第2話「はんべぁがぁ?」
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ルーナに連れられるがまま、武蔵は防具屋へと足を運んだ。
「つまり……話を整理するとこう言う事か?
ルーナさんが森の中でゴブリンに襲われていたところを、その……。えっと、そこにいる全裸の男……。」
「ミヤモトさんです。」
「そう。そこにいる、ミヤモトってのが助けたのか……。」
「はい、本当ですよ。」
ルーナは、笑顔で答えた。
「そうか……。まあ、ルーナさんが言うんだから、本当なんだろうな。
その、兵に通報しようとしてすまなかったな。だが、いきなり全裸で店に来られちゃあよぉ……。」
店主の男は頭を搔きながら、困惑とも謝罪ともつかない様子でそう言った。
「うむ、迂闊千万でござった」
「まあ、まずは服を着てくれぃ……。」
店主は中年の男であり、名を『ロバート・バリウス』というらしい。
店先には『ロバート防具店』と看板を下げていたが、主に取り扱っているのは日常着や日用品の類で、村の雑貨屋的立ち位置であるようだ。
「う―む、どれも見慣れぬ服ばかりでござるな……。店主よ、ここに肩衣や袴はござらぬか?」
「肩衣? 袴? 何だそれは、聞いたことがねえな。」
「むう、日の本ではよくある衣でござったがなぁ……。」
「ミヤモトさんは外国からいらっしゃったんですよ。」
「日の本? 知らねえ国だな……。聞いたこともねえ。」
「そうじゃのう……帯で締める一枚の布と言えば、分かるでござろうか?」
「帯で締める一枚の布……ちょっと待っててくれよ?」
店主は、奥の倉庫へと入り、『特価セール品』と書かれたカゴを持って来た。
「これなんかどうだ? 東の方の国で使われているという服なんだがな、いかんせん着方わからず、セール品にもなっても売れ残ってるってわけだ。」
カゴの中から、店主は数枚の布を取り出し、武蔵に見せた。
「おお! これじゃ!これでござるよ!」
武蔵は早速その服に袖を通し、喜んでいる様子だった。
「店主よ、かたじけのうござる。」
「いいってことよ」
「ではお代の方を……」
ルーナがそう言うと、店主は首を横に振った。
「いらねえよ、在庫処分だと思えば上々よ。」
「そうですか? でも……」
「気にすんな、ルーナさん。あんたには、ひいきにしてもらってるしなぁ。」
「……では、お言葉に甘えて。」
二人は店を出た。
「さて、いよいよ飯であるな。」
「ええ!早速いきましょう!」
♦
「るぅな殿よ、あれは?」
村の中央を通る、整備された道へ出ると、数名の村人たちが馬車に荷物を積んでいる光景が、二人の目に入ってきた。
「みんな、村から出て行こうとしてるんですよ。」
「村を出る? 何故に?」
「ああ、あれは……」
ギューグルルルル
武蔵の腹がなった。
「ふふ、先に、ご飯にしましょうか」
「む、そうであるな。」
「ほら、お店が見えてきましたよ!」
ルーナの指差す先に、小さな店が見えた。
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店内に入ると、「いらっしゃい!」と活気のよい女の声が、二人を迎えた。
テーブル席に座り、メニューに目を走らせる。
ややあって、店主の女性が水の入ったコップを二つ、二人の座るテーブル席へと持ってきた。
「ご注文はお決まりですか?」
「私はオムライスを。」
「そちらの御方は?」
「なんということだ、なんという……」
……武蔵は、驚愕していた。
武蔵というこの男は生まれてこの方、魚と米と少々の漬物しか食してこなかった。
辺りの客が食べているのは一体何か!
黄色い火山弾、小麦色の石、真っ赤な汁物……
どれも初めて見るものばかりである!
