第49話 魔国と魔王
勇者が我が国を敵国認定したという話は大陸中を駆け巡った。
ほとんど知られていない新興国という事もあり、魔王が現れたのだともっぱらの噂だとか。
「あん?うちが勇者に敵対する国だって?そりゃその通りだな」
「そうですか。それでは残念ですが、今後我々は取引出来ません」
行商の一行が去っていく。もう何組目か。俺が思っていた以上にこの世界での勇者というのは特別な存在らしい。周辺国は勇者に従い、俺の国を討伐するつもりとの事だ。
「ところで魔国ってなんなんだろうな?」
「我が国の名称らしいです。王様が決めてくれないので」
「じゃあ魔国でいいや。本当に攻めてくる国はあるのか」
「わかりません。我が国には諜報も伝達も整備されていませんので。ただ、勇者様の覚えをよくしようとして既に動いていても不思議は無いですね」
うん知ってた。勢いで国を名乗っているが、俺は王には成りたかったが国を率いたかったわけじゃない。意味がわからないかもしれないが、ただTOPとしての王でありたかっただけなんだ。運営は母者とリリスに丸投げしているが流石に厳しいだろう。
「ふーむ困ったな。俺が国を周って皆殺しにするのは簡単だが、無駄な殺しはしたくない。勇者を単独で絞めたら静かになるかな?」
「勇者を殺せば完全に魔王として扱われますよ。痛めつけて反抗の意思を奪えば可能かもしれません」
「それが一番手っ取り早いか」
今度こそ俺の手で勇者を屈服させて事態を収拾しよう。
「待ちなさい、そんな場合じゃないわよ」
「アマンダか、お前ちゃんと報告に来いよ」
「色々あるのよ、それより赤鬼の一団がこっちに向かってるの」
「あちゃー、あいつら功を焦ったか。」
あいつら立場が苦しいから勇者に縋ってたんだもんな。チャンスがあれば飛びつくか。
ルバンカもいるんだろうか?殺しはしたくないが、殺しに来ているんだ。甘い対応をするつもりはない。
「どうしますか?」
「うちには兵隊は居ないんだ。俺が出る」
フレアとケトは置いていく事にした。
「王にお目にかかれて光栄です。こちらから敵の姿を確認できます」
「うむ」
俺は再び変装していた。身長2.3メートル、禍々しい鎧と巨大な剣を背負う大男だ。
案内をしているのは元難民の男。俺の知らない間に村には人が流入し続け、既に町レベルの人口となっている。
殆どは南の国の苛烈な税から逃げ出した農民。この地域が元々所属していたトーリアの民もそこそこいる。中には元兵士・商人・技術者等も含まれており、なんとか国として最低限の面目が立ちつつある。
我が国に逃げ込んだものは3年無税という事もあり、ちゃんと国民として登録してくれるし逃げ出した民が集まる救世の国だ。ただし仕事は殆ど無い、金を稼ぐのは王。避難所みたいなもんだな。
「あれか。うん?戦士が500前後と、後ろについているのは戦闘員じゃないな」
「占領して駐留するつもりでは無いかと」
山の上からこちらに向かってくる鬼共を確認した。ここは東以外を山で囲まれた地域だ。北南西から来る場合は必然沢山の山を超えてくる事になる。
明らかに疲弊した攻め手、有利な位置から相手を窺える守り手。余程の馬鹿なのか、馬鹿な無茶を通すほどの状態か。
「駐留つっても子供もいるぞ。ありゃ居住地を捨ててきたな」
これは脅した程度じゃ引かないかもな。
「散られると面倒だな。俺1人で行くから治療と受入れの準備をしておけ」
「1人で!?無茶です!」
「いいから黙ってみていろ」
先回りした位置に立ち、剣を地面に刺して鬼どもが来るのを待った。心構えをさせてやる温情だ。
