第3話「武具の利をわきまゆるに」
宿の部屋には、会議をするには丁度いい大きさの丸テーブルがあった。
武蔵達二人はそのテーブルを境に、向かい合うようにして座っている。
「でも、意外でした。武蔵さんが作戦を練るなんて。もっとこう……突っ込んでいく感じかと」
「そういう風に思っておったのか」
「いえ!決して単細胞とかそういう意味じゃないんですけど、初めて会った時に真っ先にこちらへ突っ込んでいたので……。そのおかげで私は助かったんですけど」
「ふむ、拙者は、何も『戦うこと』が好きというわけではない。戦って、『勝つこと』。これが大好きなんじゃ」
「戦って、勝つ?」
「む、強きものを打ち負かす、勝利の美酒を喰らう。これ正に至高よ。勝てば万事良かろうというわけじゃ。
……それでは、早速。策を講じることとしよう。」
武蔵は、テーブルの上に宿屋から借りた地図を広げた。
「まず、拙者達がいるこの場所がここであるな。」
武蔵は地図の左下の方を指さした。そこには、アイン村と書かれていた。
「して、ルーナ殿。ゴブリン共の集落は、どこにあるんじゃ?」
「えっと……ここです。」
ルーナが示したのは、地図の左上の辺り……『暗黙の森』のやや北であった。
「この森の中に、小さな洞窟があります。そこがゴブリン達の棲み処です。」
「ふむ」
武蔵は顎を撫で、しきりに何かを考えているようである。
「作戦は何か思いつきました?」
「む、ではこのような策はどうだろう。」
武蔵は、地図をテーブルに広げて指を指しながら『策』の概要を説明し始めた。
「まず、酒が五斗ほど必要なんじゃが可能かのう、なるべく強い酒がいい。」
「ふむふむ……、って酒?!」
「うむ、つまりところは火攻めじゃ。」
「え、ええっと……?」
武蔵の作戦は単純明快だった。
「彼奴等は洞窟に住んでおるのだろう?」
「はい。」
「であれば話は簡単。かの織田信長公も延暦寺で火攻めを使ったと言う。火とは、古来より人間を恐れさせるものの一つ。
それに、洞窟の中では煙が回って息もし辛かろう……。無論、酒は着火するのに使うだけじゃ。燃やすのは森の木や木炭じゃ。」
「な、なるほど……」
「して、この策の肝要は酒。火攻めには酒が必要となろう。」
「でも、お酒なんて……買うお金がありません……。」
「何、樽の一杯で構わん。村を救うためであれば、ええと、なんといったかの……ろがぁと殿とやらが融通してくれよう。見たところ、るぅな殿を信頼しておるようじゃからな。」
「ロバートさんですね。」
「そう、ろばぁと殿が協力してくれるはずじゃ。…………何奴ッッッッ!!」
ゴブリン退治の作戦が、やっとまとまろうとしたその時、突如、武蔵が叫んだ。
構えをとる武蔵に、ルーナは驚くばかりである。
「どうしたんですか?!」
ルーナの問いかけに、武蔵は答えない。
ガチャン
扉の開く音がした。
「……ろばぁと殿であったか。」
部屋の入り口には、ひどく焦燥した様子のロバートが立っていた。
「丁度よい、今ろばぁと殿に酒を……」
「ハァ、ハァ、頼むッッッッ!!!俺の娘を助けてくれッッッッ!!!」
♦
「娘が……俺の娘が攫われちまったんだ!!助けてくれ!!!」
「娘って……シャルちゃんの事ですか?!」
ルーナが愕然とした声を上げた。
「ああ!そうだ!!シャルが、ゴブリン共に攫われちまったんだよ!!」
ロバートは、今にも泣き崩れそうな勢いでそう叫んだ。
「あんた、強いんだろ?!この通りだ!!頼む!!」
ロバートは床に頭を擦り付けた。
「ろばぁと殿よ、頭を上げてくれい。何事にも順序があろう。まずは、何が起きたのかを教えてくれんか?」
「あ……ああ……。」
ロバートは、ゆっくりと頭を上げると、静かに語り始めた。
♦
「シャルのやつ、もうこんな村にはいられないって、今日の夕方に、いきなりどっか行っちまいやがって……。」
ロバートはそこまで言うと、頭を抱えてうずくまった。
「ろばぁと殿……続きを。」
「あ、ああ……。すぐに戻ってくると思ってたんだ!そしたら村の奴等が騒いでて……!
