第37話 勇者の国
「ミレイ!」
「うっ…」
慌てて抱き起こすと小さくうめき声を上げた。意識を失っているが出血も命に関わる程のものじゃない、大きな怪我をしたのは初めてだろうし、痛みで気を失ったか。
「傷を癒せ、リバリス・ケリナ・フラウディア」
回復魔法が発動してすぐに出血は止まった。よかった、これなら大事には至らないだろう。
落ち着いて周囲を見回すが他に怪我人は居ない。魔物の姿も無い。みんなをまもれて本当によかった。
それにしてもなんでミレイだけ怪我を?
「こいつが!こいつが刺したんだ!俺達は関係ない!」
「お前もやれって言ってただろうが!あの時はやるしかなかったんだ!仕方ないだろ!」
は?
「魔物から逃げるためにやったんだろ!卑怯者!」
「違う!仕方なかったんだよ!魔物に囲まれて、誰かが囮になるしか無かったんだ!」
は?
男達が揉めている。囮にした?ミレイを?
「ちょっと待ってくれ。囲まれて背中を刺されたって、それじゃミレイはお前たちの前に立ってたんだろ?お前たちを守ろうとしたんじゃないのか?」
「何馬鹿なこと言ってんだ!ガキ一人に何が出来るんだよ!俺にだって子供がいるんだ、子供を逃がすために仕方なかったんだ!」
「仕方ない?」
「そうだ!俺達だってこんな所に来たくなかった!町が荒らされて仕方なく逃げてきて、その先でまた襲われて。俺達だって生きる為に仕方なかったんだ!ガキには分からねぇだろうけどな!」
なんて、なんて醜いんだ。自分たちを守ってくれている女の子を後ろから刺すのが仕方ない?子供を守るために他の子供を殺すのが仕方ない?最悪だ、生きている価値が無い。
俺が剣を盗んだのは違う。あれはシナリオが進めばどうせ俺の物になったし、沢山の人を守るためだったんだ。
その結果難民が産まれたのはこいつらが卑しいからだ、こいつらが卑しい連中だからこんな事になったんだ!
こいつらが卑しいせいだ!死んでしまえ!
「『召雷』」
スキルが発動して掌から黄色いボールが現れる。
バチッ!バチチチッ!
揺らいでいる。魔力不足だ、完全なスキルじゃない。それでもこんな奴らを消し炭にするには十分。
「やめてっ!」
「ミレイ!?」
目覚めたミレイが覆いかぶさってくる!混乱しているのか!?今は危ない!
「離れろ!今は離れるんだ!」
「ああああああああああ!!」
「ミレイ!」
襲撃から3日経った。ミレイの意識は戻らない。
ミレイは一人で雷撃を受けた。魔力不足で不完全な発動だった事と、対象を指定するスキルだったこと。更に自身の抵抗力が強かったことが重なり、致命傷は避けられた。それでも全身に大火傷を負ってしまい、毎日訪ねて回復魔法をかけ続けている。
何故あんな事をしたのか。あんなクズ達の為に、あんな奴らがいるからミレイが傷ついた。
ミレイだけじゃない、水の町のリリスはどうなったんだ?7年後に俺に剣を渡してくれるヒロイン。市長の娘で、仲間になった後は槍と魔法を使いこなす優秀な魔法戦士だ。彼女も襲われてしまったんじゃないか?
