第5話 信じてみても良いかもしれない

 腕を組んだお姉さまが、私たちの元へツカツカと歩み寄る。


「話は聞いた。グロサリーが届かないのなら無理する必要はない。茶会を延期する」

「え」

「折角ティアナが計画した茶会だ。万全の体制で挑みたい。なに、3週間ほど延期すればもう一度同じグロサリーを手配できるだろう。ティアナの計画を変更するくらいなら延期すれば良いのだ」


 そう……なのだろうか。簡単に延期する事は、私に対する甘やかしに感じる。そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ルシウス様が進言した。


「恐れ入ります女王陛下。100を超える招待客はこの日のために二か月も前から都合をつけています。急な延期には対応出来ません」

「それがどうした。来れない奴は欠席で良いだろう」

「それはあんまりです、陛下。ティアナ姫の企画を万全な形で開催したいお気持ちもわかりますが、なにとぞ招待客、国民へのご配慮をたまわりたく存じます。お考え直しください、陛下」


 ルシウス様は私から手を離し、姿勢を正して頭を下げた。お姉さまはそれを一瞥し鼻で笑っている。


「却下だ。茶会は延期する。ティアナ、中止の連絡を速達で送るように」

「でもお姉さま、ルシウス様のおっしゃる事も一理ありますわ」

「なに、心配はいらないさ。事情を記せば皆わかってくれる。延期で良いのだ。では、頼んだぞ」


 お姉さまが私の耳元に軽くキスをして去っていく。

 延期。

 それで良いのか、どこか納得できていない。

 わずかな沈黙を、ルシウス様が切り裂いた。


「ティアナ姫。申し訳ございません、俺に少し時間を頂けませんか」

「え?」


 ルシウス様はいつになく真剣な眼差しをしている。


「延期は好ましくありません。招待客を想えば当然の事です。それに、無茶な延期はティアナ姫の評判にも関わります。女王陛下のご判断は、失礼ですが正しくない」


 ルシウス様の発言は私の心にストンと落ちた。

 そうだ。簡単に延期なんて、前々から都合をつけてくれたお客様に失礼だ。出来る限りの事をしなくては。

 でも、脳裏に浮かぶお姉さまがそれを許さない。

 口を開けずにいると、ルシウス様の低い声が響いた。


「俺に時間をください。今日中に必要なものは全て手配します。それが出来たら、予定通り三日後、茶会を開催しましょう」


 それはとんでもない提案だ。お姉さまの言いつけを無視して、勝手にお茶会を開催する。ありえない。


「でも、そんな事をしたら」

「俺が責任を取ります。開催しましょう」


 ルシウス様の赤い瞳に信念の炎が宿る。力強く、勇ましい。

 勝手な事をしたら、どうなるだろう。

 でも。それでも。


「わかりました、ルシウス様。明日までに支度が出来たら、予定通りお茶会を開催しましょう」


 私の返答にルシウス様が目を細める。そのまま私の手を取ると、その甲に軽く口付けをした。


「感謝します、ティアナ姫。俺を信じてくれて」

「いえ、あの、ルシウス様。軽々しく口付けしないでください」

「それは無理なご相談です。愛するティアナ姫に俺の愛をきちんと伝えたいのです」

「また都合の良い事を……」


 本心じゃないくせに。

 その言葉は飲み込んだ。言ってはいけない気がした。たとえ本心ではなかったとしても、私のため、国民のために奮闘してくれるルシウス様の好意を無下にはできない。

 そうして私たちは、お茶会開催に向けて動き出した。


 とはいえ、実際に動いているのはルシウス様だけである。私は他の貴族たちに根回しする役目にすぎない。

 私はお姉さまの言った「開催延期」を伏せたまま、ルシウス様のサポートをするよう全体の指揮をとっている。


 ルシウス様は凄かった。

 普段は執務にたずさわる事のないルシウス様が、あの遊び歩いているだけのルシウス様が、次々に商店を駆け巡り、最高級の茶葉、花、その他諸々を予算の範囲内で手配していく。


「張り切っていますなあ、マーシャル公爵のご子息は」


 執務室で次々入る「手配済み」の連絡を受けながら、その場にいた貴族たちが言った。それもそのはず。ルシウス様は十数人の貴族が数週間かけておこなった業務を一人で、たった数時間でこなしているのだ。


「マーシャル公爵、なぜ今までルシウス卿を執務に就かせなかったのですか」


 貴族の一人が言って、マーシャル公爵はハハッと苦笑いした。


「いやはや、まだまだ私が現役で働きたかったのですよ。それに、息子には姫をお守りする役目がありますからね」

「役目ですか」

「ええ、勝手な役目ですがね。あれが自ら望んだ事なのです。『姫をお守りしたい』『そのために生きていきたい』と」


 マーシャル公爵の言葉が耳に届いて、私は思わず公爵に声をかけていた。


「そうなのですか? ルシウス様が? 自ら?」

「ええそうです。あれは姫が誕生してすぐのお披露目パーティーでしたでしょうか。息子は一目見た姫に心を奪われ、将来の誓いを立てたのです」

「誕生の、お披露目パーティー?」


 それは思いもよらない事だった。

 ルシウス様は私のために生きると、5,6歳の幼い時分に自ら誓ったと言うのである。公爵に指示されたわけでも、家柄ゆえに義務的に誓ったわけでもなく、ただ純粋に、私を大事にしたいと思ってくれたのだ。

 なんという事だろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る