第7話 そうだ。教会に行こう!
ノルンという少女と共に花畑で子供らしく暴れ回った後、俺は昼食の時間になって家に帰宅した。
「午前は外で何してたの?」
母親のシェリーがそう訊ねてきた。
「ドクトさんに会って色々話を聞いたよ」
「あら? 本当に? 今度お礼を言っておかなくちゃならないわね」
「あと、ノルンって子に会って一緒に花畑に行った。お父さんが構ってくれないんだってさ」
そういうと、母親は笑い出した。
「どうしたの?」
「ううん。ドクトさんはこの村では唯一の治療術師だから、仕方ないわよね」
「ドクトさん? なんでドクトさんが出てくるの?」
「あら? 知らないの? ノルンはドクトさんの娘よ」
oh……。
つまり俺はノルンが構ってもらえないというドクトに世間話を振ってしまったという事か。
なんという後味の悪さ。
「そういえばノルンって……」
そこまで言いかけて、ノルンとの約束を思い出す。
ノルンが魔術を使えるというのは他の人には言ってはいけないのだった。
ノルンが使った魔術は母親に指を治してもらった時のものとも違う感じがしたため、気にはなるが。
怪訝そうな顔をする母親に愛想笑いをして話を切り替える。
「ドクトさんは治療術師っていうのを聞いたんだけど、お母さんはどんな仕事をしているの?」
「私は村の帳簿の管理だったり、備品の買い付けをしているのよ。村にも商人さんがいらっしゃるから、計算ができる人がいるとスムーズなの」
母親の話を聞く分には、この村で計算ができる人間は多くはないらしい。
「計算かあ」
「計算がわかるの? それもドクトさんに教えてもらったのかしら?
「いや、そうじゃないけど……」
こういうところでうっかり前世の名残りが出てしまうのが最近の悩みでもあった。
なんというか、生まれてから話した人間が少なすぎて、世間一般の感覚がわからないのだ。だから、子供らしさというのも分からず、母親に不審がられる事も増えてきた。
「ねえお母さん。教会って勉強を教えているんでしょ?」
「そうねえ。この辺は働き盛りの人も多いから、教会に子供を預けている家庭も多くいるわ」
「行ってみてもいい?」
「興味があるの?」
「少しだけね」
勉学に励みたいとか、同い年の友人が欲しいっていうわけではないが、なんとなく一般常識は欲しい。
それには多くの人が集まる場所に行かないと身につかないだろう。
花畑で遊んでいる時に、ノルンも午後は教会に行くと言っていたし丁度いい。
「確かに同年代の子達もいるだろうしいいのかしらね?」
「じゃあ午後になったら行ってみるよ。あれ? 教会っていつ開いてるの?」
「勉強会は週に一度の風の日だけど、その日以外にも人は常にいるわよ。友達ができたらいいわね」
この世界の週は前世と同じく七日である。ただ、曜日の名前が微妙に違う。土日月火水木までは同じだが、金曜日だけ風の日なのだ。
なんでも神様が関係している様だが、詳しい話は聞いてはいない。
「ありがとうお母さん!」
俺は昼食を手早く片付け、家から飛び出す。
「暗くなる前には帰ってくるのよー?」
母親に見送られ、俺は再度村に飛び出した。
――――――――――
教会と言うから、立派な聖堂をイメージしていたのだが、どちらかと言うと廃校になった小学校の様なものだった。
木造の平屋で長細い建物があって、扉の上には教会のシンボルの様なレリーフが彫られている。
「天にまします我らが主よ」
なんとなく手を擦り合わせてから扉を開けようとすると、向こう側から扉を開いた人物と鉢合わせする。
「ん? 見ない顔ね」
「こんにちは」
黒髪おさげのお姉さんが出てきた。白い法衣の様なものを着用しているのを見ると教会の人間だろうか。
「どこの子?」
「この村の子です」
「それは知ってるわよ……。そうじゃなくてどの家の子?」
これ以上ふざけていると怒られそうだったので観念して答える。
「母の名前はシェリーです」
目つきを見るに少し気の強そうな女性だ。
「ああ……。あなたがレオルド?」
「いかにも。お姉さんのお名前はなんというのでしょう?」
「変な子供ね……私はドロシーよ。それより何しにきたの?」
「教会で勉強を教えてくれると聞いて。子供らしく学びにきました」
「意欲があるのはいいことだけど、今日は教えてないわよ」
「ええ!?」
俺は大袈裟に驚いたふりをする。だが、母親から日程は聞いているのでこれはなんとなく雰囲気である。
今日は火曜日だから勉強会があるのは三日後だ。
ドロシーが困った表情を浮かべているので戯れは終わりにして、本題を話し始める。
「実は同年代の友達がいなくて、教会に集まってるって聞いたので遊びに来たんです」
「ああ。そういうことね。じゃあ入りなさい」
ドロシーはすぐに察して身を翻す。俺は素っ気ない態度のドロシーに付いていって教会の建物に入る。
すると、どこからか子供の声が聞こえてきた。ドロシーが一つの部屋を開けると、そこには四人の子供がいた。
「はーい。みんな、今日は新しい子が遊びにきたから仲良くしてあげてねー。わからないことがあったら教えてあげること」
ドロシーは口早に言うと部屋から出ていく。
まさに投げっぱなしである。
「なあなあ。おまえ、なんていうんだ?」
「あたらしいこだー!」
子供達が集まってきて俺は囲まれる。余程新しい子供が珍しいのか、子供たちは興味津々である。
おい、誰だ。ズボンを脱がそうとするな。
「レオルドです。よろしく」
とりあえず自己紹介を済ませた。
一際体が大きい子がダイヤ。そして、快活そうな女の子がリリアナ。気弱そうな男の子がミシェル。そして最後に顔見知りのノルンもいた。
「なあ? レオルドは騎士と冒険者どっちになるんだ?」
ダイヤに聞かれて俺は首を傾げる。
「やっぱり男だったらどっちかだろ? なあなあどっちだ?」
「どっちかっていったら……騎士かな?」
だって公務員でしょ?
