夏の思い出

朝パン昼ごはん

「歯車」「河童」「鼻」

 夏休み、爺ちゃんの畑で河童を見つけた。

 他の野菜より遙かに青々とした甲羅を背負い、頭の上は禿げあがってて皿のようだった。

 手には水かきがあり、爬虫類のような顔からは、根性のない扇風機みたいな弱々しい息を吐いていた。

 河童だ。

 どう見ても河童だ。

 少なくとも自分はこの生き物を河童と呼ぶ以外の知識を持ち合わせてはいない。

 中学に上がればコイツが何だかわかるようになるんだろうか。

 一人でいても埒が明かないので爺ちゃんを呼ぶことにした。


「河童じゃ」


 孫である自分の言い分を疑うことなくついてきてくれた爺ちゃんの第一声も、同じ感想だった。

 やはり河童だった。


「どしたら良いん、じっちゃん」

「しゃんけ畑荒らす餓鬼は生かしておけんしの」


 何だか怖いことを口にする。このまま殺されてしまうのだろうか。

 見れば自分と同じくらいの背丈、おそらく似たような年齢である。

 何だかかわいそうになってくる。

 不安そうに見上げる自分と目があうと、爺ちゃんはしょうがないといった感じで鼻を掻いた。


「まあ、話聞いてからでもええちゃ」


 爺ちゃんは河童を担ぐとそのまま家まで引き返す。

 自分はその横を一緒に歩いていく。

 河童は肩の上でうんうん唸ってる。

 お日様は自分たちを照らし、影はこれからどうなるのだろうと足下で縮こまっていた。


 家につくと爺ちゃんは、野菜をつけておくタライを持ってきて水を張った。

 そして、そこにザブンと河童を投げ入れてしまった。


「頭渇いてしまったけあんながなったちゃ。じきに気ぃつくがね」


 スイカみたいにプカプカと甲羅が浮いている。

 河童は頭を水に沈めたまま浮かびもしない。

 そのまま縁側で眺めていると、爺ちゃんがアイスバーを持ってきてくれた。

 パキッと二つに割って自分にくれる。

 アイスは頭上の空みたいな青色で、ソーダ味で冷たくって、おいしかった。

 たまに音がする風鈴が余計に涼をさそった。

 足をタライにいれたいところだけど、そこは河童に譲るとしよう。


「河童なんて久々に見たがね」


 爺ちゃんが子供のときは良く見かけて悪戯もされたらしいが、今時分はさっぱりらしかった。


「河童も少子化なのかな」

「さあわからんちゃ。あんときは盗った野菜以上に潰してやったちゃ」


 やっぱり怖いことを言う。

 聞くとアイスがおいしくなくなるような気がして追求はしなかった。

 食べきってしばらくすると、ようやく河童は気がついた。

 ざばりと顔をあげると、ふりふりと辺りを見回す。

 自分たちをみて状況を悟ったのであろう。

 タライから身を出すとその場に膝をついて土下座した。


「このたびはわたしどもを救っていただき有難う御座います」

「礼なら明に言えちゃ。おらぁ別に捨てて良かったがね」

「それではアキラさま、このたびはわたしどもを救っていただき有難うございます」


 顔だけあげた河童は爺ちゃんを見て、自分を見て、再び頭をこすりつけた。

 水気を含んだ身体は泥にまみれるが、いっこうに気にはしてなさそうだ。

 これが自然というものなのだろう。


「河童、ば、一つ聞くけど盗もうとしとったんか」

「へえ、こうなっては隠し事などいたしませぬ。その通りでございます」

「やっぱり悪党やが。今回見逃してやるからさっさと行けちゃ」


 ゴミを払うが如くしっしっと爺ちゃんが手を振るが、河童は動こうとしない。

 足が痺れている様子もない。


「ねえ爺ちゃん」

「なんけ」

「河童さん、なんか事情があるんじゃないの」

「盗人の理由なんか知らんが。畑荒らされるに許されんわ」

「でもさっき、話聞くって言ったよ」


 自分の言葉に、ぬうと爺ちゃんは口をつぐんだ。

 顔を露骨にしかめるから皺が更に深くなる。

 河童は身を伏せたまま、神妙に顔をあげてこちらを見ている。


「ちっ、だらめ。ばのせいじゃが」


 不機嫌を隠さずに爺ちゃんは身を乗り出して、河童に物を尋ね始めた。

 何で盗んだのか、と。


「へえ、それには事情がございます」


 河童はキュウリのように身を細めながら境遇を話してくれた。

