第38話 人類最強の選ばれし勇者
勇者を探してぶ~らぶら、北へ北へと進み最初の国へ、もっと南だと魔法の国へ、西だと聞いて水で揉めてた町へ、壊滅して魔物がチョロチョロしてたので町ごと平らにしてふらふらと。そして聞きかじる勇者のお話。難民と一緒に反抗的な国民を片っ端から捕まえて処刑してるんだとか。イカレてるねぇ。
自ら兵を率いてスキルをぶっ放して回ってるらしい。かなり好戦的でその点は好感が持てる。
「勇者が頼りないってウソじゃん、バチクソ好戦的なイカレ野郎じゃねぇか」
『勇者には加護があるのです。それなのに一般人にスキルを使うなんてイカレてるのです』
ケトもいい感じに言葉遣いが悪くなったな。カエルの着包みを着た様な小さなマスコット精霊からイカレてる宣言される勇者か。
勇者が国を巡ってるってんならいい機会だ。少し拝ませてもらおうって事で、まだ勇者が来ていないという揉めまくっている地域に向かった。
この国はアルニア王国と言うらしい。東西に長く、俺の故郷にも近い。その西の方、まだまだ荒れている地域に来たんだが。
「おい!食料出せよ!俺の仲間が黙ってないぞ!」
「勇者が来るなんて思うなよ!こんなところにはこないぞ!」
などと微妙にしょぼい脅しをかけている食い詰め盗賊みたいな連中がいた。
見てて恥ずかしくなるので止めて欲しい、ダンジョンの街だったら一般人でも後ろから殴って殺しそうな賊たちだ。戦いを知らない村人相手にイキる姿は見ていられない。
「おい」
「ん?なんだチビ!どこからき…」
「ジャスティス尻叩き!」
ズパァン!!
「あんぎゃぁぁぁぁぁ!!」
ジャスティス尻叩き、それは正義の心で行う愛の一撃!猛烈な痛みと感覚麻痺による大惨事に見舞われるが、引き換えに反省と正義を知る事ができるのだ!たぶん。
「なんだ!どうした!」
「ジャスティス尻叩き!ジャスティス尻叩き!ジャスティス尻叩き!」
「んがああああああ!」
「いでぇぇぇぇぇぇ!」
「あばああああああ!」
「馬鹿どもめ、正義の心を知れ」
成敗!
「ありがとう、わしはこの村の村長だ。おまえさん小さいのにたいしもんだ。本当に助かったよ」
「礼はいらん。俺は勇者の様子を窺いたくてな、勇者が国を巡っていると聞いてこの村に来ただけなんだ。勇者が来るまでは賊が退治されたことは黙っていてくれ。勇者の姿だけ見たら俺は去る」
「それまであいつらは?」
「開墾かキツイ作業でもさせとけ、反抗したらもっと深く後悔させる。どうせ勇者が来るまでに反省の色がなけりゃ全員勇者に処刑されるだけだ」
「勇者ってのはそんなにきついのかい?」
「さあな、反抗するやつは片っ端から捕まえて処刑してるって話だが」
「おっかねぇな、お前さんが来てくれてアイツラはツイてたんだな。ちゃんと言っておくよ」
「あぁ。だが賊に落ちた奴らだ、線引はしておけ」
「わかった」
盗賊共の様子を見るに、俺にしばかれた後に武器を取り上げられて村人にボコボコにされた事でしっかり恐怖が刻まれたようだ。
精々脅して食料を奪って居座る程度だったらしく、村人の怒りもその程度で納まった。放って置くとエスカレートしてたと思うけどな。
その日から俺も村に居座った。狩りのお裾分けをするので村人は大喜びだ。
昼間には盗賊共の様子を見ている。尻から大惨事大戦の後は文句も言わずに働くようになった。次は前が大惨事になる予定だったんだがなぁ、惜しい。
村人との間にも最初は大きなわだかまりがあったが、悲痛な顔で文句も言わずに働く姿を見て村人にも変化が見られた。俺が食料を補給している事もあり、余裕が出来た村人達は盗賊たちを村の一員として認めたようだ。線引しろっつったのに。
「平和だなぁ」
『平和がいいのです』
「悪人も善人も紙一重か」
『人間なんてその程度なのです』
「お~上位種のお言葉か」
『ふふん!』
「お~い!アレキサンダーさん!勇者様が来たぞ~!」
やっとか、随分トロくさいな。隠れて様子を見させてもらおうかな。
勇者御一行の多くは村の入口で待機しており、勇者たちは既に村に入って村長の所にいったらしい。
先にお供の方を観察したが、なんだか嫌な目つきをした奴らだ。やっぱり正面からのお付き合いはご遠慮しておこう。次は勇者本人だ。
「放っておけだって?何の為に俺がこんな事をしていると思ってるんだ!」
「ですがこの村はもう大丈夫なんです。来てもらったのはありがたいが、ここにはもう賊はおらんのです」
揉めてるな、あれが勇者か。数年前に鬼の姫ちゃんの予言で聞いた通り、俺と同じくらいの歳に見える。でもなんか思ってたよりしょっぱい感じがひしひしと来るんだが?