鬼の隊列は俺を見つけて止まった。斥候すらいないのは減点だな。
「お前!魔国の者か!」
「勿論そうだ。お前らがこの先に押し通るなら皆殺しにする。弁解があるなら言え」
「俺達は人間の勇者の言葉に従ってここに来た!邪魔をするなら殺す!」
「ふむ。よく考えてみろ、ここは新しい国だ。お前たちはここで平和に暮らす事も出来る、兵士として雇ってもいい。何も勇者の下僕として生きることも無いだろう」
「馬鹿め!我ら赤鬼族は勇者と共に在る!勇者に歯向かうものは許さん!」
「……そうか、残念だ」
本当に残念だ。俺にはこいつらを攻撃する理由はあっても攻撃したい理由は無い。
「あぁそうだ、姫のルバンカはどうしているんだ。あいつも賛成しているのか?」
「なに?お前はあいつの知り合いか?あいつなら姫巫女様に逆らった罪で殺してやったわ!」
「……そうか」
これで光の玉は揃わなくなったか。いや、こんな場での言い合いを信じる必要は無いな。てか凄く嘘っぽい、ルバンカはこいつよりかなり強かったぞ。ただまぁ、里を想っていたあいつは引き離され虐げられているという事だ。
「俺の名はアレキサンダー。この国の偉大な王だ」
「嘘をつけ!アレキサンダーは子供だ!殺せ!」
鬼族の戦士たちが咆哮を上げて襲ってくる。たかだかLv100も行かない普通のやつら。遅い、不様、訓練しているのか?
「
魔力を励起し、地に手をついて地面ギリギリを平行に蹴る。鋭い蹴足から魔力が迸り、鋭いナイフとなって鬼共の足首から下を斬り飛ばした。
「ぎゃぁぁぁぁ!!足!足が!!」
「全員武器を捨てろ。嫌な奴はこのまま殺してやる。隠し持っていたら後ろの連中も殺す」
武装解除させた後、治療できる所まで引きずって運んだ。足首を失ったのは戦士の8割ほど、残りは無傷で投降した。非戦闘員も無事だ。鬼共の生命力なら死にはしないだろう。
嫌な仕事をしてしまった。憎くも無い相手に仕方なく攻撃した。大怪我を負った連中を保護するのも大きな負担だ。怪我をしていない奴らも見張らなきゃならない。
だが殺すのは嫌だった、脅して引き返すとも思えなかった。これからまだこんな事が続くんだろうか?
「勇者をやるしかないか」
早く勇者を屈服させよう。喧嘩はいくらでも相手になってやる。だが戦争は違うだろう。分からないならあいつの首1つで終わらせる。
「怪我人が多すぎるのじゃ!こんなもんどうしろってんだあのクソガキャア!」
「オババ、調子が戻ってるぞ」
「うるせぇクソガキ!加減てもんを知らねぇのか!」
「オババもクソガキになってるから安心しろ」
オババ…じゃなくてベルがどったんばったん大騒ぎして治療している。スマンな、俺には何もできん。
「ケト、フレア、勇者の所に行くぞ。こんな事は止めさせる」
『いこー!』
『わかったのです。でも治療だけしていくのです。ゲェッコゲッコ!ゲコゲッコー!ゲコー!』
それ詠唱なの?ケトの鳴き声に合わせて静かな雨が降りだし、怪我人達のうめき声が止んだ。
「おぉー、流石大精霊だな」
『しっかり力を取り戻したのです!母が力を取り戻したら完全に治せると思うのです!』
「そうか、まぁそれまでは今の状態で出来る仕事をさせるしかないな」
『早く行こうよ―』
「よし、行くか」
さっさとケリをつけようとフレアの背に乗ったんだが。
「待って待って、またお客よ。今度は大物」
「またお前か、今度は何だ」
「魔王よ、本物の魔王。あなたに会いたいんですって」
「はぁ?」
魔王が会いに来る?クッソ胡散臭いな。いや本物だとしても知ったことではないが。
勇者の敵とか魔国とか言われてるから立場を奪われて怒ってるのか?