 なんでも河童には妻と子供がいて、食わしていくために自分が稼いでいるのだという。

 一昔前までは人家の辺りでさんざん荒らし回ったが、コテンパンにやられてからそれもしなくなったという。

 稼ぎが潰れ今度は山か海なのであるが、海には海の縄張りがあるし、山には山の縄張りがある。

 川辺では無双の河童らではあるが、余所では地元連中の目を避けながら、盗人の真似事をするしかない。


「真似事じゃなくてそのもんやろが」

「へえ、そうとも言いますな」


 狼藉を働けば相手も馬鹿では無い。対策はされるから次は難しくなる。

 段々と盗める場所も数も限られてくるし、実入りも少なくなる。

 しまいには少ない稼ぎを巡って河童同士で争う羽目となった。


「ふん、悪党にはふさわしい末路やちゃ」

「返す言葉もございません」


 この河童もそういった争奪戦に巻き込まれ、収穫を簒奪された身であった。

 悔しいが互いに事情が分かっている以上、奪い返す訳にもいかない。

 仕方なしにこうやって畑に盗みに来た次第である。

 だが今は真夏。

 皿の水が乾いて気を失い、お縄になってしまったという訳だ。


「昔の約定を横紙破りすることになりましたが背に腹は代えられませぬ。非道をお許しください」


 そう言って河童はまた頭を地にこすりつけた。


「昔の約定ちゃなんけ」


 爺ちゃんが疑問に思ったことを口にする。


「へえ、昔悪さしたときの約定でございます。二度と悪さをしないという代わりに命を見逃すという約定でございます。どなたかに誓約書も渡したと父も言ってました」

「知らんのう。父け」

「へえ、父でございます」

「そうするとばの子供はそいちゃにとって孫やがね」

「へえ、父は早世致しましたが生きていましたらそうなりましょうな」


 ふん、と爺ちゃんが鼻を鳴らす。不機嫌そうに腕を組む。

 皺が深く刻まれる。

 自分と河童を見て腕組みしながら考えている。


「もしこのまま手ぶらで帰ったらどうならんけ」

「へえ、私どもも努力はする所存でありますが、最悪の結末は飢え死にでしょうな」

「へえ、てそんな気安く言うことじゃないやがけ」

「へえ、申し訳ありません」


 むむむ、と爺ちゃんは考えこんで話さない。

 空は真っ青だが、心は曇っていた。

 いや、心の中でざあざあと泣いているのかもしれない。

 爺ちゃんと河童が黙っているものだが、自分も堪えきれずに口を開くことにした。


「ねえ爺ちゃん、ちょっとかわいそうだよ」

「自業自得やちゃ」

「なんとか出来ないの」

「出来んちゃ」

「困った人いたら助けてやれって爺ちゃん言ってなかった」

「河童は人じゃないが」

「肌の色で差別するの良くないって先生が言ってたよ」

「明。ば、どうしてそんなに賢いがいちゃ!」


 うんざりした声で爺ちゃんは両手をあげた。

 下ろしてすっくと立った爺ちゃんの顔はいつも通りで、上の天気みたいに晴れ晴れとしていた。

 待っとれ、そう言い残して爺ちゃんは姿を消し、次に来たときは桶いっぱいの胡瓜を持ってきてくれた。


「やるわ」

「へえ、良いので!?」

「やりたくないけどやるちゃ。明に感謝やちゃ」


 どさり、と置かれた桶を、まんまると目を開いて河童は涙を流した。

 あんまり流すので、また乾いて倒れるんじゃないかってくらいにボロボロと泣いていた。

 水たまりが出来ようとも河童は倒れなかった。

 意外に河童は強い。


「ありがとうございます! ありがとうございます! ありがとうございます!」

「もう約束は破ったら駄目やちゃ。夏終わったら明おらんがいね」


 ぺこぺこと頭を下げる河童に対して、爺ちゃんはつっけんどんな態度だった。

 それでも河童は爺ちゃんと自分にむかって頭を下げつづける。

 桶に入った胡瓜をまき散らすんじゃないかって逆に心配になるくらいだった。

 河童がいなくなったあとは、いつも通りの爺ちゃんちになった。

 正直、見た物を信じれないが河童はいた。

 この目で見たのだ。


「ねえ爺ちゃん」

「おう」

「河童ているんだね」

「やげ」


 そのまま爺ちゃんと何と無しに会話していると日が暮れた。

 夕食で河童にあったことを話したが、両親は信じてくれず法螺だと思っていた。

 自分の代わりに爺ちゃんが怒ってくれた。