村にいた連中は全員逃げていった。まだ生きているのか、生きていれば他の町で迷惑をかけるだけの存在だ。
許しておけない。勇者である俺が正さないと。みんなを守るために。
「アレスいるか」
「村長さん、どうしたんですか」
「それがな、貴族の方々がお前に会いたいと」
「……わかりました」
村長宅に向かうと騎士達が並んでいた。銀色に輝く統一された鎧。正規の騎士たちだ。
「俺がアレスです」
「こんにちはアレスさん。私は宮廷魔道士のアマンダ・クリスタニア。今日はあなたを今代の勇者としてお迎えにあがりました」
「はい」
「…随分落ち着いていますのね?」
「来ると思っていました。俺が勇者です。行くのは構いませんが、幼馴染が重症です。彼女を治療するために同行させてください」
「なるほど、怪我でしたら私が診てみましょう。まだ若輩ですが、魔法には自信があるのですよ」
「え?あ、はい。こっちです」
アマンダ・クリスタニアと言ったな。綺麗な女性だ、こんなキャラクターはいなかったが、やはりゲームとは大きく変わってしまっているんだろう。
迎えに来るのは騎士だったはずだ、宮廷魔道士?よく分からないがミレイは一緒に連れて行ってもらわないと。
「彼女ですね、酷い火傷ですが今の私なら回復できるはずですわ」
「本当ですか?」
「見ていなさい。星の光よ、我が手に宿れ。古の精霊たちよ、癒しの力を授け、傷を癒し、安らぎをもたらせ。グナ・セリト、ナクシル・エルダ、ミラル・リバリス・セリュナ・フラウディア」
長い詠唱を唱え、ミレイに触れる。掌から柔らかな光が溢れ、やがて全身を包み消えていった。
こんな魔法は知らない。オリジナル魔法?流石に若くして宮廷魔道士を名乗るだけあるって事なのかな。
「もう完全に治っているはずですよ」
「え?おばさんお願い!」
おばさんに全身を診てもらったが、見事に傷跡すら無く綺麗になっているという。
すごい、ミレイの回復魔法より上なんじゃ?
「これで彼女は大丈夫ですね。他に準備は必要ですか?」
「え?あ、あの。急なので…」
「来ると予想していたのでは?」
「でも、彼女の事もあって、両親とも話してないし」
「アレス様!あなたは勇者なのです!選ばれし勇者!今この国は荒れています!あなたの力が必要なのです!一日遅れればそれだけ余分な命が失われてしまう!」
「それは……、わかりました、行きます」
「ありがとうございます。さすが勇者様ですわ」
言い包められ、着の身着のままで今すぐ王都に向かう事になってしまった。
クソっ!どうしてこうなるんだ!
ミレイ。ゲームをプレイしてた時は野暮ったいと思ってたけど、ここではずっと一緒に育った幼馴染なんだ。手放したくない、あいつが他の男の物になるなんて許せない!
「クソッ…!なんで、なんでだよ…!俺は勇者だろ……!」
(……………)
「なんですか?なんでずっと見てるんですか」
「いえ、彼女は意識を取り戻し次第召喚するように手配しておきますね」
「お、お願いします!絶対に連れてきてください!」
「えぇ、お任せください」
よかった!これで軌道修正できる。王都に着いたら一緒に訓練だ。
7年も期間がある。既に俺に勝てる人間なんていないし、最上級職を出すためにちょくちょく遠征すれば十分だろう。
その間にミレイと仲良くなるぞ!
王都へは豪勢な馬車での移動だ。一緒に乗っているのはアマンダお姉さん。
よく見ると本当に綺麗だ。輝く銀の髪は貴族の証、スタイルも抜群で大人の魅力がある。俺とは歳が違いすぎるけど、若い間は仲良くしたいな。
気分も晴れたし、のんびりしよう。大イベントを乗り越えた休憩だ。
次に物語が動くのは7年後!
6日後、アルニア王国、王宮。
「勇者殿には国を荒らす賊の討伐をお願いしたい」
「は?」
「現在我が国では賊が人々の住む町や村を襲っているのだ。勇者殿の村にも難民と称した不埒者が迷惑をかけたと聞く。どうかこの国を救って欲しい」
「確かにあいつらは許せませんけど、討伐って…」
「ふむ、娘も心を痛めていてな。願いを聞いてやってくれんか」
「お願いです勇者様!このままでは国は滅び、国民は路頭に迷ってしまいます。どうか我らをお救いください。勇者様にお縋りするしか無いのです」
「わ、わかりました。やります。勇者としてあいつらは許せないと思っていたのです」
「流石ですわ勇者様!」
「姫!お任せください!」
王との面会はそれだけで終わった。暫くはイベントが無いはずなのに、いきなり内乱を納めろってなんだよ。
「やっちまった、女の子にお願いされるとつい…。いや、あいつらが許せないのは本当だ。下らないことで暴動を起こして、そこから逃げた奴らもあんなのだった。誰かが国をまとめないといけないんだ!税金を集めて偉そうにしているだけの王には任せていられない、勇者である俺が国をまとめて魔王軍と対抗するんだ!」
ゲームでは自分が王になる事は無かったが、国々をまとめて戦う戦争パートはあった。もちろん敵は魔王軍だが、魔王の手下が王に成り代わった国との戦争もあった。中心になるこの国がこんな状態では戦えない、俺が王となって勇者軍を結成するしかない!