様子を見に行ったら、あいつが乗ったっていう馬車が村の外で壊されてたんだ!
近くを探したが誰もいなかった!あいつはゴブリンに拉致されたんだよ!!」
ロバートは、再び、悲痛な叫び声をあげた。
「なんてことなの……」
ルーナは頭を抱え、うなだれている。
「ふむ、るぅな殿よ、拉致されたものは、奴らの洞窟に連れてるのかのう?」
「は、はい。たいていは、洞窟の奥で、えっと、その……監禁されています。」
「であれば、火攻めは使えまい。服の借りもあるしのう、ろばぁと殿の娘を火で殺すのは忍びない。」
「じゃあ、どうしましょうか?」
「何、策はある。どちらにせよ、まずは酒樽じゃ。」
「え?酒樽?でも火攻めは……」
「わかっておる。」
武蔵は泣き崩れるロバートの肩に手を当て、溌溂として言った。
「安心せい、娘は必ず助け出そうぞ。だからまずは酒樽じゃ。」
♦
村の明かりが消え、皆寝静まった頃。
『沈黙の森』とアイン村をつなぐ街道に、酒樽を運ぶ行商人の姿があった。
荷車を引く音が、静かな暗闇に吸い込まれる。
「ハァ、ハァ」
行商人の荒い息に交じって、道端から、何かが動く音が聞こえる。
「な、なんだ……?」
行商人は急いで荷車を止め、辺りを見回すが、何も見当たらない。
何もいないのであれば、どうしようもない。行商人は怯えながらも再び荷車を牽き始めた。
ガタガタと音を立て進んでいくと……不意に後ろから声が聞こえた。
「キェエエエエエエエエ」
耳をつんざく、甲高い声。
ゴブリンだ!
咆哮と共に襲い掛かるゴブリンの群れに、行商人は荷車を置いて逃げ出した。
「ひぃい!なんでまた私がゴブリンに追われないといけないんですか~~~!!!!」
行商人とは、ルーナであった。
行商人の男に扮したルーナを、ゴブリンに襲わせる。すべて武蔵の指示によるものだ。
「武蔵さん!絶対成功して帰ってきてくださいね?!?!?!」
♦
一見すると無秩序に見えるゴブリンの社会だが、いくつか常識と呼ばれるものも存在する。
そのうちの一つは、「人間の男は無価値、追う価値なし」ということ。
先ほどの行商人は男は、正しくそれだった。
それに、ゴブリンたち目にもっと魅力的に映ったものがあった。荷車である。
荷車から漏れ出る酒の匂い!
樽を開けてみれば、濃厚な酒精の香りが辺り一面に漂った。
中身を確認し、安全を確かめてから、ゴブリンは樽を洞窟へと運び出した。
♦
酒樽は、洞窟奥の、一段広い空間へと運ばれた。
ゴブリン達の中では、「あそこはボスの部屋」という暗黙の了解があるらしい。
台座に設置された椅子に、一匹のゴブリンが腰掛けている。
その顔つきこそ、他のゴブリンとは変わらなかったが、金色の腕輪や、毛皮のマントを身に着けていることが、彼がこのゴブリンたちのボスであることを示していた。
「ほう、これは上物の酒だな。褒めてつかわす。ご苦労様であった。下がってよいぞ。」
「グギギャ」
ボスの労いに、傍に控えていたゴブリンが恭しく頭を下げ、狭い入り口を抜けていった。
「では、さっそく……」
ボスは、樽の中身を掬い取ると、ゆっくりと口元に運び……ごくりと飲みこんだ。
「うむ、うまい。」
もうひと口、もうひと口……。
「そろそろ、あの娘で遊ぶのも悪くないか」
酔いが回ってきたころ、異変に気付く。
「この樽、少し底が浅くないか……?」
徐々に嵩の減る酒を見て、それが屈折のためでないことが分かってきた。
「それになにか……」
ゴツ、ゴン、ゴン
樽から、何かが動く音がした刹那
ドガーン!!