「べらどま! ば、なに明の言うこと信じんがけ! おらボケとるかもしれんがけど明嘘つくはずないがけ!」


 喧々囂々と爺ちゃんと父さんの口喧嘩が起こって、婆ちゃんと母さんは素知らぬ顔で箸を動かしている。

 自分はどっちにつけば良いのか分からず、迷い箸をたしなめられてしまった。


 その日の晩、久々に雨が降った。

 ざあざあと降る雨は、窓からむっとする湿気を部屋へと運んでくる。

 自分へとまとわりつく湿気を、扇風機が払いのけ何とか涼しくしようと頑張ってくれている。

 正直寝つけない。かといってやることも無い。

 そのまま布団を被って目をつむっていると、何やら外で気配がした。

 地にぴしゃぴしゃと叩きつける雨音とは違う、何者かの足音。

 泥棒だろうか。

 見に行く勇気も無く、かといって気にしない鈍感さもない。

 そのまま布団で小さくなっていると、眠気が勝って意識を失った。


 起きてみれば朝、空は晴れていた。

 縁側へと行けば爺ちゃんは既に起きてて、麦茶を嗜んでいる。


「おはよう」

「おはよう、爺ちゃん」


 そのまま横へちょこんと座り、一緒に麦茶をいただいていると、横からすっと手が伸びてきた。


「やるちゃ。明のやが」


 言われるがままに受け取ってみれば、それが何かはわからない。

 泥まみれのような茶色だった。

 曲がりくねった胡瓜が幾重にも組み合わさったような形をして、両手におさまるくらいの大きさ。

 壊れた歯車のように見えるし、懐中時計のようにも見える。

 見かけによらずずっしりとした感触があり、耳を寄せればカッチコッチと音がする。

 何かの機械なのだろうか。


「なんなのこれ」

「知らんちゃ、おらのじゃないしの」

「えっ。爺ちゃんじゃなかったら誰のものなの」

「おそらく、河童やが」


 爺ちゃんの見つめる先、庭先は昨晩の雨でぬかるんでいる。

 その地面に、子供くらいの足跡が点々とついているではないか。

 まさか。

 見上げる自分に対し、爺ちゃんは頷いてくれた。


「河童やが。きっと御礼のつもりやちゃ」


 昨晩の気配はやはり間違いでは無く、その正体は河童であった。

 しかし、これがなんなのかは人である自分にはよくわからない。

 昨日勇気を出して確認し、声を聞くべきであった。


「お礼なら爺ちゃんのものじゃないの」

「おら何もしとらんけ。明の言うこと聞いただけやちゃ。だからそれ明のが」


 そういうものなのだろうか。

 しかし、辞退しようとしても爺ちゃんは受け取ろうとはしないだろう。

 昨日の夕食が思い出される。きっと頑固だ。


「ありがとう、爺ちゃん」

「おら何もしとらんけ。礼なら河童にやちゃ」


 こうしてこの奇妙な物体は自分の物となった。

 爺ちゃんちから家へと帰り、色々とネットで調べてみたが良くわからない。

 河童の他に水虎という生き物もいると、無駄な知識がついたばかりだ。

 爺ちゃんは賢いと言ってくれたが、全然賢くない。

 中学になればわかるようになるんだろうか。

 とりあえず、夏休みの宿題を進めてしまおう。


 文鎮のようにそれを置いて、宿題を進めながらちらちらと見つめていると、向こうじゃ気がつかなかったが、なんだか川や草むらのような匂いの気がする。

 植物なのか鉱物なのか、相変わらずさっぱりわからない。

 カッチコッチと音を立てている。

 メトロノームのような音に合わせて、自分はノートを埋めていく。

 空欄を埋めるのは田植えのようで、いずれ実るに違いない。

 そうでも考えてやってなければ、うんざりする量だ。

 夏休みの友、人はそういうが縁を切っていい悪友もいるのではなかろうか。


 予定のページを埋めて、飲み物を口にした。

 思ってはなかったが身体は水を求めていたようで、身体に染み入る気がする。

 そういえば、あの河童はどうしているだろうか。

 また、乾いてぶっ倒れてないといいのだが。

 ひと息入れることにして、物体を拾いあげて見た。

 これがなんなのか、自分にはわからない。

 爺ちゃんも知らない。

 でもきっとわかる気がする。


「また、いつか爺ちゃんちに行かないとな」

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