俺が言うとダイヤの後ろにいたミシェルが笑う。
「やっぱり騎士なんだよダイヤ」
「ええ!? 絶対冒険者の方がいいだろ!」
どうやらダイヤとミシェルは騎士と冒険者のどっちがいいか話し合っていたらしい。
「みんなはいつもここに?」
「いつもってわけじゃないけどだいたいはここにいるな。森に行ったりもするけど、ミシェルとノルンが怖がるんだよ」
「だって……ダイヤはすぐに奥に行こうとするし、お父さんが森はあぶないって言ってたんだもん」
ノルンがダイヤの言葉に反応する。
確かに森は怖い。それにこの村の西にある森は深くて薄暗いし、以前にプリムと会った時は獣の鳴き声の様な物もしてた。
子供だけで遊ぶには確かに危険だろう。
「ダイヤは怖くないのか?」
俺が聞くと、彼は腕を組んで笑った。
「将来は冒険者になるんだから、こんなもの屁でもねえよ。それに、森にはかっこいい木が山ほどあるんだぜ?」
懐かしい。俺も子供の時は友人と落ちてる木の形で一喜一憂したものである。まあ、今も子供なのだが。
「レオルドくんは何歳なの?」
満面の笑みのリリアナに聞かれて、俺は「三歳」と答える。
「じゃあ一番下だな! 俺は五歳だから」
ダイヤとリリアナが五歳。ミシェルとノルンは四歳らしい。
「じゃあ教会での遊び方を教えてやるよレオルド! ついてこい!」
ダイヤにそう言われ、俺は反論せずついていく。子供と仲良くなるコツは同調することである。
ミシェル、リリアナ、ノルンはそのまま部屋に残るようだ。
そして最初は二人で教会の建物の中を探検したり、厨房でつまみ食いをしたりしていたのだが。
今はなぜか洗濯物が纏められている場所にいる。
「おいレオルド。こっちこいよっ」
「これは……」
小さいながらも張るような声で俺を呼ぶダイヤに近づくと、そこには女性の下着類がまとめられていた。
「こ、これは……ダイヤ。お前これはすごい発見だぞ……?」
「そうだろ? 教会の女の人たちのパンツだ。俺もこのお宝を見つけた時は正直独り占めしようと思ってた」
「……どうして俺を?」
「新入りだからな。特別だ」
ダイヤは鼻の下を擦りながら照れくさそうに言った。俺はその優しさに年甲斐なくウルッときた。
ダイヤが籠から下着を取り出して広げたり、ぶんぶんと振り回したりしているのを横目に、俺は下着の山にダイブした。
「極楽! すげえ! なんて幸福感だ! なあダイヤ!? お前もやってみろよ!」
背徳感というのはこういうものを言うのだろうか。今まで生きてきて前世も含め、ここまで胸の高鳴りを感じることがあっただろうか。いや、ない。
「お、おいレオルド」
「なんだよ! 今更怖気付いてるのか!? 俺たちの冒険は始まったばかりだろ!?」
「ち、ちがっ……そうじゃなくて」
「?」
ダイヤの目は俺の後ろの扉を見ているようだった。
なんだろうと思って振り返ると、そこには無表情のドロシーが立っていた。
――――――――
こってり絞られたあと、俺は意気消沈したまま家に帰った。
「レオルド。あんまり迷惑かけちゃだめよ」
母親に言われて、俺は消え入りそうな声で「はい」とだけ答えた。
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