「そうだ、俺が王になるんだ…そうすればヒロイン達だけじゃなくあの王女だって……へへへっ、賊を討伐して英雄になるんだ……」
(……………)
それから3日後、討伐に出ることになった。
俺だけで行くんじゃない、50人の騎士を中心とした500人の部隊だ。
平民たちを制圧するならこれで十分、抵抗しなければ殺さないように通達してある。
ミレイを襲ったアイツラは絶対に許さないが、今は国民同士が争っているんだ。敵だからと殺して回ったのではその後が続かない。
まずは脅して力を見せる。簡単だ。
「門を開けろ!俺は勇者だ!降伏すれば慈悲があるぞ!一度だけ警告する!『召雷』!」
掌から現れるエネルギー球、攻撃対象を一部の城壁にして高く飛ばす。
メギャアアア!
雷光が迸り、大気を割る轟音が鳴り響く。触れた城壁は爆発したかのように弾け飛んだ。只人が触れれば一瞬で消し炭と化す勇者Lv100の広範囲殲滅スキル。恐怖を覚えない人間なんていない。
「降伏する!降伏する!勇者に逆らう気はない!」
「よし、全員捕縛してくれ」
簡単なものだった。勇者に逆らえるやつなんていない。勇者は最強なんだ。
しかも俺は体が動くようになってからずっとレベル上げを続けてきた、既に討伐するだけなら魔王だって倒せるんだ。俺が世界最強だ!
賊の討伐は一ヶ月程で終わった。どうってこと無い、殆どが脅せば降伏した。脅して降伏しなくても、一撃加えてやればどうしようも無くなって捕まった。
この程度の事が出来ない王なんていらないだろ。俺は王のもとに向かった。
「王様、我々は魔王と戦う為に各国の力を合わせないといけない。それなのに無能な王がいては邪魔なんだ。俺と代わってくれ」
「何を馬鹿な!ひっ捕らえろ!勇者は乱心した!」
「………」
「何をやっている!早く捕らえろ!動け!」
「王様、無駄ですよ。勇者に敵うやつはいない。彼らも俺と同意見です。殺しはしません、引退してゆっくり過ごしてください」
「貴様!」
「ごめんなさいお父様、お母様も私も国の為に勇者様についていきます」
「ははははは!王様、俺に任せてください。大丈夫、お孫さんが将来の王になるかもしれませんよ!はははははは!」
「おのれ勇者!」
「連れて行け」
「アマンダ、アマンダはいるか」
「ここに」
「各国に通達を出してくれ。勇者である俺が王に即位した、我が国は魔王軍と戦う。各国には協力を要請するとな」
「手配いたします」
「あぁ、それとトーリアとアンティカには有能な姫がいるはずだ。勇者軍に参加するように命令しておいてくれ」
「……承知しました」
俺は王になった。最強の勇者王だ。細かいシナリオは飛ばしてしまったが構わない。後は魔王だ、魔王さえ手に入ればそれでいい。その為には面倒だがレベル上げはしておかないとな。
誰も敵わない最強勇者を更にレベリングさせるなんて、流石魔王だ!
さて、反抗的になったミレイの相手でもしておくか。いっそ閉じ込めておけば成長してから襲ってもいいんだ、仲良くなるのはあいつの為なんだけどなぁ。
それから半年後、多くの国が魔王に対抗する同盟へ参加し、勇者軍へと戦力を送った。
その中にはヒロインであるトーリア国のエリナ王女、アンティカ国のアリー王女、自ら帰参を申し出てきた鬼族の姫巫女ルーリアも含まれていた。
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