閑話1

第5話

 ミニバンの車窓から見える空は透き通るように青く、山道の長閑な新緑の景色は心を落ち着かせてくれた。


 運転席に座る父は上機嫌に鼻歌を歌い、助手席に座る母はいつものようににこやかで、後部座席で隣に座る弟はあどけない表情で寝息を立てていた。


 見ていると胸を締め付けられるような懐かしい風景。もう戻ることの出来ない初夏の記憶。私が一番幸福だった時代、その終わり。


 この日は隣家と一緒に近場の山へと行き、ハイキングをする予定だった。これが初めてではなく、両家にとっては月に一度の恒例行事だった。


 慣れた道を走る車。道に迷うはずはなく、天気も良く、トラブルの兆しはどこにもなかった。あの瞬間までは。


「ん?」

「人が手を振ってるわね」

 前列に座る両親が進行方向の先で手を振っている人物に気づいた。いや、気づいてしまった。


 私はシートの間から顔を出して前を見た。そこには二人組の男女がいた。手を振っているのは女性の方だった。女性は遠目に見ても明らかに小柄で、十代になりたてくらいだった。対称的に男性の方は背がスラっと高く、大人の男性であるとわかった。


 親子かな? 私がそう思っているうちに、父は二人の横で車を止めた。


 私は窓越しに二人の姿を見た。

 男性の方は金髪で青い目をしていて、思わずドキッとしてしまうほどの美形だった。ただ、感情の欠落したような表情と虚ろな眼がミステリアスを通り越して、不気味に思えてしまった。


 でも、それ以上に私の目を引いたのは女性の方だった。

 女性は近くで見ても小柄で、まだ十四だった頃の背が伸び切る前の私よりも、ずっと小さかった。


「すみません。道に迷ってしまいまして。この辺りに行きたいのですが」

 女性の方が持っていた地図を指さして父に見せている。


「ああ、ここか。歩いて行くには少し遠いな。ここなら今から私たちが行くところに近いから乗っていったらどうだい?」

「いいんですか?」

「ああ。この車は八人乗りだからね。二人くらいどうってことない」


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」

 小柄な女性が頭を下げると、それにつられるように隣に立つ男性も頭を下げる。

「一段と賑やかになりそうね。それにしても、綺麗な髪と眼をしているわね。お人形さんみたいだわ」


「……ありがとうございます。容姿に関して、わたしが誇れる数少ない要素です」

 そう語る女性の髪と瞳はそれまで見たことのなかった色合いで、混じり気もくすみもない、神秘的に思えるほどに美しい白銀色だった。


「道中、よろしくお願いします」

 女性は童顔に似合わない蠱惑的な笑みを浮かべ、私を見た。


 そう、話していた両親ではなく、窓から顔を見せていただけの私を。

 銀色の瞳の異様な深さに全身が粟立った。

 それが、私たち家族の終わりの始まりだった。

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