俺は、スパイではないと』
ルシウス様が一歩ずつ私に近づいてくる。私も一歩、二歩と彼へ近づいた。
ルシウス様の手が私に伸びる。私も彼に手を伸ばした。
『信じていただけますか、姫』
うやうやしく手を差し出すルシウス様。その手に、私は自分の手を重ねる。
『手放しにに信じる事は、できません。でも、貴方がスパイであると信じたわけでもありません。私は、真実を探します。何が本当なのか、見極めたい』
互いに触れた手から熱が伝わってくる。
私はルシウス様を正しく評価したい。だから、逃げない。
ルシウス様はいつも通り、私の指先にキスをした。
『じゅうぶんです。ありがとうございます、姫』
温かなキスが偽物だったら悲しい。だからこそ、見極めなくては。
私が、自らの手で。
柔らかな風が吹いて、ルシウス様の甘い香りが私の心に触れた。
『のちほどお会いしましょう、ルシウス様』
目を閉じる。
包み込むような風に乗って、私は夢の世界をあとにした。
包み込むような、柔らかな布団。
目を覚ました私は涙でぬれたシーツを見て、自分の心を見た気がした。私はこれだけ悲しんでいる。客観的に見た涙に勇気づけられる。
「行こう、ルシウス様の元へ」
真実を探さなくては。
私は身支度を整え、城の牢獄へ向かうことにした。
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