かつて最強だった英雄は、異世界に行ったらクッソ雑魚でした
しろたま
第1話 英雄と魔王
「よくぞオレを、ここまで追い詰めたものだ……」
「しかもたった一人でとはな!!」
黒装束に身を包み、禍々しい槍をその手に持つ若者はそう言い放つ。
すでに満身創痍の若者は、次の一撃が最後になるだろうと予感していた。
「その強さ、まさに鬼神のごときだな。部下のみならず、オレまでもがここまで追い詰められるとは思わなかったぞ」
「だが、オレは負けるわけにはいかんのだ。オレには……守るべき者たちがいるのでなぁ!!」
そう言うと黒装束の若者は、最後の力を振り絞るのだった。
「お前こそ、魔王と言われるだけのことはある」
「ここまで傷つけられたのは、お前が初めてだ! 感謝する……」
およそ身の丈ほどもある大剣を構える若者は、黒装束の若者を魔王と呼ぶ。
「感謝? 何をバカなことを……それにオレが魔王などと……まぁいい。どうせどちらかが死ぬ。それだけだ」
黒装束の魔王はそれだけ言うと、最後の攻撃の構えを取る。
大剣の若者も、それに呼応するかのように構えた。
次の瞬間、お互いに全力の一撃が振り下ろされた。
黒装束の魔王が放つ一撃は、大剣の若者の左肩を貫く。……が、同時に大剣の若者が放った一閃は、黒装束の魔王の身体を斬り裂いたのだった!
鮮血が飛び散り、黒装束の魔王は倒れる。
「オレが……負けるとはな……勇者よ、貴様の勝ちだ……」
勇者と呼ばれた大剣の若者は力を使い果たしたのだろう。すでに立つことすら困難のようだ。
「オレは……勇者なんて器じゃない」
そう言い放つ勇者と呼ばれた若者。その顔はどこか悲しげな、切ない表情をしていた。
「はっ! 勇者じゃなければ……なんだと言うのだ……お前は、紛れもない勇者だよ」
すでに死にゆく黒装束の魔王からは、先程までの威圧感はなくなり、その表情は満足そうな笑みを浮かべていた。
「魔王……お前の名前は、なんという?」
勇者がふいに質問する。
「名前か……まさか勇者に名を聞かれるとはな! オレの名前は『カイン』だ」
魔王は自分の名前を名乗った。その名はまるで人間のようだったことに、勇者は少しの驚きを見せた。
「そうか……人間みたいな名前だな。……カイン、お前は強かったぞ。今まで戦ったどの相手よりも」
こんな時、他にどういえば分からないが、せめて最強の相手だった魔王の名は覚えておきたい。そんな感情が勇者にあふれているように見えた。
「負けた相手に言われてもな……」
「勇者よ……お前の、名前はなんという?」
笑いながら魔王は勇者の名を訪ねる。
「オレは……オレの名は『アレル』だ」
「そうか……アレルか……」
「陛下ッ!!」
ふいに声がした。その方向に顔をやると、二人の姿を捉えた。
「陛下!」
「おい、カイン!」
すぐにカインの元へと駆け寄る二人。倒れているカインを抱きかかえ、魔導士のような姿の女性が回復魔法をかける。
しかしカインのケガはすでに致命傷だ。回復魔法では到底治せないほどの……
「あぁ……陛下ぁ……しっかり、しっかりしてください!!」
泣きながら回復魔法をかける女性。特徴的な耳を持つこの女性は所謂「エルフ」という種族に間違いないと、アレルは確信した。
何故、エルフが魔王と…………?