好奇心と食欲が旺盛な武蔵は、そんな光景に目を輝かせていた。
「では、拙者はあの客と同じものを」
「ハンバーガーでよろしかったですか?」
「はん、べぇがぁ? それでよい。」
「かぁしこまりましたぁ!オム1バー1でぇす!」
注文を受けた店主が、厨房の方へと下がっていく。
「ところで、るぅな殿」
武蔵は、周囲の様子を改めて見渡しながら口を開いた。
「るぅな殿は、何故にあのような場所に?」
ルーナは少し驚いたようだったが、一度深く息を吐いて、やおら話しはじめた。
♦
「もともと、私はこの村の教会でシスターとして神に仕えていました。小さな教会でしたが、神父様もほかのシスターも信仰の深い方々で、皆で助け合いながら、穏やかに暮らしていたんです。」
「ふむ……」
「そうして、1か月ほど前の事です。村をゴブリンが襲って来たんです。」
「ふむ……ゴブリン?」
「緑色の肌で頭に角の生えた、小鬼のような魔物です。」
「なるほど……。彼奴等のことでござるか。」
「はい。ゴブリンたちは私たちの教会を襲いました。村の端でしたから、そのせいかもしれません。」
ルーナはグラスの水で口を湿らせ、再び口を開いた。
「教会にいた神父様、シスター、皆殺されてしまいました……。」
しばしの沈黙、のち、会話は再開された。
「それから、村の調査で近くにゴブリンの集落が見つかって……。ギルドの冒険者に討伐を依頼しようということになりました。そうしてやってきたのが、『烈火』というパーティー――冒険者の集団のことです――でした。
パーティー長の『ショウ』さん、戦士の『リッシュ』さん、魔術師の『ハル』さんの3人です。
みんな、気のいい人たちでした……。
パーティーに回復担当がいなかったので、村で唯一の回復魔法を扱えた私が、彼らのパーティーに一時的に加入して討伐の一助をすることになったんです。」
「回復魔法……?」
「ミヤモトさん、魔法をご存じでないのですか?」
「うむ、知らんのぉ」
「回復魔法と言うのは……見てもらった方がいいですね。」
ルーナはそういうと、卓上のナイフを持ち上げ、自らの人差し指の先を切った。
「今、魔法を見せますね。」
傷口から、ブワっと血が溢れ始めた。
「慈愛の女神、癒しの神よ。かの弱きものに生命の奇跡を与えたたまへ。『ヒール』」
ルーナの声と共に現れる、緑色の光の粒。
それが舞い上がると同時に、指先の血、そして、傷そのものがキレイさっぱり消えて失せていた。
「なんとッ!!るぅな殿は妖術の類を扱えるのでござるか!!!」
「……そんなところです。そうして、彼らと、私を含めた4人のパーティーで、ゴブリン討伐へと向かいました。」
「それが、あの森でござったか。」
「はい。でも……その途中でみんな、ゴブリンにつかまって……でも、みんな、私を……逃がそうと…………。」
ルーナは震えていた。グラスの水面が小刻みに揺れている。
「なるほどのう。それゆえ、村人共が村を去っていると。」
氷が鳴った。
「お待たせいたしましたぁ、オムライスとハンバーガーでぇす。」
店主が、二人の注文した品を持ってきた。
「すみません、こんな話……やめにしましょう。冷めないうちに、いただきましょう?」
「うむ」
武蔵は改めて『はんべーがー』という奇ッ怪な料理に目を向け、「はて?」と首を傾げた。
「るぅな殿よ、これは……どうやって食すのでござろうか? 」
ルーナは、少し笑って答えた。
「それはですね……。こうやって食べるんですよ。」
ルーナはハンバーガーをつかんで食べる動作をやって見せた。
「ほう……。どれ、いざッ!!」
ルーナのマネをして、武蔵はハンバーガーをつかみ、口に突っ込んだ。
「むッッッッッッ……!!!!!」
武蔵の声に、店中の視線が集まった。
「むんぐ、え、オフッ、オフッ」
「ど、どうしたんですかミヤモトさん!!」
「オフッ、オフッ、エフッ、グフッ」
返事をしない武蔵に、高まる緊張感。
「う、う、うう……」
「うまぁぁぁぁぁぁぁいッッッッ!!!!!!」
武蔵の絶叫が、店内にこだました。
「拙者、かほどまでに美味いものを食したことはござらん! これがはんべぇがぁ……うまし!うまし!」
武蔵のリアクションに、店内は笑いに包まれた。
「よかったぁ……。」
ルーナの顔に笑顔が戻った。
「亭主よ、この『はんべぇがぁ』とやら、5つ、いやあと6つ頼む!』
♦
「ごちそうさまでした」
店を出ると、辺りは既に夕日に染まり、八百屋やら魚屋やらが店じまいをはじめているのが見えた。
「む、馳走になった。では早速、策を講じるといたそう。」
「策?一体何の策ですか」
「何を申すかるぅな殿、ゴブリン退治の策に決まっておろう。」
「え?ですが、ゴブリンはミヤモトさんとは無関係なはずじゃ?!」
「辞儀に及ばず。服も飯も馳走になったしのう、借りは返さねば。それに……」
そう言う武蔵の顔を見て、ルーナは恐怖した。
猟奇的な笑顔。それは人間のというよりもむしろ、魔物のそれに近い。
「我が剣、試みたいッッ! 異国の鬼共の力……受けて斬って、斬り伏せて!その強さ、試してみとうござる……!!」
ルーナは思い出した。森での武蔵の言動、行動……。明らかに狂っている!戦いと血に飢えているッ!
しかし!
「だけど……ありがとうございます!!」
武蔵は首をかしげた。感謝される謂れはないとでも言いたげな顔だ。
「では、さっそく宿を取って作戦会議ですね。」
二人は近場の宿へ向かった。
―――第二話『はんべぁがぁ?』―――
・・・つづく・・・
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