第13話 4歳 偉大なるオババ

 ちっこい姫の体を抱えて腹の傷口を自分の腹で抑える。更に首も脚も負担が減るように出来るだけ自分の体にくっつける。

 スキルーアーツで体力を増強して大きく跳躍を繰り返して村を目指した。

 怪我人の負担が大きいが時間がかかれば確実に死んじまう怪我だ。今は行くしか無い。

「オババ!頼むぞオババ!」

 こんな怪我をどうにかできるのはオババしか思いつかない。俺は怪我したこと無いし。

 領都から町、町から村、4日かけて歩く距離を20分とかからず戻ってきた。



「ババァ!助けてくれババァ!!」

「誰がババァだこのクソガキャア!ぶっ殺されてぇか!!」

「オババ!こいつを診てくれ!」

 ちょっとした言い間違いでキレるババァを無視して床に姫ちゃんを寝かせた。大丈夫、意識はないがまだ呼吸をしている。生きている。

「なんだいこれは?なんで生きてるんだい?」

「オババそんな事言ってる場合じゃねぇだろ!たぶん鬼族だから強いんだよ!」

「……ふぅん、言っとくがあたしは薬師だよ。全く困ったもんだ」

 ぶつくさ言いながらオババは棚の奥をあさりだした。無理なのか?諦めちまったのか?


「オババ、どうにもならないか?」

「その傷をよく見な。まともな方法じゃ助からないって分からんか?軟膏塗って包帯巻いても意味はないよ」

「どうすりゃいい!?町に連れて行ったほうがいいのか!?」

「うるさいよ、黙って見てな。こいつを使えばそんな傷くらいすぐに治っちまうのさ」

 ババァが取り出したのは場に不釣り合いな美しい瓶、七色に光る不思議な素材、優雅な流線型を描き、金細工の蓋が付いている。中心には何かの文字が刻みつけられており魔法的な処理が行われているようだ。その中には鈍い銀色の液体が光を放っていた。


「これは?物凄いものに見えるが…」

「薬だよ、あんたならまたどこかで見ることもあるかもしれないね」

 ババァは躊躇なく薬をぶちまけた。ちっこい姫ちゃんにかけられた銀色の液体は傷口に入り込み、うねうね動いて形を作っていく。まるで生きている水だ。傷口の足りない部分を補い、穴を塞ぎ、しまいには体と同化して何も分からなくなった。

「ふん、もう大丈夫だね。動かしても平気だ、攫った場所に戻してきな」

「攫ってねぇよ。いやそうじゃなくて。よかったのか?何も知らない俺から見ても尋常な品じゃ無かったように見えたが」

「あぁん?クソガキが助けてくれって連れてきたんだろうが。あたしは怪我人を治しただけだ」


 ババァの使った瓶を見る。見たこともない綺麗な装飾だ。高い安いの話では無いとんでも無い逸品なんだろう。神秘の薬は一滴も残さず失われてしまった。

 これはババァのとっておきだったんだ。それを突然運び込まれた見たこともないガキの為に使ってしまった。一切の躊躇いも見せず、対価も求めず。

 ババァはすごい。俺よりずっと弱いのに、見た目も口も性格も腐ったクソババァなのに、その心は遥か頂きの上にある。

 それに比べて俺は、舐め腐って甘く見て、守ると決めてもこの様だ。本当に情けない。



「なんだいその面は、いいねぇ!もっと見せておくれ!ケェッケッケ!驕ったクソガキが失敗したか!ざまぁないね!」

 あ、やっぱなし。こいつまじでクソだわ。

「オババ、今日使った薬に名前はあるのか」

「へっ!ソーマだよ。ポーションの最上位を超えたエリクサー、更にその上の神秘の秘薬だ。世界中探して見つけてみな」

 この借りは返す。絶対にだ。


「本当に動かしても平気なのか?」

「あぁ、生きてさえいれば完全な状態に戻るさ」

「それじゃあ連れて行く、あっちも危なっかしいんだ」

「さっさと行きな、次は手土産を忘れるんじゃないよ」

「オババ、ありがとう」

「けっ!」




 ちっこちい姫を抱えて飛んだ。途中、眠ったままの幼女に何度も何度も謝った。さんざん恐怖を煽った挙げ句に本当に死なせてしまうところだった。こいつからしたら俺は悪魔そのもの、魔王みたいなもんだろう。

 魔王、魔王か。本当にいるんだろうか?まぁでも勇者がいるというなら魔王もセットなのが異世界ファンタジーだよな。

 中途半端な不殺で守りたいものも守れないくらいなら、いっそ俺が魔王になるのも悪くない。

 鬼族にそれほど思い入れ無いけどな!



