第50話 勇者追放

「ところで、なんで魔王が直接来たんだ?」

「魔族の殆どは見た目が人間とかけ離れているので、使者には不向きなのだ。大体戦いになって勝ったか負けたかを報告してくる」

「隣の男は一応人間の姿だが」

「わざわざ人の姿をする連中は、そのぅ、少しだけ頭が…。私に合わせているだけと公言する者もいてこわいし…」

 魔王も苦労してるんやなぁ。アイドル売りしてるんだろうか?それとも魔族的にど真ん中ストレートなんだろうか?個人的にはガキには一切興味を持てない、成人してから出直して来いとしか。


「まぁとにかくこれからよろしくな。魔族の国ってのは遠いのか?」

「ここから西の山をいくつか超えた山間にある。隠れ住んでいるだけで距離は近いんだ。だが不便な土地でな、みな人間の土地を欲しがっている」

「ほーん。こっちは人手不足で土地が余っているからな。兵士も役人も技術者も全部足りないんだ、希望者は受け入れるぞ。細かい事は宰相と話してくれ」

「わかった、ありがとう。交易もさせてもらいたい」

「それらも宰相と話し合ってくれ。俺等はちょっと勇者の所に行かなきゃならんのだ」


「え!?勇者のところって、もしかしてお友達なのか!?」

「いや、ちょっとしばきに行くだけだけど」

「ちょっとしばく!?」

 過剰反応が面白いが、実は俺が勇者と仲良しで魔王殺すつもりでしたとか考えるのかもな。まぁ分からんでもない、さっき会ったばかりだし。

「お前も来い。うちの国が魔王とくっついたアピールにもなるしな」

「えぇ!?」

「フレア、近くだし咥えていこう」

『分かった―!バクー!』

「いやあああぁぁぁぁぁ!」

『不憫なのです。気をしっかり持って早く目を覚ますのです』

「いくぞ」




 勇者の所へ空の旅、実は10分程度で着いてしまうご近所だ。

 空から山々を越えるだけなんだが、今日はその山々に沢山の人間を見かけた。恐らく俺の国へ向かっているんだろう。

 魔国と呼ばれているのを知らないのか、それとも知った上で逃げる程の状態なのか。無力な人間共の為にも勇者には退いてもらうしか無い。

「フレア、また城の庭に直接降りてくれ。今日はアリーが来ても竜のままでいるんだぞ」

『わふぁっふぁー』

「やめて!喋らないで!落ちちゃう!落ちちゃうからぁ!」

「素直に乗ってりゃよかったのにな」

『本当にデリカシーが無いのです』



 ドズゥン!

 着地。ほんとにご近所だ、もっと仲よくしてもいいのでは?