「カイン……お前が! まさかお前が負けるなんて…………いつかオレがお前を倒すと言っただろうが!!」
カインを抱きかかえている大柄の獣人。
彼はカインの元へ来る前に、アレルの前に立ちはだかった人物だ。
「ミレニア、バルザック、すまんな……」
カインは二人にそう言い、さらに
「オレはもうじき死ぬ……すまない、お前たちを置いていくことになる……」
「へ、陛下っ…………」
無駄だと分かりつつも、ミレニアはカインへの回復魔法の手を止めなかった。
「アレル、頼みがある」
突如カインがアレルに向かって言い出した。
「……なんだ?」
アレルもカインの元へと近づく。カインの部下である二人には敵対意識はないようだった。
「実は……万が一の時に備えて、ある場所で暮らせるように事前に準備してあるのだ」
「部下たちには、もしもオレが負けた場合、決して王国には手出ししないようにと言ってある。二度と関わらないようにみなで暮らしていけと……」
カインはアレルと戦う前に、自分が倒された場合のことを考え、残った部下たちが安全に暮らせるように準備していたのだった。
それを聞き、アレルの胸に少しだけ痛みが走る。
「どうか残されたこいつらには、手出しをしないようにしてほしい……」
死にゆくカインの、最初で最後の頼みだった。互いに死力を尽くした二人には、奇妙な友情のようなものが芽生えていたのかもしれない。
「……分かった。王には全て斬ったと報告する」
アレルはカインの頼みを了承した。敵であり自分が斬った相手。だが同時にアレルは、もしも出会いが違ったら…………そんなことを考えていたのかもしれない。
「陛ッ……カイン……私、私にはあなたが…………」
「カイン……お前…………最後まで、オレらの心配かよ」
「悪いな、バルザック…………お前とはもう戦えなくて。……オレの代わりに、みなを……守ってやってくれ」
「あぁ、任せろ! 必ずオレが…………守ってやる」
その言葉を聞きカインは満足そうな笑みを浮かべる。そして次にミレニアに
「ミレニア……すまないな。約束、守れなかった…………」
「…………カイン。もぅ、いつも…………私との約束、守らないんだから……」
泣き顔の中に最大限の笑みを浮かべるミレニアが言う。
「ははっ…………これだけは、守りたかったがな……どうか……幸せに、なって……くれ…………」
カインはそう言うと、力尽きるのだった……
「カイン! お前と戦えたこと、オレは誇りに思う」
アレルは最後にカインにそう伝えた。
その言葉がカインに届いていたかは…………
「カインの願いだ。もしも自分が負けた場合、戦いは終わりにして生き残った者たちで幸せに暮らしてほしい」
「オレたちはそれに従い、王国とはもう戦わん。だから今のお前を殺そうとも思わん」
「カインと戦ったことを誇りと言ってくれて、ありがとうな! お前、意外とイイやつなんじゃねぇか」
ガハハと大きく笑うバルザック。しかしアレルの胸中には戸惑いがあった。
「イヤ、オレはそんなにイイやつじゃ…………」
「オレたちはもう行く。カインの亡骸は悪いがこのまま連れて行かせてもらうぜ?」
「あぁそうしてくれ…………いつか、お前たちの暮らす場所を見つけたら、花でも供えに行く」
「あぁ、待ってるぜ。その時は、またオレと戦ってくれよ?」
分かった、と答えるアレル。バルザックも満足そうだ。
そしてミレニアからこんな言葉を告げられる。
「アレルさん、陛下は最後満足した顔で逝きました。陛下は強すぎるあまり対等に戦える相手がいなかった。バルザックでさえ、陛下が半分の力ほどで倒せてしまえるほどに…………陛下は常日頃、全力で相手できる人がいないとぼやいてましたから」
「なんだと?そんなこと言ってやがったのか!! この野郎!」
と、ミレニアから告げられた衝撃の事実を前に、バルザックはすまないというような表情を見せた。続けて
「そんな陛下がこれほどまでに満足したお顔をされたのは、きっと初めて全力で戦える相手が現れたからでしょう。こんなこと言うのは変ですが…………ありがとうございました」
感謝を告げるミレニア。そしてカインにかけていた回復魔法の手を止め、アレルに回復魔法をかけるのだった。
その言葉と行動にさらに戸惑うアレル。
「あ、ありが」
アレルが言いかけたその時だった。
なんと王国の兵たちが雪崩れ込んできたのだ! そして
「アレル!よくやったぞ。まさか魔王を倒してしまうとは!!」
王国の兵隊長が言い放つ。さらに
