第二章 ルシウス様の誓い

第4話 めげない男

 ルシウス様の偽物の愛に屈しない。

 そう決めた私は、ルシウス様の事をのらりくらりとやり過ごすようになった。


 ……の、だが。


「プリンセス・ティアナ! このルシウス・マーシャル、姫のために北方の大陸から取り寄せた焼き菓子をお持ち致しました」


 ルシウス様はまったくもってめげなかった。

 毎日数時間おきにルシウス様は私の元を訪れ、様々な貢物を持ってくる。

 お菓子、小物、音楽、洋服、化粧品、アクセサリー。そして、ルシウス様の愛の言葉。ありとあらゆるものが私の目の前に並ぶ。


 物で釣ろうとするのね。そんなもので私の心を動かせるとでも思っているのかしら。


 ルシウス様の行動ひとつひとつが私の心を冷めさせる。愛が無いから物で釣るんだわ。そう思ったら虚しくて、悔しくて、憎い。

 私はお姉さまの真似をして、冷静にルシウス様を見据えた。


「ごきげんよう、ルシウス様。こういった事はやめて頂きたいと、先ほども申し上げたはずです。おやめください」

「嫌です」


 ルシウス様は私の言葉など聞きやしない。「私を支える」という自分の使命さえ全う出来ればそれで良いのだろう。私の気持ちなんて、これっぽっちも考えてくれない。……それこそ、私を本心で愛していない証拠だと思う。

 はあ、と私は大きく息を吐いた。


「これ以上ルシウス様を嫌いになりたくないのです。お引き取りを」

「出来ません。俺を『嫌い』だと言うのなら、好いてもらえるまで努力するのみです。また来ます」

「来なくて良いです!」


 そうまでして「私を支える」という使命を全うしたいのか。それが使命で、運命で、仕事ですものね。……ああ、虚しい。

 ルシウス様は敬礼して私の元を去っていく。

 毎日毎日数時間おきに繰り返すこのやり取りが、ただの業務のようで悲しくなる。こんなもの、私はいらない。偽物の愛なんて、愛もどきなんて必要ない。

 私は自分の公務に集中するべく、急いで執務室へと向かった。


 王宮主催のお茶会が三日後に迫っている。発注した茶葉、花、クロスなどのグロサリーは明日王都へと到着する予定だ。明日は一日確認作業をして、セッティングの手配をして……。

 考えながらリストを眺める私に、執務室長が外から走って来ると、声を上ずらせて言った。


「恐れ入りますプリンセス・ティアナ。今、治安部隊から連絡が入り、グロサリーの手配をしていた商船が、北東の海域で行方不明になっているとのことです!」

「え。な、え?」

「昨日朝の定期連絡を最後に交信が途絶え、つながりません。嵐に巻き込まれたとの情報もあります。沈没の可能性もあるかと」

「……そんな」


 商船はミルガルム帝国で手配したものである。乗組員は五人と聞いている。


「あの、乗組員の安否はわからないのですか?」

「近隣諸国の助けを借りながら調査を進めています。ただ、あの海域での事故であれば生存は絶望的との事でした」

「……可能な限り、捜索をお願いします」

「かしこまりました」


 執務室長が慌ただしく電話をかけている。生存は、絶望的。その言葉に手が震える。


「ティアナ姫、このような時に申し訳ございません、茶会のグロサリーの調達についてもご判断を」

「あ、え、ええ。そうですわね」


 商船が遭難という事は、乗っていたはずの品物も届かない。

 そう、私は姫。こんな時でも帝国主催のお茶会は責任をもって、とどこおりなく開催しなければならない。食材、花、テーブルクロス。手に入るものを探し、無ければ代用品を探し、手配して、それから……。

 机に向かっても、文字が頭に入ってこなかった。

 何をしなければいけないのだろう。どういう手順でおこなったら良いのか、わからない。


 一緒に仕事をおこなっていた貴族たちが口々に何か発するたび、私の心臓はバクバクと鼓動を早め続けた。

 ああ、もう、何も理解できない。


「お、お姉さまに相談しなくちゃ……」


 私はなんとか立ち上がり、フラフラと執務室を退室した。お姉さまならきっと助けてくれる。すがるように皇帝の執務室を目指す。いつもの廊下が妙に長く感じた。


「プリンセス・ティアナ、落ち着いてください」


 聞きなれた声がして、私の視界が一瞬でクリアになった。廊下の途中で振り向くと、そこに居たのはルシウス様である。私を追いかけて来たみたい。その様子に私は息を飲んだ。


「ルシウス様、なぜ」

「トラブルがあったと聞いて飛んできました。大丈夫です、ティアナ姫。俺がついています」


 ルシウス様が私の身体を抱き寄せる。温かい。ふわりと香る甘い匂いに安心する。


「ティアナ姫、まずは近郊で手配可能なグロサリーをリストアップしましょう。それから利用可能なもので新しくプログラムを組みなおします。俺も手伝います。良いですね?」

「え、ええ……」


 ルシウス様の助言で不思議と心が落ち着いて、脳内が整理されてきた。

 そんな私をルシウス様が温かな眼差しで見つめている。いつもの、綺麗で優しい笑顔。胸がきゅっと締め付けられる。


「ではティアナ姫、執務室へ戻りましょう。やることは沢山あります」

「そう……ですわね」


 ルシウス様が私の腰に手を回し、私を支えてくれながら執務室へ足を向けた。

 その時。


「待ちな」


 お姉さまの鋭い声が廊下に響く。

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