第8話 俺の父親って人間じゃないの?
それからというものの教会に遊びに行ってドロシーに怒られたり、ノルンやリリアナと花畑に行ったり、ダイヤとミシェルと騎士ごっこをして過ごした。
精神年齢は成人の様なものだから、当初は子供たちと足並みを合わせることができるか不安だったが、共に過ごしてみるとただ楽しいだけの毎日だった。
精神が子供の身体に引っ張られているのだろうか。
そんなこんなで一ヶ月程が経ったあたりで、母親からこう言われた。
「今日はプリムに会うから家にいなさいね」
その言葉を聞いて俺は頭が痛くなった。
「やっぱり会わないとだめ?」
「会いたくないの? 魔術を教えてもらいたいんでしょ?」
それはそうなのだが、なんというかあの少女は怖いのだ。無表情な所もそうだが、凡そ子供に向ける様な視線とは別の物を感じる。
「はぁ」
思わずため息が漏れた。
「もう。そんな気を落とさないでよ。プリムは優しい子よ? 何か勘違いしているんじゃない?」
「そうだといいんだけど……」
出来るだけ平常心を保ちながらプリムとの再会の時間を待った。
――――――
また同じ森にやってくると、母親は口笛を吹いた。
だが、前回のように空から降ってくる事はなく、身構えていたために肩透かしを喰らう。
「うーん。来ないわね」
「もしかしたら急用ができたのかもね!」
俺が満面の笑みで言うと、森の奥から獣の唸り声が轟いた。
その直後に何かが破裂した様な爆音が響いて、木に止まっていたであろう鳥たちが盛大に飛び立つ。
「すいません。お待たせしました」
森の奥から、ぬるりとゴスロリ少女が現れた。
血みどろの姿で、だ。俺は気絶しそうになった。
「どうしたのプリム!?」
さすがの母親も困惑している。だが、当の本人は何食わぬ顔で後方を指差す。
「育ちかけの魔獣がいました。気性が荒く、戦闘になったので仕留めました」
後方を示す人差し指からポタポタと血が落ちる様子を見て、俺は思いがけず口角が痙攣した。
「血を洗い流さないといけないわね。どうしましょう」
「いえお構いなく。湖があったのでそこで流してきます。それより、レオルド様、本日もご健勝の様子で、再度お目通り叶った事を嬉しく思います」
またもや跪いたプリムから、濃厚な血の匂いが漂ってきて、俺は固まった表情のまま口を開いた。
「と、とりあえず洗ってくれば?」
「はい。申し訳ありません。少々お待ちください」
また森の中に消えていったプリムの後ろ姿を見ながら、俺は考えていた。
──魔獣とはなんぞや? というか殺したの?
字面からして、危険な獣なのだろう。ファンタジーではお馴染みのモンスターみたいな物だろうか。
「魔獣を狩ってくれたのはありがたいけど、もし村の人たちが見たらなんて説明しようかしら」
母親の言葉に俺は訊ねる。
「そ、そういえばプリムは村に呼ばないの? 前もそうだけど、どうして毎回森で会うの?」
「それは……」
母親がいつもとは違って言いづらそうにしてるのを見ると、何か事情があるようだ。
プリムが俺を敬う事や、従者がどうとか言うことに関係しているのだろうか。
「お待たせしました」
血の汚れが取れたプリムが、俺たちの前に現れる。
「それじゃ、私はまた後で迎えにくるから。ちゃんとプリムの言うことを聞くのよ?」
え?
「ちょ、ちょっと待ってお母さん。俺だけ残るの?」
「プリムがいるから安全でしょうし、それに私も仕事があるから。プリムもあまり無茶はさせないでね?」
「わかりました」
笑顔で去っていった母親に、伸ばしたままの右腕。
「……」
「レオルド様」
プリムは変わらない表情で俺を呼んだ。
「……様はやめてくれない? 別に呼び捨てでいいし、敬語もいらないよ」
「私とレオルド様では身分が違います。貴方様は私にとって天上の方ですから」
「いいから頼むよ……せめてレオルド君で」
「……それが貴方の望みならば」
プリムは尚も躊躇していたが、俺が必死に頼み込むと言うことを聞いてくれた様だった。
何が悲しくてゴスロリ少女に様付けで呼ばれないといけないのか。メイド喫茶の店員と客じゃないんだぞ。
俺はため息を吐いてプリムに話しかける。
「プリムは俺に魔術を教えてくれるんだよね?」
「はい。光栄です」
「ええっと。プリムが使ってた瞬間移動みたいなやつって俺も使えるんすかねぇ?」
未だに接し方がわからずに変な口調になってしまった。
「それが何かはわかりませんが、レオルド……君でしたら月の魔術でしたら習得することは容易かと。あと、その口調はおやめください。侮られます」
誰にだよ、というツッコミは抑えて、俺はとりあえず肩の力を抜いてプリムに聞いてみることにした。
「あのさ。結局のところ俺って何者なの? プリムは俺の従者候補って言ってたけど、なんで君が俺に仕えることになるの?」
少し聞くのが怖い事情だったが、知らないままでは寧ろもやもやする。
母親は何度訊いても教えてくれなかったし、この際だからプリムに知っていることを教えてもらおうと考えていたのだ。
「貴方様がやんごとなきお方のご子息様だからです。そんなお方にお仕えできるのはとても名誉のある事で、私だけでなく数多くの方々が従者になる事を望んでいます。不躾な質問で申し訳ないですが、もしかして私がお嫌いですか?」
顔を寄せてくるプリムに、俺は身体が硬直する。
幼さの残る小さな顔に、アーモンド型の冷徹な瞳。前世だったらアイドルだと言われてもなんら違和感のない整った顔。
生涯で見たこともない様な美少女に、こんな風に話しかけてもらうのは確かに嬉しいが。
「……」
この距離感のバグり方である。ほぼおでこがつきそうだぞ。
「き、嫌いって言うか、何もわからないんだよ。やんごとなきお方って誰のことを言ってる? お母さんってもしかして偉い人なの?」
「いえ。貴方のお母様は普通の人間族です」
──普通の人間族。
その言い方に引っかかりを覚えて、俺は考え込む。
「……もしかして俺の父親の事を言っているのか?」
「はい」
表情も変えずに即答するプリムに、俺は嫌な想像が当たっていた事を確信した。
「ええと、つまり……俺の父親は人間じゃ──」
「はい。貴方様の父親は数多の魔族を束ねる君主。ロアルドール・レ・セルド・ブリアン様で御座います。またの名を」
無表情のプリムが口を開く。無機質な声が響くと、森が静寂に支配された。
「──第11代魔王です」
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