「ドラゴンだ!また魔国のやつだ!」

 などと大騒ぎしているので、ぼーっとしてりゃ勇者くんが来るだろう。

「竜に咥えられて空を飛ぶなんて、初めての経験だ……」

「そうなのか。よかったな、俺は一度もないぞ。お前しか持っていないものだな」


「………そもそも咥えるなんて事が出来たのが驚きだ。今まで誰も私に攻撃できる物はいなかった」

「あぁん?知らないのか?そりゃ魔王に与えられた加護だ。勇者も同じ物を持ってるからな、勇者とその仲間の攻撃はそのまま通るぞ」

「加護?初めて聞く、ではその竜は?」

「竜も精霊も俺も無効だから、俺達の誰かが殴ればお前はすぐ死ぬ」

「………怖くなってきた。うぅ、私はなんでこんな所に。う、うぅ、魔族の皆は優しかった…」

 魔王も勇者とは違う方向にイカれてんなぁ。面倒だから放っておこう。



 兵士たちが幾重にも取り巻く中、やっと知り合いがやってきた。

「アレキサンダー!フレア!また来たのね!あんた達状況わかってんの!?」

『あ、アリー!こんにちは!』

「お前こそ、こんな所にいて分かってんのか?勇者には退いてもらう、聞き分けないなら殺す」

「あなたね!勇者には魔王と戦う使命があるのよ!彼はちょっとアレだけど、それだけはちゃんとやるつもりよ!」


「それならもう解決した。我が国は魔王と魔族を受け入れ、平和統一したんだ。もう戦う必要はない」

「え?それじゃまるっきり新魔王じゃない?」

「それで何が悪い?戦わなければいいだろう?俺は喧嘩はやるが戦争は嫌いだ。魔族にも我が国民にも従わせる。我が国は戦争をしない国だ」


「え?え?え?それなら…いいのかな? で、でも!なんで勇者を!?」

「お前ここで何やってんの?この国は難民で溢れかえっていて俺の所まで山越えしてきているぞ。そもそも混乱の元となった水の街から水が失われたのも、勇者が水の剣を盗んだからだ」


「水の剣というのは前回あなたが奪った剣ですね?」

「エリナか。そうだ、そしてお前がちんたら歩いて来たという事は」

「居合・黄龍剣!!」

 俺に察知される事無く、突然背後に現れた勇者がスキルを発動する。チラリと見た顔は勝利の確信と被虐心で醜く歪んでいた。

 勇者の必殺の一撃を軽く跳んで回避する。空を切った剣先からは剣閃が飛んで城の一部を切り裂いた。


「な、なんで!?」

「大したスキルだ、お前にそんな攻撃能力があったとはな。だが遅い、それにスキル頼りの攻撃は変化が乏しく回避しやすい。お前がスキルを使わずに今の攻撃を放てるのなら、俺の動きにも対応できたはずだ」

「クソ!知った風な事を言うな!何をしに来た!」

「俺の所にお前の部下の鬼共が来てな。殺してはいないが無駄な戦いを強いられた。国も荒れて今は難民だらけだ。知っているか?お前が捕らえた連中も片っ端から前の王に処刑されている。この国はもう終わりだ、お前はどこかへでも失せろ」


「は?嘘を言うな!俺の命令で各国から兵士が集まっている!魔王から守ってやってるんだ!」

「それで金がかかってるんだろ。いやいい、問答する気はない。失せろ、この国は我が国が吸収する。駄々をこねるなら殺す」

「お、お前!ま、魔王はどうするつもりだ!?魔王と戦えるのは勇者だけだ!いくら強くても関係無い!そう決まっている!」


「なんだ、お前は知っているのか。勇者を殺せるのも魔王だけだろ?だが俺はお前を攻撃できる、当然魔王も攻撃できる。お前の役目は終わりだ。ほら受けてみろ、剛掌波」

 勇者に向かって魔力を乗せた拳を振る、ただそれだけで衝撃波を受けた勇者が空を舞った。

「ゲボォ!………くそっ!なんだよこれ、なんでこんなやつがいるんだ…!おかしいだろ!なんで!」

「大体魔王はもう我が国に引き入れた。これからは魔族も人族も関係なく戦争はさせない。ほら、こいつがお前の殺したがっていた魔王だ。まだ殺したいか?」


 肩を掴んで魔王を引き寄せる。こんな貧相なガキを必死になって殺したいのか?お前はそこまで下衆なのか?もうやめて引き下がれ。お前は世界に特別愛されて生まれてきたんだろ、殺したくはない。

「ニウェ!魔王ニウェ!なんで!?なんで!なんでニウェが!」

「お前ニウェって言うのか」

「人間に名乗った事は無いんだが?」


「こいつは我が国で共に暮らす。分かっただろう、お前に役割など無い。対魔王の軍勢など必要ない。失せろ」

「なんで!なんでこうなるんだ!?俺はみんなを守るために!ニウェを守るためにずっと努力してきたのに!なんでだ!なんでだよ!!」


「知らん、失せろ。さもなくば殺す」

「お前なんなんだよ!お前なんて知らない!俺の邪魔ばかりしやがって!お前がいなければ全て上手く行ったんだ!」

「俺はアレキサンダー、偉大な王だ。お前の事情など知らん。どこへなり失せろ」

「お前がぁぁ!お前が死ねば元通りだ!」

 錯乱した勇者が切りかかってくる。哀れだ、身体能力は一般人の中では屈指だろうに、がむしゃらに剣を棒切れの様に振ってくる。俺なんかよりずっと素質に恵まれていただろうに。

「飛水断ち」

 これ以上付き合う気はない。腰の直剣を抜いて水平に振り抜いた。


 ザンッ!

