第16話 遺言

 アンナをつかまえた夜の終わり。

 夢を見た。

 なぜか夢だとわかった。

 この風景には見覚えがある。ここは戦場。魔術師の天幕の中。

 エヴァンの唐突な質問に、メーアが振り返る。

 ああ、思い出した。これは、メーアが死ぬ少し前の風景だ。

 なんとなく、エヴァンはメーアに「生まれ変わったら何になりたいか」聞いてみたことがあった。あの時の風景に違いない。


***


「生まれ変わったら?」


 エヴァンの唐突な問いかけに、メーアが怪訝そうな顔をする。


「そう。師匠は、生まれ変わったら何になりたい?」

「そうだなぁ……普通の人間に生まれたいね」

「普通の、女の子ですか?」


 エヴァンの確認に、メーアが「そうそう」と頷く。


「ちっちゃくて、目が大きな女の子がいいね。金色の巻き毛に、青い目のね。ふわふわのドレスが似合うような」

「……」

「今、らしくない、って思っただろう」

「思ってないですよ」


 メーアが軽く睨んでくるので、エヴァンは慌てて首を振った。


「魔力なんて持ってなくてさ。両親がいて、学校に通ってさ。教室で友達と気になる男の子について話したりする、そういう女の子になりたいよね。今の私と正反対の」

「……もし、そういう女の子に生まれ変わったら、師匠は、何をしたいですか?」

「そうねぇ……恋をしたいな。普通のね」

「普通の?」

「そう。そしてその人と結婚して子どもを産んで育てるの。平和で平凡な人生を送りたい。孫娘に、おばあちゃんの人生って退屈ね、って言われるような。なんてね」


 言いながら照れてきたのか、メーアがほんの少し顔を赤らめて笑った。


「エヴァンは? 生まれ変わったら何になりたい?」

「俺は……」


 少し考えて、


「……年上に、生まれたいです」

「は? 年上? だれの? なんで?」


 メーアが不思議そうに聞き返す。


「だって、年下だとたぶんいつまでもガキ扱いされますから。やっぱ年上がいいです」

「はーん? 何、エヴァン、好きな子がいるのぉ? でもって年上なんだ!」


 話の流れからそう推測したメーアが突然ニヤニヤ笑いだす。


「そっかー、そっかー、エヴァンにも好きな子がねぇぇ! 応援するよ! 大丈夫だよ、エヴァンは背が高くなりそうだからね。あと二、三年もしたらその子もびっくりするよ。きっと振り向いてもらえる! 振り向いてもらえるように私がばっちりいい男に鍛え上げてあげるから!」


 ひとしきり笑ったあと、メーアがふと真顔になる。


「幸せになりなさい、エヴァン。あなたは幸せになるために生まれてきたのよ。誰にも遠慮しなくてもいいんだから」


***


 メーアの最期の言葉は「生き延びて幸せになりなさい」だった。


 これでメーアに報告できる。

 俺はあなたの遺言通り、生き延びて、幸せを手に入れましたよ、と。

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