『母の気配がするのです!僅かだけど間違いないのです!あの男から気配がするのです!』
「ほぉぉ。分かったから落ち着け、後で話を付けるから」
こいつの母って事はつまり水の剣の所在だ。あの滅びた街に有ったという水源として酷使された水の精霊王。それを勇者が持ってるってことは、勇者がこの騒動の大元じゃねぇか。見誤ったかな、こいつは大した悪党かもしれん。
「賊を庇うって事はお前も賊の仲間だな!こいつを捕まえろ」
「そうじゃない、みんな反省したからもういいんだ!」
「うるさい!こいつを痛めつけて仲間を捕まえておけ!」
よくないな。仕方ない間に入るか。
「お…」
「待ってくれ!賊は俺だ!俺はリヴェールから来た!調べれば分かる!」
「なんだ、いるじゃないか。おい、こいつも捕まえろ。もっと仲間がいるはずだ」
「村長は反省した俺達を受け入れてくれただけだ!離してやってくれ!」
声をかけようとしたが元盗賊が名乗り出て村長を庇っている。ちゃんと反省したんだな、やはり俺のジャスティスはちゃんと効果があると証明された瞬間である。
賊が続々と名乗り出て捕らえられていく。感動的なシーンだが、あいつら連れて行かれて処刑されるんだろ?折角俺のジャスティスで改心したのにそりゃ無いぜ。
勇者に恨みは無いし、悪いことをした責任を取らされるのは仕方ない。だが俺の行為を無駄にするのは許さねぇ。
ちょいと勇者くんにお仕置きをしなきゃな。精霊王についても聞かねば。
そうして軽く小突いてやろうと思った瞬間だった。
「!!」
体に力が入らない!竜たちと戦った時の比じゃない、まるっきり体から力が抜けてしまってその場に倒れ込んだ。
『アレキサンダー!?急にどうしたのです!?』
(静かにしろ、隠れているんだ)
この感覚は知っている。初めてフレアと戦った時には苦労させられた、竜や勇者と敵対した時にステータスが無効になる加護というやつだ。大幅に力が削がれるが、鍛え上げた自分の力で戦った。
だが今の俺は……、そうだ、遠い記憶にある前世、あの時の無力感に似ている。
どれだけ走っても馬より早くは走れない、どれだけ鍛えても猛獣には勝てない。どれだけ努力を重ねたところで空も飛べない、海も潜れない、鉄も砕けない。あの頃の無力な只の人だった俺。
恐ろしい。無力な俺に戻りたくない。
俺はこの世界に生まれて初めて恐怖した。負けるのは怖くない、ステータス等という訳のわからない物は無くてもいい。だが、無力な自分に戻るのだけは恐ろしい。
勇者に逆らうと言うのはこんなに恐ろしい事だったのか。
改心したはずの元盗賊達が捕らえられて連れて行かれる。それを建物の影から眺めながら、俺はガタガタとみっともなく震えていた。
このままでは勝てない。だから勝てる方法を探すんだ。俺の心が屈服してしまうくらいなら、自ら死を選ぶ。
知らなければいけない、加護というものを。勇者の殺し方を。
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