第17話 平和で平凡な人生
その後、エヴァン・アルデバランは突然、結婚を理由に戦場の魔術師を引退。
妻とともに王国南部、ラストンに引っ込んでしまった。
慌てた国王が使者を出して戦場に戻るように説得したが、「妻と平和で平凡な人生を送るのに忙しい」とまったく聞く耳を持たなかった。腹を立てた国王が他の戦場の魔術師に命じてエヴァンを連れ戻そうとした矢先、王都でクーデターが勃発し、第二王子が青年将校たちと王宮を占拠。
なんだかんだあって第二王子が新たな政権を樹立し、体制も、お偉方の首も、ごっそり入れ替わった。
外交政策も見直され、エヴァンの引退表明から一年後には魔術師団も姿を消した。
***
「思ったより早かったな」
ラジオで第二王子が国王に即位したというニュースを聞きながらしみじみ呟くエヴァンに、
「関わっていたの?」
アンナが編み物の手を止めてたずねる。
「俺は面倒だから関わっていませんでした。誘われましたけどね……あいつとはエロ本を貸し借りした仲なので」
「エロ……本……」
聞けば、第二王子は陸軍に所属しており、エヴァンとは親しくしていた人物なのだそうだ。
第二王子は眼鏡が似合う理知的な美形として知られているのだが、イメージが一気に壊れた。
「まあ中央のことは中央の連中がなんとかしてくれますよ。さて、お姫様のご機嫌はいかがかな?」
ラジオの音源を切って、エヴァンがカウチに座っているアンナのもとにやってきて跪く。
「女の子なの? 本当に?」
アンナの丸く飛び出したおなかに手を当ててデレデレしているエヴァンに聞くと、
「女の子ですよ。間違いない。今日もご機嫌ですね。寝ています。全然動かない」
エヴァンがきっぱり言いきっては、アンナのおなかを撫でた。確かに胎動がない。さっきまでゴソゴソしていたのに。
「さて、今日は新しく作った収穫機の試運転をするんですよ。楽しみですね。収穫が楽になるといいのですが」
「そうね。手伝えなくて残念だわ」
「今年はしかたがありませんよ。では、行ってきますね」
エヴァンは日よけ用の大きな麦わら帽子をかぶると、木綿のシャツにズボンという農作業スタイルでニコニコしながら畑へと向かった。
マクレガー農場に身を寄せて一年と少し。
ソフィアの両親(特に母親)はアンナをソフィアの兄の嫁候補としてスカウトしたらしいが、ソフィアの兄は単純に事務員を捜していたらしく、アンナがエヴァンを連れてやってきても歓迎してくれたうえに、農業に興味を示したエヴァンに仕事を与えてくれたほどである。
農業に目覚めたエヴァンはソフィアの兄と意気投合し、エヴァンはそのままマクレガー農場を手伝うことになった。
エヴァンとアンナはラストンで結婚。
わりと最近までアンナはマクレガー農場で事務手伝いをしていたが、おなかが大きくなって動きまわるのがつらくなってきたため、今は休業中だ。
エヴァンはマクレガー農場で嬉々として働いている。
ソフィアの兄には意中の人がいるらしく、時々、エヴァンにどう振る舞うべきか相談しているようだ。エヴァンの恋愛遍歴というか女性経験というか、そのあたりを考えると、絶対に相談相手を間違えていると思ったが、面倒なので黙っている。
アンナの前世のことは秘密だ。
エヴァンに黒魔術の心得があることを、他人に知られたくないためだ。
どうやら黒魔術を実際に使って成功させたのは、エヴァンが知る限り、エヴァンだけらしい。
黒魔術の研究が進んでもロクなことにはならないから、今まで通り「黒魔術は成功しない」ということにしておいたほうがいい、というのがエヴァンの意見だった。
黒魔術といえば、メーアの屋敷はエヴァンが購入し、管理しているらしい。そしてエヴァンが参考にした黒魔術の本は「あんなものが残っていてもいいことがありませんので」と、エヴァンが全部燃やしてしまった。
ソフィアは学園を卒業し、王都で両親の手伝いをしながら結婚相手を捜している。
ベッセル家に関しては、エヴァンが「アンナが受け取るはずのものを奪ったのは許せん」と殴り込みをかけようとしたので、あわてて止めた。殴り込みにかける時間やお金があるのなら、素敵なタンスがほしいとお願いしたら、王室御用達の工房が手掛けた立派なタンスが届いて絶句した。
メーアのかつての部下が営んでいる雑貨屋を通じて工房に依頼したらしい。
今思うと、この部下も第二王子改め新国王となんらかのつながりがあったのかもしれない。
そしてベッセル家だが、悪い噂は特に聞こえてこないので、まあ、それなりに平和に暮らしているのだろう。たぶん。
アンナは手を止めていた編み物を再開した。
開けっ放しの窓から、風が吹き込む。
窓の外は、昨日となんら変わらない風景が広がっている。
きっと明日も変わらない。その次の日も、その次の次の日も。
生意気な孫娘に「おばあちゃんの人生って退屈ね」と言われる日まで、きっと、何も変わらない。エヴァンが守ってくれる。
そう、信じている。
***
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