という爆発音。
樽が破裂したのだ。
「な、なんだ?」
「ふう、樽の中はやはり狭いのう……さて、しゃる殿とやらを救い出そうではないか。」
♦
「貴様!何者だ!」
「なんと!小鬼が喋ったわい!」
「だから何者だ!!」
再度の問いかけにかまわず、武蔵はゴブリンのボスへ飛び掛かった。
「小鬼の頭と見受けたり!その首貰うぞ!」
飛び後ろ蹴りが、ゴブリンの顔面に放たれた。
が……
「ほう……」
蹴りを受け止められた感触に、唸る武蔵。
「グギギギギ」
いつもの小鬼の、甲高い声とは打って変わって、地鳴りのような低い声が聞こえた。
受け止められた足を見ると、そこには、人のものより数倍はあろう、巨大な手があるではないか。
「なんじゃ、本物の鬼か!!」
武蔵は一度、後ろへ退き、何が起こったのかを理解する。
そこには、人の背三人分ほどの、ゴブリンとは似ても似つかない生物が構えていたのだ。
「な、なんじゃこりゃ!!」
さすがの武蔵とて、驚愕を隠せない。
「何者だろうと関係のないことよ。貴様はここで死ぬのだからな!」
ゴブリンの王が嗤う。
「行くのだ!オークゴブリンよ!奴をひねりつぶしてしまえ」
『オークゴブリン』と呼ばれた生物が、手に持つ巨大な鉄製の斧を振り上げた。
「ぶち殺してやれ!」
岩のような戦斧が振り下ろされる。
武蔵はやむ追えず、さらに後退する。
「がはは、どうした?追い詰められているぞ?!」
「……」
武蔵は黙ったままだ。
もう一度、戦斧が振り上げられる。
そして、後退。
後退、後退、後退。
徐々に武蔵は、狭い、部屋の入り口へと追い込まれていった。
「次で終わらせてやる!!」
ゴブリンの王の声と共に、また戦斧が振り上げられる……そう思われた。
――――しかし。
「何?」
洞窟の天井に当たる、巨大な戦斧。
衝撃に、オークゴブリンは思わず斧から手を放してしまう。
「グギギ?」
「おうおう、そんなに大きい図体してちゃあ、ここは狭かろうのぉ。」
入り口から、洋ナシのように大きくなる空洞。
「誘いこまれていたというのか?!」
入り口付近は狭く、オークゴブリンが戦闘をするにはあまりにも窮屈だった。
「――――隙。」
斧を落としたわずかな隙。
その好機に、武蔵は懐から取り出した折り畳みナイフで、オークゴブリンを二枚におろした。
「ろばぁと殿から頂戴したこの小刀、なかなか使えるのう」
武蔵は、血濡れのナイフを懐にしまうと、ゴブリンの王へ視線を移す。
笑み!
獲物を見つけた肉食獣のように猟奇的で、玩具を与えられた子供のように無邪気な笑み!
その異様さに、ゴブリンの王は思わず一歩後ろへ引いてしまった。
「な、なんだ!なんなのだ貴様は!」
「拙者か?……拙者は宮本武蔵じゃ。」
―――第三話「武具の利をわきまゆるに」―――
・・・つづく・・・
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