 抵抗も無く振り抜かれた直剣。ぼとりと勇者の腕が落ちた。

「あ、あああああ!痛い!痛いぃぃ!俺の腕が!」

「観念しろ、ここまでだ」

 苦しませる気はない。


「待ってください!あなたがどう言おうと彼は勇者です!殺してはいけません」

 エリナが叫ぶ。知らん、お前も俺の敵になりたいのか。


「待って待って待って!隠居させるから!ちゃんと勉強させて更生させるから!殺さないで!」

 アリーも止める。俺は何度も警告した、これ以上付き合う気はない。


「なんで、なんで、おかしいだろ、俺はずっと頑張ってきたのに、なんでこんなやつが、俺がみんなを守って平和になるはずなのに、なんで」

 これ以上見ていたくない。さらばだ勇者。


「待って!殺さないで!」

 直剣を振り上げた時、怖気づいて声も出ない兵士の間から一人の少女が飛び出してきた。

 桃色の髪の間から突き出した角。鬼族の少女だ。

「お願いします!お願いします!勇者様を殺さないで!お願いします!」

 ガタガタと震えながら助命を乞う少女。涙と鼻水を垂れ流し、地面を濡らしながら懇願する哀れな姿。変わんねぇな、こいつに頼まれたら今回限りは仕方ない。



「失せろ。二度と顔を、いや、文句があるなら俺を直接殺しに来い。いくらでも相手をしてやる。たっぷり鍛えるんだな」

「あ、ありがとうございます!」

 剣を収めると数人の鬼族が走り寄って勇者を運んで行った。少女も寄り添っている。こちらでは鬼族が側近扱いになっているのか?


「はぁ、まぁギリギリ助かったわ。あなたあぁいう娘が趣味なのね」

「幼女趣味でしょうか?歳は変わりませんが印象が違いますからね」

「知らん。お前らも失せろ、この国はこのまま我が国の物とする」

「……運営できるの?」

「魔族がノウハウを持っていることを祈れ。この地を再興するのは臣下の望みだからな、絶対に再興する必要がある」

「そう、それならまぁ、やってみればいいんじゃない?」

「戦争しないなら我が国には手を出さないでくださいね」


「あぁ。いや待て、お前らが俺に望むことを教えろ。そのうちやってやるからお得だぞ」

「………言いたくありません」

「同じく」

「ちっ!じゃあもうさっさと行け!一緒にとっ捕まえるぞ!」




 アリー達が去った後、国王だった勇者を降ろして俺が国王になると宣言した。

 正当性など欠片も無く、反対することは簡単だっただろう。それでも兵士たちは受け入れた。貴族や兵士達の処遇は一旦そのまま。ただし国の中枢は俺達が支配する。

 困窮した民は新たな王を受け入れ、地方の支配者達も安堵を約束した事で概ね受け入れた。反する者はそのまま放置だ、無理やり全てを組み込むことも無い。反逆すれば直ちに処分すれば済むと言えるだけの力の差がある。


 アリーとエリナは軍を引き連れて国へ帰った。

 鬼族の姫は勇者と共にどこかへ消えた。恐らくアリーかエリナにくっついているとは思うんだがな。



 そうして母者達みんなを一旦呼び寄せたわけだが。



「全く金が無いのじゃ。まずは民に食わせる為に大量の魔石を使って食料を促成する必要がある」

「あの、水の街が壊滅っていうか平らになっているって報告が来たんですけど。平らにって凄いですよね、そんなの出来る人は一人しか知らないです」

「不便な城ねぇ、あちらの方がずっと使いやすかったわ。改築したいけどお金がもう無いの」




 国王の仕事?ダンジョンで肉体労働だ!

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