第3話 本当の愛をくれるのは

「ああ、ティアナ! 私の可愛い可愛い妹! ここにいたのか!」


 部屋に向かう途中、お姉さまとばったり出くわした。お姉さまは私をギュッと抱きしめると、猫をなでるようにあちこち触れてくる。


「……どうした、ティアナ。元気がないな」

「…………」


 私がルシウス様のことで落ち込んでいるなんて言ったら、お姉さまはきっとルシウス様を刺しに行くだろう。とても正直には答えられず、黙って部屋へ戻ろうとする。と、お姉さまも一緒に私の部屋へと入ってきた。


「ティアナ。まさかあの野郎に変な事をされたわけじゃないだろうね?」


 革張りのソファーに腰かけたお姉さまが急所を突いてくる。私は向かいのソファーに座るだけ座って、なんと答えるべきか思案した。けれど何も出てこない。


「何をされた? 言ってみなさい、ティアナ」


 業を煮やしたお姉さまが私の隣に座り直し、私の肩を抱く。


「まさか体を触られたんじゃあないだろうね?」


 お姉さまの指が私の胸元に伸びて、私は飛びのいた。


「違います! 私はただ、ルシウス様が私を大切にしてくれるのは、ルシウス様の本心じゃないのかなって、ちょっと、そう思っただけです」


 私の告白にお姉さまが目を丸くする。


「なんだい、あの男はそんな事を言ったのか?」

「いいえ。でもルシウス様が私に優しくするのは、マーシャル公爵に厳しくしつけられたからだと聞いたので、それで、嫌々私に仕えてくれているのかしらと思っただけです」

「ああ、なるほどね」


 お姉さまがうんうん頷きながら、私の体をまさぐる。その動きにつられ、私の口から日頃の想いが溢れ出した。


「それに、ルシウス様が私に触れ、愛をささやき、大切にするのは、お姉さまに張り合っているからだと思うのです。お姉さまの行為を上書きして、私を愛でる役目は自分のものだと誇示している。そのためだけに私に優しくしていると感じるのです」

「はあぁ。そうかい、そうかい」


 お姉さまは何とも言えない返事と共に、私の身体を撫でまわしている。自分の頭をコツンと私の頭にぶつけ、悪魔みたいに意地悪くささやいた。


「そんな男など忘れてしまえばいいのさ、ティアナ。お前を心の底から愛しているのはこの世で私だけ。ねえ、ティアナ。私とティアナ、二人でこの国を治めていこう。私が女帝として、ティアナはその腹心として、二人だけの国を作ろう。男の事なんて忘れてしまえば良い。それで良いじゃないか」


 お姉さまの誘惑は魅力的なようで、そうでもなく、なんとも言い難い提案だった。小悪魔みたいなお姉さまの笑みの向こうに悲哀が見える。それもまたお姉さまの運命によるものだろう。

 10代前半で両親を亡くし、女帝として国を治め始めたお姉さま。お姉さまは私にとって姉であり、この国の長でもあり、親でもある。自らの人生を犠牲にしてきたお姉さま。自我を抑えつけられ、私を愛でる事しか許されなくなってしまったお姉さま。


 私はお姉さまに向き直り、彼女を両手で優しく包み込んだ。


「ええ、そうですわよね。二人きりの肉親ですもの。協力していきましょう、お姉さま」


 私を本当に愛してくれるのはお姉さまだけ。だったら私もお姉さまだけを愛していこう。それがこの国のためでもあるのだから。それで良い。それが良い。


 私はルシウス様の偽物の愛になんか屈しない。

 私とお姉さまは互いにエネルギーをチャージするように抱きしめ合った。

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