「まさかたった一人で魔王軍とあの凶悪な魔王を倒してしまうとは! やはり王の言った通り、貴様の力は危険だな」
その直後、まわりの兵たちが剣を構える。
「何のマネだ?」
アレルが尋ねる。
「王は貴様の力を常々危険視していたのだ。そしてその力がいつか王国にとって厄介なものになるともおっしゃった」
「故に、いまここで貴様は始末する。魔王を倒したのは、我ら王国兵士だ!!」
「…………なるほどな」
アレルは全てを理解したようだ。しかしバルザックとミレニアは未だにこの状況を理解することができない。そんな二人にアレルが言う。
「王は元々オレをここで始末する予定だったようだ。カインと戦えば当然死力を尽くす。どちらが勝っても、もう戦う力はほとんど残らないだろう……」
「生き残った方を、王国の兵士が始末するという話だ」
アレルの言う通り、王は元々勇者と魔王の二人をここで始末する予定だったようだ。
二人は常軌を逸した力を持っている。そんな二人が衝突すれば、勝ったとしても当然戦う力は残されてはいないだろう。
王はその時を狙っていたのだ! 如何に強すぎる相手でも、戦う力が残されていなければ王国の兵士だけでも倒せると。
「そんなバカな話があるかよ!」
と、バルザックが激昂する。
「そうですよ。だってあなたは王国の英雄でしょ? なのになんで??」
ミレニアの言うことも当然だ。アレルはこれまでに何度も王国の危機を救ってきた英雄なのだ。
そんなミレニアの言葉を遮るように王国の兵隊長が言う。
「魔王は死んだ。その魔王と同等以上の力を持つお前はこれからの世界には必要ない。危険分子なのだ」
「王はこうおっしゃられた。『英雄殿は魔王と壮絶な戦いを繰り広げ、最後はその命を懸け、魔王と相打ちとなった』とな」
「なるほどな! そういうことかよ……相変わらず王国はクソだな!!」
「さぁお前たち! 残ったあの者たちを始末するのだ!!」
「ただし女は殺すな、捕らえるんだ! 王への土産にちょうどいい。しかもあの耳はエルフだ!! あの女からエルフの隠れ里の情報も聞けよう」
「ふざけやがって! クソが!!…………おいミレニア。カインを連れて逃げろ!!」
「冗談でしょ? 私も戦うわ!!」
構える二人。しかしどう見ても勝ち目はなかった。バルザックはアレルと戦っており、すでに魔力は底をついていた。
回復魔法はかけてもらったとはいえ、満足に戦える身体ではない。
今まともに戦えそうなのはミレニアしかいないが、ミレニアはそもそも大した攻撃魔法が使えない。
そんな二人にアレルが言う。
「二人はカインを連れて逃げろ。オレが時間を稼ぐ」
「何をバカなことを言ってるんだ! お前だってもう戦う力はないだろう!!」
バルザックの言う通り、カインとの戦いですでに力を使い果たしたアレルには、あの数の王国兵を相手にできるわけがなかった。
しかしアレルにはそうしたい理由があったのだ!
「カインに頼まれたからな。『残されたこいつらには手出ししないようにしてほしい』と…………」
「お、お前……」
「アレルさん…………」
「さぁ行け!!」
アレルがそう叫ぶと、二人はカインの亡骸を抱えながらこの場を離脱する。
「死ぬんじゃねぇぞ! 必ずオレとまた戦え!!」
去り際にバルザックがアレルに言うと、二人に向けてアレルはかすかに笑うのだった。
「逃がすな! 追え~!!」
すかさず王国兵士が二人の後を追おうとするが、アレルが立ちはだかる。
「ここは……通さん!」
「くっ……しかし、今のお前にこの数の兵士たちが相手にできるわけがない。まずはお前から始末させてもらおう!!」
そう言うと王国兵たちはアレルに襲い掛かった。
応戦するアレル。しかし兵隊長の言う通り、満足に戦えないアレルに兵士たちの剣が突き刺さる!!
「ぐ……かはっ…………」
もはや立つことすら困難なアレルは、その場に膝をつく。
「トドメをくれてやる! サラバだ、最強の英雄殿!!」
もはやこれまで、と覚悟を決めて目を瞑るアレル。
その瞬間、アレルの身体が光に包まれた!
「な、なんだこの光は? アレル、貴様の仕業か??」
「えぇ~い、往生際の悪い! 死ねぇぇぇ~」
兵隊長のトドメの一撃が振り下ろされたまさにその瞬間!
アレルがその場から消えたのだった!!
「ど、どうなった? アレルはどこに行った??」
戸惑う王国兵たち。
「探せ! きっとどこかにいるハズだ、必ず殺せぇ!!」
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