 領都の近くまでぴょんぴょん飛んでいくとトボトボ歩いているルバンカ達を見つけた。あのまま街に残って捕まってるとかいう落ちじゃなくて本当によかった。

「ルーリア!ルーリアは無事なのか!?」

 ぎゃあぎゃあ騒ぐので服を剥いで傷がないのを見せたら更にぎゃあぎゃあ騒ぎ出した。この話は俺の心を抉るのでもう終わりにしたい、ここから自分たちだけで帰れるだろう。


「ギルド長はついやっちまったが、野次馬もあの狂った姿を見てたしたぶん大丈夫だろう、お前らはもう帰れ。途中でこっちに向かってる無駄足連中を拾っとけよ」

「アレキサンダー、もう会えないのか?」

「会う理由もないだろう。俺は人攫いにムカついたから潰しただけだ。調子に乗って失敗したがな」

「そうか」

 側近の二人がルバンカの後ろでわちゃわちゃしているが知らん。そもそも俺はこいつらを捕まえて金に変えるつもりだったし、オババがいなけりゃ救出も失敗していたんだ。礼の言葉すら受けたくない。

「何か出来ることはないか」

「何もいらん。あ、いや、3人のステータスを見せてくれ」

「?別に構わんが」


 ―――――――――

 ルバンカ

 18歳

 ジョブ 鬼姫

 レベル 61


 体力 305

 魔力 122


 スキル

 カリスマβ

 統率α

 

 スキルアーツ

 鬼砕撃

 血走り

 ―――――――――


 ―――――――――

 ルファーレ

 22歳

 ジョブ 鬼戦士

 レベル 73


 体力 216

 魔力 73


 スキル

 戦士の心得α

 裁縫α 


 スキルアーツ

 鬼火蜂

 地獄三連突

 ―――――――――


 ―――――――――

 スバルカ

 18歳

 ジョブ 鬼戦士

 レベル 53


 体力 159

 魔力 53


 スキル

 戦士の心得α

 鍛錬α 


 スキルアーツ

 鬼火蜂

 地獄三連突

 ―――――――――


 なるほどな。少し理解した。

「ルバンカ、お前もっと普通の修行もしろ。走った方がいいぞ」

「む、それは」

「俺はそうしている」

「むぅ、わかった」


「それじゃ、達者でな」

「アレキサンダーも。いつか会いに来て欲しい」

「そのうちな」

 こうして別れた。ちょっと小遣い稼ぎのつもりがこんな事になるとはな。

 別れの気分は悪いもんじゃなかった。いい奴らだったよ、馬鹿だけど。

 そして俺は最後の後始末の為に領都へ。




 領主の館。

「くそおおお!亜人なんかにやられるなんて認められるか!すぐに兵をまとめろ!」

「しかし!あれは商業ギルドが赤鬼族の姫を攫っていたと証言が取れています!それに彼女たちは姫を殺されても商業ギルドのギルド長だけに復讐して帰りました。こちらに戦う大義がありません!」

「亜人を殺すのに大義などいらん!捕まえて奴隷にするのだ!」

「そんな…そもそもあの戦闘力をご覧になったでしょう、大部隊を組んでの決戦となりますよ」

「いいから亜人を殺せ!あいつらを…」

『お前がしね』

 拾った木の棒で後ろから心臓の辺りを一突き。それで終わりだ。


「閣下!?、貴様何者だ!」

「聞くな、こいつは謎の暗殺者に殺された。それでいいだろう?」

「………」

「賢明だ、それであれば街を消す必要もない、お互い関わらなければいい」

「……魔王軍というのは本当に来るのか」

「知らん。関わりもない。お前たちが鬼族に何もしなければ、鬼族もお前たちに何もしない。それだけ覚えておけ」


 言いたいことは言ったので撤退だ。

 本当に気分が悪い。人の世は悪意に溢れ、善意がいっぱいだ。ルバンカだって誰かの父親を殺すかもしれないし、領主だっていい父親だったかもしれない。ギルド長の家族だって悲惨な目に合うのかもしれない。

 誰かを守るというのは難しい。自分を鍛えて獲物を狩っているだけの生活がどれだけ気楽だったか身に沁みるね。






 更に少し用事を済ませて家に帰ったら母者が産気づいていて父者が大慌てしていた。全く、落ち着けよ。


「オババー!オババー!すぐにきてくれぇぇ!!」


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