第16話
「そ、それじゃあ、僕は片してるから、なにかあったらよ、呼んでね」
蟻塚は自身の使っていたダンベルをタオルで磨く。
僕はトレーニング室の奥に向かい、タオルを取ってくると蟻塚の横に座った。
「え、いいよ、僕がやっとくから」
「みんなでやった方が早いよ」
「そうそう」
詩乃もタオルを持って僕の隣へ座った。
「うん。そうだね、皆でやった方が早い、よね。ありがとう」
蟻塚は目元を拭うと笑顔で何度も頷いた。声も僅かに震えていたかもしれないが、僕はそんな事は気にせずダンベルを磨く。
磨き終えたダンベルを元の場所に戻す。うん。綺麗に磨けた。新品同様だ。僕は何度も満足気に頷いた。
「ありがとう、ふ、2人のおかげですぐ終わったよ、2人はこ、これからどうす、るの?」
「糸夜くんは落ち着いてるし、新規患者も見つかってない。鳩羽さんの診察に行くのは今日じゃないし、今日はずっと事務作業かなぁ」
「そっか、頑張ってね」
蟻塚に見送られ、ジムを出ようとしたとき。
コンコンッ
「な、何の音?」
コンコンッ
また鳴った。何かを叩く音に蟻塚が不安そうに僕達に近寄った。音は道路に面する磨りガラスの窓からだ。
「鳥、ですかね?」
「いや、違いそうだよ」
バンッ!
一際大きな音と共に、人影が磨りガラスに浮かぶ。
「うわぁ!」
蟻塚が叫んでしゃがんで頭を手で覆う。
「ここ、3階ですよね?」
あの窓の先に人が建てる場所など……いや、あの先はすぐ道路だ。
「おーい」
人影は窓を叩く。
「だれか居ないかー? 誰か居たら入る許可くれないか?」
「あれ、絶対ヤバい奴ですよね。詩乃さん絶対入れないで」
僕は詩乃の裾に掴まって窓を睨む。すると、詩乃はわざとらしい笑みを浮かべた。
「どうぞ〜」
「詩乃さん!?」
僕は思わず詩乃の胸元を掴んで前後に振った。
「うわっ、ちょちょごめんごめん。大丈夫、大丈夫だから」
「なんだよー居るなら早く入れてくれよ」
磨りガラスをすり抜けて入って来たのは半透明の酒井だった。
「う、うわぁ!」
蟻塚は酒井だと気づいていないのか、腰を抜かしてずりずりと後ろに下がって行く。
「え、酒井、さん? え、死んじゃったんですか?」
「実際にみるのは初めてだよね。あれが酒井さんの異能だよ」
「異能ですか? そう言えば幽体離脱……でしたっけ?」
「そうそう。それで、一体どうしてわざわざ異能まで使ってここへ?」
「んぉ! そうじゃった! 早くワシの家に来てくれ! 猫座が不吉な夢を見たらしいんじゃ」
「夢? 予知夢でしたっけ?」
「……猫座くんの夢は本当に良く当たるからね。良いことも悪いことも。蟻塚くん、狐地くんと鶴見ちゃんに酒井さんの家に向かうと伝えて。億利さんは私に着いてきて」
「い、行ってらっしゃい! 2人とも気をつけてね!」
まだ腰を抜かしたままの蟻塚に見送られながらジムから飛び出た詩乃を僕は慌てて追いかけた。
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