第4話 石……割れちゃった


 暫くすると母親に呼ばれた。


 俺は机に座っている母親にひょいと抱えられて膝の上に座る様にと促される。


「レオ。これを見て」


 机の上にあるものを指さして母親が言う。


「これなに?」


 机の上に並べられているのは五つのクリスタルである。


 赤、青、緑色、茶色、黄色の結晶だ。どれも綺麗に色がついていて、砕いて粉末にしたらいい絵の具になりそうだ。


「これはね。魔道石っていうの。魔術を扱うにはマナっていう……なんて言ったらいいのかしら? ええと、目に見えないくらい小さな生き物に力を借りないといけないの」


 目に見えない程の、と言うと微生物みたいなものだろうか。


「うん。それで?」


「そのマナ達は、無色透明なまま生まれるんだけど、成長していくにつれて、こうして色んな色を持つのよ。例えば、この赤い魔道石は赤色のマナが沢山住んでいる家みたいなものなの」


 赤色と言えばイメージするのはやはりファイアだろうか。


「火のマナたちの家って事?」


「よくわかったわね! そうよ。赤色は火。青色は水。緑色は風。茶色は大地。そして黄色は……光のマナさんが住んでいるの」


 母親の話を噛み砕くと、小さな微生物が成長するにつれてそれぞれの属性を持っていくということだろう。


「ふうん……それで、どうしてこの魔導石っていうのを見せてくれたの?」


「これはね。簡単な適正を調べる方法なんだけど、マナ達は住みやすい家が近くにあったら移動するの。それで、私たちの身体もマナ達の家になりうるから、マナが移動するかどうかで得意、不得意を調べられるのよ」


 母親も三歳児にどのようにして説明するか四苦八苦している様子だ。けれど、母親の説明は割とわかりやすい。


 つまりは、この石に近づけば、その中にあるマナが適正があれば移動し、無ければ移動しないということ。


「それじゃ、好きな石を手にとってみてくれる?」


「どれでもいいの?」


「勿論! どれからでもいいわよ」


「じゃあこれ」


 何の気無しに青色の魔道石を手に取る。角がだいぶ尖っていて鋭い。油断したら指が切れそうである。


「……何も起きないね」


「そうねえ。水のマナには適正がないのかしらね。レオはどうして青色の魔道石を選んだの?」


 特に理由はないのだが。


「お母さんの目と同じで綺麗な色だったから」


 魔道石を机に戻しながら言うと、母親は花開く様な笑顔で俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。


 ──禿げるからやめて欲しい。


 それからも赤色、緑色、茶色、と魔道石を手に持ってみたが、何も反応を示さない。


「適正が無くても落ち込まないで大丈夫よ。自分がどのマナに適正があるのかは、成長につれて変化する可能性もあるから」


「ふうん」


 現代人としては石に触ったただけで何か反応が起きた方が怖いため、最後の黄色の魔道石にも特に何も考えずに触れる。


 すると、その瞬間、静電気が起きて黄色の魔道石が砕け散った。


「いっ……え?」


「大丈夫!?」


 慌てて俺の手を揉む母親に目を向ける。


「ご、ごめん。石壊しちゃった」


「気にしないで大丈夫よ。それより泣かないなんて偉いわ」


 正直また漏らしそうになったが、意地で止めただけである。石が弾け飛ぶなんて聞いていない。


「いまのはなに? 黄色のマナに適正があるってこと?」


「レオの適正は黒のマナみたいね。それも凄く強い適正があるみたい」


 黒の魔道石なんて目の前にはないが。


 そんな内心の疑問を知ってか知らずか、母親が補足する。


「黒と黄色のマナだけは、片方どちらかの魔導石があれば判別ができるの。両方のマナはお互いに抵抗力があって遠ざけ合うから」


「つまり?」


「レオは黒のマナに好かれているのよ」


 黒って言うと少し不気味な印象もあるが、母親は嬉しそうである。


「とりあえず魔術は使えるってこと?」


「練習が必要だけど、これだけ強い反応を示すならきっと使える様になるわ。けど、私は赤と黄色のマナに適正があるだけだから、黒のマナにはあまり詳しくはないのよね」


 怖い話を聞いた。母親が黄色のマナに適正があるなら、俺と母親が触れ合っていたら突然どちらか弾けたりしないのだろうか。


「うーん。やっぱりちゃんと学ぶなら教えてくれる人がいた方がいいわよね……」


「お母さんが教えてくれたらいいんだけど……」


「ダメよ。さっきも言ったけど魔術は危険なものなの。だから学ぶにもきっちり手順を踏まないと駄目。違うマナを持った人が教える事もあるけど、それはちゃんと入念に準備をして幅広い知識を持った人じゃないといけないの」


 強めの口調の母親に諭され、俺は閉口する。


「でも、いるの? そんなひと?」


 これまで母親以外に会話したのは二人だけだ。突然、知らない人に教えてもらうのは少し気が引ける。


「あら、いるじゃない。プリムが」


 それは一番嫌な人選だ。


 母親がプリムに教わればいい、と言うなら彼女はきっと黒のマナに適正があるのだろう。


 そして、プリムも同じように黒いマナを持つ魔術師というのなら、あの瞬間移動の様なものが俺も使える様になるということだろうか。


 内心複雑だが、確かにあれはロマンがある。


「じゃあプリムに手紙を書くから、きちんと真面目に教えてもらうのよ?」


 魔術は学びたいが、プリムとはあまり会いたくないという葛藤をしている間に、とんとん拍子に話が進んでしまった。



 


 

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