第7話 私のことが好きすぎる

 そしてお茶会当日。

 私は怒り心頭なお姉さまに呼び出されていた。

 無理もない。延期になったはずのお茶会が当然のように開催され、招待客が王宮に押し寄せてきたのだから。


「ティアナ! 茶会は延期と言ったじゃないか!」

「お姉さま、準備は無事に整いましたわ。延期する必要などありません」


 大広間に次々招待客が流れ込む様子を、王宮の別塔にある王族のプライベートルームから眺めている。普段着のお姉さまは窓から招待客を見下ろし、唇を噛んだ。


「最初の計画と違うだろう! あれはティアナが数か月かけて考え抜いた最高のプログラムではないか! それを急ごしらえの茶会にすり替えるなど……!」

「お姉さま、今日のお茶会は以前の計画に負けないくらい素敵なプログラムになりました。私はこのプログラムをお披露目する事がとても楽しみです」


 お姉さまが反論出来ないよう、満面の笑みで言い切ってやった。お姉さまがギリギリと唇を噛んでフイと顔をそむける。

 ごめんなさい、お姉さま。

 お姉さまが怒る理由もわかっている。

 お姉さまは私の初期プランを大事にしてくれているだけだ。


 私が一生懸命考え、企画したお茶会。その初期プランを大切に思ってくれている。

 それはとても嬉しいけれど、今となってはルシウス様と作ったこの新しいお茶会も、私にとってかけがえのないものだ。


 今日、絶対に成功させたい。


 パーティードレスに着替えてメイクをほどこした私は、苦々しく窓の外を眺めていたお姉さまの肩をたたいて、彼女の前でくるりと回って見せた。最後にとびきり可愛いポーズを取ってみせる。

 怒っていたお姉さまの口角がひくひく動く。お姉さまはたまらず笑みを浮かべた。


「ああ、もう! なんて可愛いんだティアナ! お前って奴は!」


 お姉さまが仕方なさそうにため息をつく。


「……本当に良いのかい、延期しなくて」

「はい、お姉さま。最高のお茶会にしてみせますわ!」


 お姉さまは私に弱い。私を大事に想い怒ってくれたお姉さまを説得するには、私が楽しそうにする事が一番なのである。

 私はお姉さまの手を両手で包みこんだ。そのままニコッと微笑みかける。


「ですから、お姉さまも早くお着換えください」

「はあぁ、しょうがないな。わかったよ、ティアナの可愛いドレス姿に免じて許してやる。……今日はしっかり頑張りなさい、ティアナ」

「はい!」


 その後、私とお姉さまはそろって大広間へと降りた。途中、キッチンの前でコックに指示を飛ばすルシウス様を見つけ、会釈する。


「あぁプリンセス・ティアナ! なんとお美しい!」


 私に気付いたルシウス様が感嘆の声を漏らし近づいてくる。

 ルシウス様は私を上から下まで眺め、深く息を吐いた。顔のネジが取れてしまったのかと思うくらい表情が緩んでいる。端正な顔立ちに一瞬の隙が見えて、私はドキリとした。


「ティアナ姫、今日の茶会、無事成功させましょう」

「ええ、ルシウス様。絶対に成功しますわ」


 ルシウス様の一言で心が満たされる。心強い。彼となら成功させられる。そう感じる。

 ルシウス様は私の前でひざまずき、いつものように私の手を取って口付けた。これでもう、尚更、怖いものなしだ。

 そんな私の隣で、お姉さまがわざとらしく咳払いをした。


「おいルシウス・マーシャル。貴様、この国の女帝の前で挨拶もなしか?」


 お姉さまのドスの効いた声にルシウス様はハッとして、返事をする。


「これは失礼いたしました、女王陛下。ティアナ姫があまりにもお美しかったもので、つい目を奪われておりました」

「まあ、その気持ちはわかる」

「左様でございましょう」


 お姉さまとルシウス様は意見が一致した様子で、同時に私に顔を向けた。


「?」


 私がキョトンとしていると、二人は競い合うかのように今日の私の「可愛いポイント」を語り始める。


「ティアナはこの黄色のドレスがよく似合うのだ。本当に可愛い。愛らしい。食べてしまいたい」


「ええ、まったくもってその通りでこざいます陛下。今日のティアナ姫はミルガラム帝国で一番光り輝く太陽のようでございます」


「そうだろう、そうだろう! それに見ろ、ティアナのあの唇! あれもまた食べてしまいたい!」


「ティアナ姫の澄んだ瞳も本当に美しいと感じます。目が離せない。このルシウス・マーシャル、ずっとティアナ姫の虜でございます」


「ああ、わかるぞ! 私もティアナのその愛くるしい目が大好きなのだ。あの目で見つめられると、どうにかなってしまいそうだ!」


 二人の会話が止まらない。

 私はフリーズしたまま二人を見つめている。

 ルシウス様がお姉さまの言葉に相槌を打つ。


「左様にございます。ティアナ姫を見ているだけで心が安らぎ、そして誓いたくなるのです。姫をこの命にかえてもお守りすると」


「そうだな。可愛い可愛いティアナ。私がこの世で一番ティアナを愛し、大切にする。そう誓いたくなる」


「ええ、左様でございます。この世で一番ティアナ姫を愛し、ティアナ姫に相応しいのはこのルシウス・マーシャルではありますが、本当に同感です」


「ははっ、笑わせるなルシウス。貴様の愛などたかが知れてる。この全宇宙で一番、最高に、最強にティアナを愛しているのはこの私だ!」


「何をおっしゃいますか女王陛下。全宇宙どこを探しても、このルシウス・マーシャルのティアナ姫への想いにまさるものはありません。ティアナ姫を全生物の中で一番愛しているのは、そしてティアナ姫を一番幸せに出来るのは、このルシウス・マーシャルでございます」


「馬鹿を言え。貴様ごときに何が出来る。私はティアナの唯一の肉親だぞ。この世で私だけがティアナの唯一の理解者であり味方であり愛する人なのだ!」


 だんだん雲行きが怪しくなってきた。

 心なしか二人とも青筋がたっているような気もする。


「恐れ入ります女王陛下、その理屈はまったくもって意味不明でございます。その点このルシウス・マーシャル、肉親などという条件を抜きにしても全宇宙で一番ティアナ姫を想う男にございます。肉親などという特殊な関係を必要としない、正真正銘純粋な愛をティアナ様に抱いているのです!」


「フン! 負け犬の遠吠えだな。貴様は天地がひっくり返っても肉親にはなれないのだからなあ!」


「ハハハ、何をおっしゃいます女王陛下! 陛下こそ天地がひっくり返ってもティアナ姫と結婚する事は出来ません。しかしこのルシウス・マーシャルは男。つまり結婚することも、子を成すことも可能であるのです」


「貴様! ティアナの身体目当てか!」


「はい? そんなこと言ってないでしょう! 話をすり替えないでいただきたい!」


「黙れ無礼者!」


 二人の口論が止まらない。

 私はしびれを切らし、息を大きく吸い込んだ。


「二人共いい加減にしてください!」


 大きな声を上げる私に、二人はやっと口を閉じ、同時に私に向かって小さく「はい」と返事をした。

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