「見たらびっくりするわよ」
「顔が頭と腹に付いてたりするのか」
「なにそれ、化け物じゃない」
「魔王だろ」
今更どんな魔王でも構わん。ダンジョンではこの惑星に寄生して食い尽くすつもりのエイリアン(見た目判断)とも戦ったんだ。
面会はその辺の道端だ。俺は忙しいんだよ、自称魔王相手に時間を使えるか。
魔王が待っていると言う場所に向かうと、ド派手な赤い燕尾服にシルクハットと白マントいうイカれた男がいた。こいつか。
「俺が国王のアレキサンダーだ。お前が魔王だな、イカれた恰好なのですぐに分かったぞ。要件を言え」
『魔王様は私ではない。無礼者め、部屋も用意せずこの様な対応を受けるとは』
「黙れ。私が魔王だ。アレキサンダー王、よろしく頼む」
「はぁ?」
魔王を名乗る少女。10歳くらいか?勇者と同時に生まれたとするなら不思議は無いか、そういや勇者も弱っちいクソガキだったな。
「まぁいいや、お前を魔王と信じてやる。それでなんのようだ」
『キサマッ!』
「構わん。この国は勇者と対立しているんだろう?我らで手を組まないか。勿論勇者を倒すまでの話だ」
「いらん、帰れ」
『いい加減にシロ!無礼者メッ!』
イカれた男が爪を伸ばして突いてくる。これが魔族の攻撃か。
「アレキサンダー流・燕旋擺柳」
突いてくる腕を取り、そのまま肘を決めて相手がつんのめった所で足を払う。半回転して倒れた男の首に貫手を寸止してやった。
「くだらん争いはやりたくなくてな。ここで二人共殺して終わらせてもいいぞ」
話が大きくなるくらいならここで殺った方がマシだ。
「すまない、失礼した。許してほしい」
「ちっ!王を名乗るなら気軽に謝るな」
「そうか、そうだな。私は、王には相応しくない。自分でもわかっているんだ」
『魔王様っ!』
ん~?なんでこんな場でいきなりヘラってんの?やはりヤバい奴だな。いや、これは使えるのでは?俺の話術で上手く利用できちゃうのでは?
「魔王よ、確かにお前はクソ雑魚だ。その貧弱な体、貧弱な精神。お前のどこを見ても王の資質は無い。ただの小娘に過ぎない」
「そう…か。う、うぅ、私も、ずっとそう思って」
『魔王様ァァァ!!そのような事はありまセェェン!私は!我々は!魔王様のコトガァァァ!オオオオオ!ラブリー魔王様ァァァ!!』
なんだこいつ、やっぱやべぇな。
「だが魔王よ、そこの男を見てみろ。貧弱で貧相で見どころの欠片も無いお前を王と認めているじゃないか。お前の価値はそこにある、お前は1人ではどうしようもない貧弱で貧相で無価値だが、お前にはお前を慕う国民がいる。お前の価値は王としての価値なのだ」
「王としての…」
『魔王様はラブリィィ!!L!O!V!E!ラブリィィまおゴボォォ!』
邪魔なので腹にぶち込んでおいた。
「俺を見ろ。俺は強い、強靭な精神も持っている。だが国に対して何も出来ていない、国民も俺を信頼していない。俺とお前は真逆なんだ。俺の持っていない物をお前は持っていて、お前の持っていない物を俺は持っている」
「あなたに無いものを私が?」
『狂人な精神なんて無い方がいいのです』
「ぼくは信頼してるのに!」
(うるせぇ邪魔するとお前らもぶん殴るぞ!)
「魔王よ、俺達は鏡の表と裏だ。お互いに欠けている物をピッタリ補い合える。お前には俺が必要で、俺にはお前が必要なんだ。俺の物になれ、共に歩んでいこう」
「え!?」
「共に勇者を打ち倒し、平和な国を築くんだ。魔族も人間も関係無い、それを俺達が証明するんだ」
「は、はい・・・!」
ちょっろ。こんなんでいいのかよ。ストレス溜まってたんだろうなぁ、頭撫でるだけでも行けたんじゃないか?
思わぬ所で国力が手に入った。我が国はまだ国としての体裁が整っていないからな。この際魔族でも何でもいいわ、暴れたらブチのめすのみ。
こうして我が魔国は魔王とその国を丸ごと併呑し、立派な国となる。予定。
先に勇者やってこないなとな。
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